第16話 白い呼び出し
「昼のアレはどういうつもりだ!?」
放課後の校舎裏、桃楓に向けた俺の第一声がそれだった。
こうなっている理由は簡単で、昼の一件がどうしても気になったので桃楓を呼び出したからだ。
あの後、残された白瀬は悲壮感漂う感じでとぼとぼ退室していった。かつては恨みを抱いた相手だが、あの姿には心が痛くなった。
問い詰めるような言葉に、桃楓は俯いた。
「……ゴメンなさい」
「え、いや、別に怒ってるわけじゃないぞ」
「自制できませんでした。頭ではわかっていたのですが、本人を目の前にするとつい言いすぎてしまって」
桃楓も溜めていたものがあったのだろう。
俺もついつい語気が強くなってしまったことを反省した。流れを変えるように、コホンと咳払いをした。
「まず、どういう経緯であそこに来たんだ?」
「偶然です」
「ふむ。聞かせてくれ」
「虹谷紫音さんとはいずれ接触しようと思っていたのですが、たまたま近くを歩いていたので声を掛けました。軽くお喋りすると、彼女のほうも私に興味があると言ってくれたんです。なので、ゆっくり話そうという流れになったんです」
で、空き教室を利用して話し合おうとしたわけか。
運が良かったのか、悪かったのか、その教室には俺達がいたと。なるほどあの出会いは偶然だったのか。
「ちなみに、紫音の印象はどうだった?」
「いい子でした」
「自慢の妹だからな」
「明るくて社交的で、見た目は少しギャルっぽいけど非常に可愛くて素敵な子でしたね。まあ、それは噂で聞いていたので知っていました。だからこそ女神になる上で強力なライバルだと警戒していました。もっとも、翔太兄さんと再会してからは別の意味で警戒していたのですが――」
桃楓は俺を見た。
「警戒?」
「その、義理の妹が恋のライバルになるのは面倒なので」
「……あのな」
「だって、よくある展開じゃないですか。翔太兄さんの好きなラノベでも義妹ヒロインは数多く存在していました」
確かにラノベではよくある展開だ。
義理の兄妹はラブコメの王道展開ではあるが、残念ながら我が兄妹の間にそういったものはない。
仲良しなのは間違いないし、好きなのも間違いない。ただ「好き」のベクトルが違う。恋愛感情はないし、向こうからそれを感じることもない。お互いに関係をぶち壊さないように尊重しているというか、心地よい今の生活を守ろうとしている。
「……まあいい。紫音についてはわかった」
「はい」
「問題はその後だ。白瀬にいい感情を持っていないことは知っているが、あれはかなりケンカ腰に見えたのだが?」
言葉の節々から大量の棘を感じた。
「釘を刺しただけです」
「どういうことだ?」
「私は翔太兄さんに好意を抱いています。それはもう幼い頃からずっとです。この感情を言葉にすると非常に長くなるのですが、一旦それは置いておきましょう。簡単に言うと好きってことです」
「お、おお」
直接言われると照れる。
「だから、ライバルになりそうな白瀬先輩に釘を刺しておいたんです」
「ライバル?」
「彼女は強敵になる気配がしました。そうなる前に叩いておこうかと」
つまり、白瀬が俺を好きってことか?
