第14話 白い動揺
八雲君が連絡すると、数分もしない内に白瀬がやってきた。
「――お待たせしましたっ」
走ってきたのか、白瀬の息が上がっていた。
「わざわざありがとな、姉ちゃん」
「気にしなくていいですわ。たまたま近くを歩いていたのでっ!」
絶対に嘘だろ。
肩で息をしているからバレバレだが、あえて何も言わない。同じく気付いているであろう八雲君も何も言わなかった。
教室に入ってきた白瀬は少し迷った後で、俺の隣に座った。気のせいでなければ距離が近い気もするが、きっと気のせいだろう。
しかし――
俺は白瀬を見て驚いた。前に比べると明るいというか、表情が晴れやかになっている気がしたからだ。
「いい顔になったな。姉ちゃん」
「抱えていた問題がなくなったのだから、当然ですわね」
「ホントに良かったよ」
弟姉の会話を聞きながら、俺は首を傾げる。
そんな様子に気付いたのか、白瀬は説明してくれた。
「翔太さんにはまだ言っていませんでしたわね。実は先週末、家のゴタゴタが片付いたところなんです。話し合いをして、父との問題も解決したんですよ」
白瀬は父親と揉めていた。
それが理由で一人暮らしをしていたのだが、進展があったみたいだ。
「朗報だな。おめでとう」
「ありがとうございます。といっても、すべて母のおかげなのですが」
事情を聞くと、白瀬を巡って両親が激突したらしい。
最終的に父親のほうが折れて、白瀬と和解の方向に進み始めたようだ。そして話し合いの結果、白瀬にとって嬉しい方向に流れているとのこと。
俺の方にも色々と動きはあったが、白瀬のほうにも動きがあったみたいだな。
「それで、わたくしに用事とは何ですか?」
「まずは俺のほうから相談っていうか、翔太先輩に聞きたいことがあって」
「相談?」
「実は――」
八雲君は先ほどの話を伝えた。
「まあ、そのようなことが」
白瀬は驚いた声を出したが、表情に変化はなかった。
「なるほど、本気になった紫音さんですか。女神を目指すわたくしからすれば強力なライバルですわね。ただでさえ強敵でしたが、そこまでやる気があるのは怖いですわね。これは気を引き締めねば」
白瀬が意気込む。
今のところ現役の女神達が有利らしいが、それでも僅差の戦いらしい。勝負はどう転ぶのかわからない。
それに加えて紫音には黒峰のアシストがある。結構いい勝負になるだろうと予想している。
「白瀬。実は俺からも一つある。というか、こっちが本題なんだ」
「はい?」
「……白の派閥から抜けさせてもらう」
「えっ」
先ほどと打って変わり、白瀬はこの世の終わりみたいな顔をした。
「り、理由を窺っても?」
動揺しているらしく、声が震えていた。
「まさに今の話だ。俺は紫音をサポートすることに決めたんだ」
「ですが――」
白瀬は何かを言おうとして、チラッと八雲君を見て止めた。
恐らく白瀬としては他の女神の勧誘対策云々という話をしようとしているのだろう。でも、八雲君がいるから言わなかった。
「あの件だったら大丈夫になったんだ」
「へっ?」
「詳しくは今度話すけど、問題なくなった」
赤澤との話し合い次第になるが、女神対策はもう考えなくてもいいだろう。
青山と黒峰については和解した。
それに、他派閥の勧誘はないだろう。赤澤以外はすでにコンテストを辞退している状況だ。あの時とは大きく状況が変わっている。
「では、投票のほうは?」
「紫音にする。これはもう動かない」
そう言うと、白瀬は安堵の息を吐いた。
「了解しましたわ。兄が妹に票を入れるというのは当たり前のことですからね。わたくしに入れてくれないのは残念ですが、理由に納得しました」
白瀬は理解を示してくれた。
