第17話 白い決意
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
口を開きかけた白瀬を制した。
……気持ちを伝えるためって言ったよな。
その台詞を聞いて、脳裏に桃楓の言葉がよぎった。昨日はありえないと思っていたが、今の雰囲気がそういう感じに近しいと察した。だから、何が起こっても冷静でいられるように一呼吸入れたくなった。
「どうしました?」
「少し間が悪いというか、落ち着きたかったんだ」
「落ち着きたかった?」
「……いや、そうだな。何も説明しないのはおかしいか。気を悪くせずに聞いてくれ。実は昨日、桃楓が言ってたんだよ。白瀬は俺に気があるみたいだって」
否定してくれると思った。
何故なら白瀬の気持ちは弟の八雲君に向いているからだ。もっとも、その彼は紫音に夢中なわけだが。
「さすがに鋭いですわね。間違っていませんわ。わたくしは翔太さんに対して好意を持っています。もちろん、異性としてです。今、わたくしが話そうとしたのもその件についてです」
「っ」
マジかよ。
全然気付かなかった。いや、それ以前の問題だ。
「変なことを聞くぞ。どうしてその、俺に好意を持つようになったのか教えてくれ。まるで心当たりがないのだが」
昔は交際していた間柄だが、あれは仮初の関係だった。深い関係ではなかったし、お互いのことは全然知らないままだ。
実際、こっちに戻ってきた時も白瀬は俺の正体に気付かなかった。それくらいの関係でしかなかったということだ。
その後も特に関係が深まるエピソードはなかったはずだ。嘘のデートをしたり、黒峰などを交えて一緒にプールに行ったりはした。でも、それらのイベントを経ても特別関係が深まった気はしない。
で、正体がバレて謝罪を受けた。
再会してからは友達というか、会話をする程度の関係に落ち着いた。仲が悪いとは言わないが、特別仲良しって感じでもなかった。好感度がアップするようなイベントもなかったと記憶している。
「……簡単でチョロい女と笑わないでくださいね」
「笑うとかはないぞ」
「翔太さんから誕生日プレゼントを頂いた時です。初めて家族以外の異性からプレゼントされ、わたくしは舞い上がってしまいました」
誕生日プレゼントってことは、夏休みの料理対決か。
「あの時から明確に翔太さんを男性として意識し始めました」
あのプレゼントがきっかけでそうなったのか。
俺としては仲直りの証というか、ご機嫌取りの意味合いがあった。あの時はまだ先行きが不透明だったし、白瀬に裏切られたら平和な生活が終わると思っていた。だから裏切られないように、ある種の賄賂でもあった。
「以来、翔太さんを目で追いかけるようになりました」
「全然気付かなかった」
「白の派閥から抜けると言われた時は本当にショックでした。嫌われてしまったのではないかと震えたほどです」
「……そうだったのか」
あの時の顔を思い出して納得する。
しかし、桃楓の言う通りだったとはな。白瀬に好意を持たれているとは夢にも思わなかった。女の勘が恐ろしいのか、それとも桃楓の嗅覚が凄いのか。
「きっかけはあの時でしたが、日が経つにつれて惹かれていくのが自分でもわかりました。翔太さんは勉強も運動も出来るし、性格的にも好ましい方です。知れば知るほどに気持ちが強くなっていきました」
そこまで言ってから、白瀬の表情は曇った。
「ただ、これが本当に恋心なのかという不安もありました。自分で言うのも変な話ですが、わたくしは家族以外の男性と深く接したことがないので」
女子校出身で、弟の八雲君に想いを寄せていた白瀬だ。女神に就任できたことからもわかるように男と深い関係になった経験はない。
あえて挙げるのなら昔の俺くらいだろうか?
「だから、自分の気持ちを育てつつゆっくり進展できればいいと考えていました。いずれそういう関係になれるのではないか、と淡い期待をしていたわけですね。自分の過去の行いも鑑みず、ライバルの存在も頭から抹消して」
「……そこに桃楓が登場したわけだ」
深々と白瀬が頷く。
「翔太さんに告白したと聞かされた時は驚きのあまり固まってしまいました。おまけに過去のことを持ち出されて牽制されて、あれには随分とメンタルを削られてしまいましたわ。まあ、自業自得ですが」
白瀬は真っすぐに俺を見た。
「わたくし、翔太さんに好意を持っています」
そう言った後。
「ですが、桃楓さんほど強い想いはなかったみたいです。張り合うのであればここで翔太さんに告白をして想いを告げる場面なのでしょうが、それをするほどの激情がないというのが本音です」
「……」
「桃楓さんの言葉を借りれば、本気の恋ではなかったのでしょうね」
どうにも返事をしにくい内容だな。
これに対して何を言えばいいのかわからないので、黙っておいた。
「言い返せなかった時点でわたくしは負けてしまったのです」
敗北を認めた白瀬はどこかスッキリした表情になった。
「……と、これが今のわたくしの率直な気持ちです」
「な、なるほど」
「我ながら変な言い方になってしまいましたね。いきなりこんなことを言われても反応に困ってしまいますよね」
確かに困った。どう反応しても変というか、おかしな感じになるのは目に見えている。
つまり俺に好意を持っていたが、桃楓という強すぎるライバルが出てきたから白旗を上げたという内容を伝えてくれたってわけだろう。
「……えっと、話してくれてありがとな」
「えっ?」
「確かに変な言い方だったけど、白瀬の思ってることを聞けて良かった。それに、いろいろと褒めてくれて嬉しかったし。ほら、俺も向こうで努力してきたからさ。好意的に見られると努力が報われたみたいで気分が良いんだよ」
白瀬は何故かため息を吐いた。
「そんな風に感謝されると、こちらも反応に困ってしまいますわね」
「悪いな」
お互い反応に困り、俺達は笑った。
しばらく笑っていると、俺と白瀬の間に流れていた微妙な空気はいつの間にか霧散していた。
「――それで、白瀬はこれからどうするんだ?」
「はい。今まで以上に本気で女神を目指してみようかと」
「女神を?」
「天華コンテストを一つの区切りにしたいと思います。今年また学園で最高の女子生徒という栄誉を賜れば何かが変われる気がするんです。昨年とは状況も環境も大きく変わっていますが、このコンテストで様々な事柄の区切りにしようかと」
白瀬は自分の言葉に頷いた。
「そっか。いい目標だな」
「あの、女神になった暁には――」
途中まで言いかけて、口を閉じた。
「いいえ、辞めておきましょう。その頃にはきっと、桃楓さんに搔っ攫われている気がしますわ。あの方には油断も隙もなさそうですし」
「……」
「とにかく、わたくしは全力で女神を目指してみます。今後を考えるのはその後にします。応援してくれる方々もいらっしゃいますし、本気で頑張ってみようかと。自分でも不思議ですが、そういう気分になりました」
一時ではあるが、俺も白の派閥だった。
投票は紫音にするのは変わらないが、白瀬にも頑張ってほしい気持ちはある。
「天華コンテスト、頑張ってくれよ」
「ありがとうございます。必ず女神になってみせますわ!」
決意に燃える白の女神様は以前よりも魅力的に映った。
……
…………
その後、白瀬は女神を目指して本格的に活動を開始した。
現女神は勢いで下級生に押され気味だったが、白瀬が票を伸ばし始めたという話を聞いたのはそれから間もなくのことだった。