そんな気配は微塵も感じていないが。
「……まあ、ケンカ腰だったのは事実です。すぐ別れたとはいえ翔太兄さんの初彼女になった相手に遠慮なんかしません。むしろ一番許せない女神ですから」
不穏な独り言が聞こえてきたが、聞かなかったことにする。
「翔太兄さんが白瀬先輩を許したのはわかりましたが、私は現女神を嫌っています。大好きな人を転校に追い込む輩は許せません。無事に翔太兄さんと再会できたので以前に比べると気持ちは落ち着きましたが、それでも悪感情は残っています」
話の対象が俺自身なので複雑だったが、気持ちは理解できる。
例えば桃楓や紫音を引っ越しするくらい追い込んだ相手がいたとしたら、本人が許したといっても悪感情は拭えないだろう。
「翔太兄さんの意思は尊重するつもりです。それを無視して攻撃したり、公の場に晒すなんてことはしません。ケンカもするつもりはないので安心してください」
「それを聞けて良かったよ」
「ケンカはしませんが、ラブコメ展開に持っていくようなマネはさせません。普通の女の子が翔太兄さんを好きになるのならともかく、白瀬先輩を含めた女神達はやらかした過去があります。自分の行いを見つめ直すべきなんです!」
桃楓は鼻息を荒くした。
「その言い方だと、他の女神にも何かするのか?」
「……いいえ」
待て。その不吉な間は何だ。
「海未さんにその気がないのはわかっています。確認しましたから」
「確認したのかよ!」
「はい。それと、黒峰先輩に関しても多分大丈夫なはずです。同じ中学の先輩なので、何となくわかります。まあ、少し怪しいですけど」
「……赤澤は?」
実姉について尋ねると、桃楓は呆れ果てた表情に変わった。
「お姉ちゃんは様々な意味で論外です。それに関しては本人から聞いてください。事情を聞けば怒りと呆れでドン引きするはずですから。あれが恋愛対象になるのなら、翔太兄さんを好きになった私の目は曇っていたのでしょうね」
含みのある言い方だな。
お望み通り本人に聞くとしよう。
「白瀬先輩に関しては他の中学出身なので情報がありませんでしたが、接触できてよかったです。あれは完全に惚れた女の目をしていましたから」
「いや……さすがにないだろ。白瀬からの好意とか感じたことないぞ」
「翔太兄さんを語る時の目でわかります。あれは間違いなく好意を持っています」
断言する桃楓だが、どうにも信じられない。
その時だった。ポケットに入れていたスマホが震えた。
「どうしました?」
「……いや、何でもない」
「その間が気になるところですが、翔太兄さんがそう言うなら」
その後、軽く話をして解散になった。
桃楓がいなくなった後でスマホを確認すると、二通のメッセージが届いていた。
◇
翌日の昼休み。
俺は昨日と同じ空き教室に来ていた。メッセージで白瀬に呼び出されたからだ。
「呼び出してしまい、申し訳ありません」
空き教室にはすでに白瀬が待っていた。顔色は元通りで、昨日みたいな悲壮感は漂っていなかった。
「全然大丈夫だぞ。そっちこそ大丈夫だったか?」
「大丈夫ですよ」
「えっと、昨日はアレだ。さすがに桃楓も言い過ぎだった気がするよな。言い方にも棘があった気がするしさ」
白瀬は首を振った。
「……いいえ、彼女が正しいですわ」
予想外の反応だった。
白瀬は深々と息を吐いた。
「桃楓さんの話を聞けば憤りに納得しました。むしろこれまで何も言って来なかったのは、彼女の優しさでしょう」
「……」
「わたくしの認識が甘かったのです。翔太さんに謝ってすべて終わった気になっていました。翔太さんの友達、更には翔太さんを慕う人からすれば怒って当然ですものね。親友である犬山さんから許されたことで勘違いしていました。確かに昨日は堪えました。自分のしたことは頭ではわかっていたのですが、面と向かって言われるとキツかったですね。我ながら情けないことです」
当事者だけに俺の口からは何とも言い難い。
「やった方よりも、やられた方がよく覚えているものです。わたくし自身もわかっていたはずです。父もそうでした。軽く謝って元通りみたいな雰囲気を出していたので、少しもやもやしていたんですよ」
実際そういうものだろうな。
俺にも覚えはある。
「さて、昼休みは短いので用件を済ませましょう」
「話したいことがあると言っていたな」
「はい。翔太さんにご足労願った理由は、今のわたくしの気持ちを伝えるためです。わたくし自身まだ不安定なところがあるのですが、聞いていただけたら幸いです」
そして、白瀬は口を開いた。




