第18話 黄色い呼び出し
月日が経過するのはあっという間だ。
いよいよ週末が目前に迫ってきた木曜日。
相次ぐ神の有力候補辞退で揺れていた天華院学園だったが、この頃になるとようやく落ち着いてきた。悲観する声は少なくなり、誰が次の神になるのかのほうに注目が集まった。
「すっかり元通りって感じだね」
「……荒れる原因を作った張本人の一角が呑気に言うなよ」
「しょうがないじゃん。女神とか昔から全然興味なかったんだから。それに、どう考えてもボクは女神って柄でもないし」
目の前に立つ青山海未が手を広げた。
「大体、ボクよりも後で騒動を巻き起こした二人のほうが罪深いでしょ。多くの女子生徒が嘆いてたよ」
「……まあ、一理あるかもな」
「友達もしばらくショックでボロボロになってたし、ホント勘弁してほしいよね。ボクが辞退したから流れが出来上がったとか謂れのない誹謗中傷もされたし、こっちだっていい迷惑してるんだから」
無関係のように言っているが、青山が辞退したせいで真広の奴が荒れて俺も困った。それに、今まで辞退者がいなかったので流れを作ったのは間違いない。
とはいえ、文句は言えない。
別に辞退がいけないわけでもない。辞退したあいつらにはそれぞれ事情があるから仕方ないだろう。
さて、ここで青山と会ったのは偶然だった。
待ち合わせ場所に行くためにうろうろしていたら、たまたま青山の姿を発見した。話をしないかと声を掛けられ、時間もあるので会話することにした。
「まっ、黒峰のほうはしょうがないかもね。さっき聞いた事情が本当なら、女神にこだわる必要もないし。犬山のほうは単なるアホだけど」
「……そうだな」
「あいつが起こした事件の真相がそれだったのか。怖くて不愛想な奴だと思ってたけど、人に歴史ありだね」
「歴史ありってのは違うと思うけど」
先ほど黒峰と蓮司の辞退理由について話した。
別に口止めする内容じゃないし、特に隠しておくことでもない。情報を共有したところで問題はないだろう。
「当事者としては微妙な気分だけどな」
「翔太からしたら複雑か。自分のためにいくつも事件が起こったとか聞かされたら、確かに微妙な気分になるかもね」
そう言った青山は思い出したように。
「ビックリしたのは桃楓ちゃんのほうだよ。まさか再会した日に告白とか」
告白された件に関しては話していない。プライバシーなので伏せていたのだが、今朝たまたま出会った桃楓から聞いたらしい。
「一番驚いたのは俺だからな」
「昔からずっと翔太のこと大好きって感じの子だったからね。気持ちが爆発するのも当然かも。やらかしたボクが言えた義理じゃないけど、個人的にもあの子には頑張ってほしいからさ」
「……」
「桃楓ちゃんはホントに成長したよね。嬉しい限りだよ」
どうしてこいつが保護者みたいな面をしているのか。むしろ桃楓からは嫌われている側だと思うけど。
そんな話をしながら数分お喋りをした。
「あっ、そうだ。ゲームの話してもいい?」
「別にいいぞ」
「前に話したGPEXの大会だけど、今度は本気で総合優勝狙おうよ。名塚もやる気十分みたいだし。それにさ、年末の大会は夏より豪華な面子が集まるみたいなんだ」
「プロも参加するのか?」
青山は笑顔で頷く。
「前回と同じ人達が参加するよ。それだけじゃないんだ。今回は海外のトッププロも参加するみたい。世界大会とかで活躍した人なんだけど、出場するんだってさ。その人は超有名人だから、かなり注目度の高い大会になるみたい」
「ほう、世界大会ね。そいつは是非とも戦ってみたいな」
大会に向けてやる気が高まったところで、ポケットのスマホが震えた。
「悪い。そろそろ行くわ」
「……少しはテンション上がった?」
「えっ」
「さっきまでの翔太、妙に元気ない感じがしたからさ。緊張っていうか、不安がありますって顔してたから」
だから声を掛けてきたのか。
「大丈夫だ。テンションは上がったから」
「そっか。じゃ、またね」
「おう、またな」
◇
青山と別れた俺は目的地に向けて足を進めた。
到着したのは以前にも訪れた教室だ。
あの日、桃楓と話している際に送られてきた二通のメッセージ。一つは白瀬だった。そして、もう一つは――
「お待たせ」
「いらっしゃい。全然待ってないから大丈夫だよ」
「そう?」
「うん。こっちこそ呼び出してゴメンね」
黄華姉さんが笑顔で迎えてくれた。
前回の一件に関して謝りたいと言われ、呼び出しに応じた形だ。軽く挨拶するなり、姉さんは手を合わせた。
「あの時はゴメンね、我を見失ってたみたい!」
良かった。元の姉さんに戻ってるみたいだ。
青山に指摘された通り、以前の黄華姉さんみたいな感じだったらどうしようと不安に駆られていた。この様子なら大丈夫そうだ。
「あの時はお兄ちゃんの話したから変なスイッチ入っちゃったんだ。醜態を晒しちゃったよ」
「……しょうがないって。姉さんだってショックだったんだしさ」
「自分で思ってた以上に引きずってたみたい。こんな体たらくじゃお兄ちゃんを落とせなくて当たり前だよね。ホント、情けない」
姉さんからしたら失恋の記憶を思い出したところだった。冷静さを保てないのは仕方ないことだろう。
過去の話になるが、俺も赤澤に酷い態度を取られた時は失恋した気分になった。とてもじゃないが冷静ではいられなかった。
「翔ちゃんが理解のある子に育って嬉しいよ」
「成長したからね。それに、姉さんの育成が良かったんだよ」
「……おぉ、余裕のある返しだ。ホント、随分と成長したみたいだね」
姉さんは驚いている様子だった。
それからしばらく世間話をした。特に中身はない。天気の話だったり、芸能関係の話題だったり、そういう類のものだ。
「ねえ、翔ちゃん」
話が途切れたタイミングで姉さんが切り出した。
「どうしたの?」
「翔ちゃんのこと、教えてくれないかな」
「俺の?」
姉さんは頷いた。
「昔も、それから再会した後も詳しいことは聞かなかった。複雑な事情があるんだろうと思ってたから。でも、この間のアレを見るとね。もう少し知りたくなったんだ。特に赤澤ちゃん姉妹について詳しく知りたいかなって」
「……別にいいけど、長くなるよ」
「お願い。聞きたいの」
真剣な眼差しで頼まれたので、俺はすべてを話した。
中学時代の出来事、そして姉さんとの出会いから現在までのことを全部だ。以前は恰好をつけたかったり、知られたくなかったりして話せなかった。
でも、今は違う。
話し終えると、姉さんは悲しそうな瞳で俺を見つめた。
「そんな顔しないでよ。もう大丈夫だから。赤澤以外とは仲直りもしたんだ」
「……今の出来事を語った後でそう言えるんだね。ホントに強い子だね」
「立ち直れたのは姉さんのおかげだよ」
俺の言葉に姉さんはフッと微笑む。
「好みのタイプは頼りになる年上だったんだけど、今の翔ちゃんなら全然アリかも」
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