第13話 白い相談
改めて振り返っても激動の月曜日だった。
黄華姉さんから噂の真相を聞いていると、途中で赤澤姉妹が乱入してきた。その赤澤と黄華姉さんが激突して、最終的に桃楓から告白された――
あまりにも情報量が多い。
家に戻った俺はこの膨大な情報を処理しようと試みたが、疲労が溜まっていたのかすぐに眠ってしまった。
というわけで、迎えた火曜日。
何かあるのではないかと朝から身構えていたが、これといった出来事もなく昼休みを迎えた。
最大の不安材料であった赤澤にも動きはない。ただ、昨夜メッセージが届いた。
『今日は本当にゴメンなさい。翔ちゃんとの再会が嬉しすぎて、冷静さを失っていました。週末にゆっくり話をしたいのですが、時間を貰えたら嬉しいです。よろしくお願いします』
昨夜は返せなかったので、起きてから返信した。
即座に返信が来たので軽くやり取りをして、土曜日に会う運びとなった。
週末に嫌な予定が埋まってしまったが、裏を返せば週末までは安心というわけだ。いずれは片付けないといけない問題だし、ここは日時が決まったと喜ぶことにしよう。
約束に気分を良くしたのかは知らないが、今日の赤澤は朝から元気だった。学園のアイドル様として振る舞っていた。
黄華姉さんからも昨日は失態だったと謝罪メッセージが届いていた。気にしないでほしいと返しておいた。
昨日の出来事は誰にも話していない。
いくら親友の蓮司でも、さすがに告白されたことは黙っておく。個人情報を漏らしているみたいだし、桃楓の勇気を踏みにじるわけにはいかない。
それに、あの件に関しては桃楓から「私から蓮司兄さんに言います。翔太兄さんのことを黙っていた件も含めて文句を言ってやりますから」と鼻息を荒くしていたので全面的に任せた。
「――こうして面と向かって話すのは久しぶりですね」
昨日の回想はこれくらいにして、意識を正面に向ける。
昼休み。俺の前には珍しい人物がいた。
「確かに久しぶりだな、八雲君」
「わざわざ時間を作っていただきありがとうございます。翔太先輩」
白の女神である白瀬真雪の弟、白瀬八雲君だ。
彼は俺が最も可愛がっている後輩といっても過言ではない。
すれ違う時にも元気よく挨拶してくれるし、いつ見ても爽やかなので見ていると気分が良くなる。
紫音と並ぶ癒し枠だったりする。
「構わないさ。それで、話っていうのは?」
こうなった経緯は簡単だ。購買でパンを買った帰りにすれ違った。その時、話がしたいと誘われた。
というわけで、近くにある空き教室に入った。
「実は相談がありまして」
「俺に相談ね」
「はい。虹谷さんのことです」
「……紫音の?」
八雲君は紫音に惚れている。
それはもう誰が見てもわかりやすいくらいに惚れている。一緒にいると視線はいつも追いかけているし、紫音を前にすると挙動不審になるくらいには惚れている。
「何かあったのか?」
「実はその、虹谷さんがとても前向きなんです」
「前向き?」
「女神関連の話です。詳しく話すと――」
八雲君は説明してくれた。
聞けば、これまでの紫音は女神関連の話題に対して微妙な反応をしていたらしい。どっちでもいいっていうか、あまり興味を示していない感じだった。本人よりも八雲君を中心とした周りが頑張っていたという。
しかし、今週に入ってから様子が一変した。
急にやる気を出し、女神を目指すと公言した。あまりにも急激な変化に驚いた八雲君は兄である俺に事情を聞きに来たというわけだ。
「……なるほどな」
「何かご存じですか?」
「ああ、知ってるよ」
これは言っても問題ないだろう。
「紫音の奴が黒峰の追っかけをしているのは知ってるだろ」
「もちろんです」
「その黒峰からバトンを渡されたんだ」
「バトン?」
「黒峰は天華コンテストを辞退した。で、その黒峰から直々に次の女神になって欲しいと頼まれたんだ。要するに、バトンを託されたわけだ」
紫音は敬愛する黒峰から次の女神になるよう言われ、それを了承した。
俺は学年が違うので細かくはわからないが、どうやら本気で女神を狙うつもりらしい。公言したのならここから先は全力を尽くすだろう。
兄としては頑張る妹を是非とも応援したいところだ。兄馬鹿になってしまうが、紫音には学園最高の女子生徒を名乗る資格があると思っている。
「……そういう事情でしたか」
八雲君は安堵した表情を浮かべた。
「急にやる気になったので、何かあったのかと」
「安心してくれ。今の紫音は黒峰のために全力なだけだから」
八雲君が心配する気持ちも理解できる。
今まで女神に興味を示さなかったのに、いきなり女神になる宣言だ。女神になって誰か落としたい男でもいるのではないか、と恐怖に駆られたわけだ。
「あの、話はもう一つあります」
「もう一つ?」
「こっちは相談ではなく、聞きたいことなんですが」
「何でもいいぞ」
「……男神についてです」
八雲君は小さく息を吐いてから。
「俺、真剣に男神を狙ってみようと思ってます!」
「ほう、いいじゃないか」
絶対的な候補だった蓮司が辞退した。
これによって多くの生徒に男神となるチャンスが到来した。目の前にいる八雲君はイケメンであり、男神の有力候補でもある。
まあ、八雲君の考えはわかる。女神といえば学園最高の女子生徒だ。それに釣り合うには学園最高の男子生徒というわけだろう。
「それでその、翔太先輩も男神の候補ですよね」
「……」
「狙っていたりしますか?」
この問いには即答できなかった。
実のところ迷っている。
成り行きで男神を目指すことになったわけだが、正直やる気はない。やりたくもない。興味もない。
紫音と約束したので本来なら頑張るべきところだが――
『好きです、翔太兄さん』
桃楓の告白を受けたら男神にはならない。
というより、なれないだろう。女神と同じで、男神になるのなら恋人の存在はマイナス要因でしかない。俺としても不義理はしたくないしな。
結局のところ、あの告白にどう返事をするかだ。
情けないことに絶賛悩み中だ。今すぐ答えは出せそうにない。
「あの、翔太先輩?」
「っ、何でもない。俺としては成り行きに任せるっていうか、今のところは真剣に狙うとかはないかな。だから特別な活動はしないつもりだ」
「……そうですか」
神関連の話をしながら思い出した。
そういえば、肝心なことを忘れていた。
「どうしました?」
「いや、白瀬に伝えないといけないことを思い出したんだよ」
「姉ちゃんに?」
「実は、白の派閥を抜けようと思ってな。さっき言ったように紫音が本気で女神を目指してるだろ。前は紫音の気持ちがわからないから微妙だったが、本気で目指すのなら俺としても応援しなくちゃいけないからな」
「……」
八雲君はよくわからないとばかりに目を瞬いている。
そうだった。彼には俺が白の派閥に入った本当の理由を話していなかったな。以前、勧誘された時は言えなかったけど状況が変わった今なら教えてもいいだろう。
白の派閥に入っていたのは他の女神からの勧誘を防ぐためと伝えた。
「……そうだったんですね」
「悪いな。白瀬を利用してるみたいな感じで」
「いえ、姉ちゃんから言い出したみたいなので気にしていませんよ。じゃあ、丁度いいので姉ちゃんもここに呼びましょう」
そう言って、八雲君はスマホを取り出した。