「あっ、でも白の派閥を抜けたことで何か問題ってないのか」
「問題ですか?」
「……ほら、過激な奴もいるんじゃないか」
今の俺は男神候補らしいし、結構目立つかもしれない。
「それなら大丈夫だと思います。確かに少々過激な方もいますが、翔太さんが妹である紫音さんを支持するというのなら荒れません。自分の妹を支持するのであれば理由としては真っ当ですし、支持を変更しても全然おかしくはないので」
そういうものか。
まあ、鞍替えした相手が妹だから大丈夫ってことなのだろう。確かに、これで赤澤に投票したら恨まれそうだな。
ちなみに、俺の投票先については完全に固定である。例えこの先、桃楓との関係がどうなっても紫音に票を入れるのは変わらない。
「というわけ。今までありがとな」
「いえ、気にしないでください。お役に立てたかは微妙ですが、少しでも効果があったのなら嬉しいですわ」
黒峰から聞いたが、実際に役に立ってくれたらしい。
「ただ……今後も仲良くしてくれるとありがたいです」
「どういう意味だ?」
「翔太さんがこのタイミングで白の派閥から抜けると、わたくしと仲違いをしたみたいに見えるでしょうから」
ああ、なるほど。言いたいことを理解した。
このタイミングで別の派閥に鞍替えすると、傍から見れば白瀬とケンカでもしたのかと邪推されるわけだ。
女神を目指すならイメージは重要だからな。今回はこっちの事情で派閥を抜けるわけだし、この辺りは協力しておこう。
「わかった。白瀬とは良好な関係だとアピールしていくよ」
「ありがとうございます。それを聞いて安心しましたわ」
白瀬が肩を撫でおろした。
その瞬間だった。
「じゃあ、ここでゆっくり話さない?」
「空き教室か。丁度いい――」
喋り声が聞こえると同時に、空き教室の扉が開いた。
「あれ、お兄ちゃんだ」
「……」
教室の中に入ってきたのは、紫音と桃楓だった。
◇
どうしてここに?
というか、何故その組み合わせ?
意味不明だった。面識がないと言っていた両者が、楽しそうに会話をしながら入ってきた。
驚く俺を尻目に、紫音はこっちに近づいてきた。
まず、俺に向かった手を振ってきた。反射的に手を上げてそれに応える。その後、紫音は八雲君のほうに視線を向けた。
「さっきぶりだね」
「う、うん」
声を掛けられた八雲君は動揺しつつ、そう答えた。この感じだと八雲君の恋が進展するのはまだまだ先になりそうだな。
「お久しぶりです、白瀬先輩」
「ええ、お久しぶりですわね」
白瀬は答えながら、その背後を見る。
「ところで――」
「あっ、彼女は赤澤桃楓ちゃんです」
「当然知っていますわ。えっと、紫音さんとお友達だったんですか?」
「これからなる予定です」
「……?」
「実はさっき話かけられて、仲良くしたいって言ってくれたんです。だから親睦を深めるために少しお話をしようと思って」
さっきだと?
どういうつもりだよ。
桃楓のほうを向く。正直、目が合うと思っていた。しかし、桃楓の視線は俺と白瀬の間くらいをジッと眺めていた。
……ちょっと怖いな。
などと思っていたら、桃楓は近づいてきた。
「初めまして、白瀬先輩」
「え、ええ。初めまして」
そう言うと、桃楓は迷わず俺の隣に座った。白瀬とは反対サイドの隣だ。そして、椅子を思いきり俺のほうに近づけてきた。密着するくらいの距離だ。実際、すでに手が当たっている。
「あっ、白瀬先輩」
「は、はい?」
「翔太兄さんがお世話になっています」
桃楓はそう言って白瀬のほうに微笑みかける。目は全然笑っていなかった。
その表情に若干恐怖しながら白瀬の様子を窺うと、端整な白瀬の顔に隠しきれない動揺の色が見えた。




