第12話 桃色の女神
今日だけで何度目になるだろう。
突然の告白をされた俺は衝撃で固まってしまった。ただ、断言できる。間違いなくこれが一番の衝撃だったと。
目の前にいる桃楓はすっきりした顔をしていた。告白という一大イベントを終え、緊張が解けたらしい。
「先ほどの聞きたいことは、今の告白に対する答えです」
「……」
「といっても、すぐに答えを聞かせてくれというのは無理がありますよね」
桃楓は俺を気遣うように笑った。
「数年ぶりの再会です。それに、翔太兄さんからすれば私の印象は小学生の頃で止まっているはずですからね。いきなり恋人になって欲しいというのは無茶だと自分でもわかっています」
否定はできない。
俺の中での桃楓だが、本人が言うようにあの頃の印象が強い。それは当たり前のことだろう。こっちに戻ってから初めて会話したわけだからな。
桃楓は可愛い。
かつて、俺は赤澤夕陽が好きだった。そして赤澤姉妹はよく似ている。だから桃楓の容姿は間違いなくストライクゾーンである。加えて、素直で可愛い性格なのもよく知っている。
だから好ましく思っている。見た目も中身も。
しかしだ。小学生時代に妹として接していた相手と、再会した当日にいきなり恋人になれというのはさすがに無茶だ。
今まで白瀬という仮初の恋人しかいた経験がない俺は「じゃあ、お試しでお願いします」みたいな軽いノリでこれを受けることはできなかった。
けど、ここで考える時間をくれというのは何か情けない気がする。
「答えはまだ結構ですよ。これで即決断を求めるのは酷というか、私だって初めての告白を絶対に成功させたいので。まあ、告白すること自体これで最後になって欲しいとは思っていますが」
「……桃楓」
「答えは文化祭の一週間前までにお願いします」
俺は首を傾げる。
「どうして文化祭の一週間前なんだ?」
「そこが女神を辞退するタイムリミットだからです」
女神の辞退?
何か関係あるのだろうか。
「ここに入学してから、私の目的は女神になることでした。今の【4色の女神】が女神と呼ばれているのが気に食わなかったし、いつか翔太兄さんが戻ってきた時に成長した私の姿を見せたかったからです。それに、女神は天華院学園で最高の女子生徒であることの証明です」
この学園における”神”は全校生徒から選ばれた最高の男女に贈られる称号だ。女神が学園最高の女子生徒というのは間違っていない。
「私にとって翔太兄さんは命の恩人であり、最高の男子生徒です。だから最高の女子生徒にならないと釣り合わないと思っていました」
随分と持ち上げられている。
俺はそこまで大層なものじゃないぞ。大体、この学園で最高の男子は蓮司だとすでに判明しているだろ。
「でも、予定が狂って告白しちゃいました」
「……お、おう」
「だから女神の称号は無意味になりました。ですが、どうせなら目指してきた天華コンテストを一つの区切りにしたいんです。もしお付き合いして頂けるなら、私は選挙を辞退します。か、彼氏がいる女子が候補に残るのは……真剣に女神を狙っている方に失礼になりますからね」
なるほどな。
辞退せずに恋人が出来たままだと不義理になるって感じだろうか。気にしすぎな感じもするが、まじめな桃楓らしい。
「あっ、でも私はお姉ちゃんと同じかそれ以上に諦めが悪いタイプです。なので、一度や二度失恋したくらいで諦めるようなタイプではありません。フラれたら文化祭で女神に就任して、私の魅力を存分に見せつけてから何度でもアタックする予定です。押してダメなら押し倒します!」
名言のようだが、割と犯罪チックじゃねえか。
おまけにさっきは女神を狙っている女子生徒に失礼といいながら、女神になってから恋人を作る気満々だしさ。
まあ、女神といっても華の女子高生だ。聞いた話になるが、今までも神に就任してから恋人を作った先輩方は何人もいたらしい。
「……わかった。期限までには必ず返事をするよ」
「はい、楽しみにしています!」
弾むような桃楓の声を聞きながら、俺は安堵の息を吐いた。
答えについては今後ゆっくりと考えよう。簡単に答えが出せるような問題でもないし、先に赤澤の問題をどうにかしたいし。
「あっ、そうだ。他にも大事な話があったのを忘れていました」
「……まだあるのか?」
「これは色恋の話題ではなく、翔太兄さんにとって重要なことです。女神の話をしたことで思い出しました」
俺にとって重要な話ね。それは是非とも聞いておかなければならない。
「女神対策についてです」
「女神対策?」
「はい。何故か【4色の女神】の中で青と黒の女神が辞退しましたが、赤と白の女神が残っています。特にお姉ちゃんは厄介です。私にも事情はさっぱりですが、翔太兄さんと再会した今ならば必ず自分の派閥に取り込もうとするはず」
うむ?
「だから、形だけでもいいので私を支持していることにしてください。そうすれば面倒な勧誘からも防げるはずです。私が翔太兄さんを守ります!」
「……?」
言葉の意味が理解できず、少し考えてしまった。
あっ、そういうことか。
桃楓には俺の情報が何一つ伝わっていない。二年生の間では俺が白の派閥に入ったと知られているが、そういったことも知らないわけだ。
女神との情報についても共有しておこう。
「すまない。俺と【4色の女神】の関係について話してなかったな」
「女神との関係ですか?」
「実は、赤澤以外の女神とは既に和解してるんだよ」
「えぇっ!?」
桃楓の表情が驚愕に染まった。
「ど、どういうことですか?」
「実は――」
転校してきてからの経緯を話した。
あの女神達の存在にはビックリして嫌な気分になったけど、この半年間で赤澤以外とは無事に和解したこと。現在は一応白の派閥に入っており、今後は何故か男神を目指す流れになったことも。
それだけじゃない。
桃楓には伝えていないことがあまりにも多かった。両親が再婚して苗字が変わったこと、虹谷紫音という義妹が出来たこと、そして先ほど会った黄華姉さんと再会したことなどを話した。
「……情報量が多すぎます」
「だよな。俺もそう思う」
桃楓は頭を抱えた。
「言われみればそうですよね、翔太兄さんの苗字がそのままだったら私も気付いたはずです。体育祭のアナウンスとか、テストの結果などで」
体育祭の実況とかで俺は「赤組の虹谷君」と呼ばれていたし、気付かないのも無理ない。
「驚いたのは虹谷紫音さんです。彼女が翔太兄さんの妹だったとは」
「紫音と知り合いなのか?」
「いえ。けれど、とても可愛い子なので注目していました。女神を目指していた私からしたら強力なライバルだと警戒していました」
どちらも一年生の有力候補だからな。
「もし、翔太兄さんとお付き合いできるようになったら迷わず彼女に協力します。私からすれば将来の妹さんですからね」
「……」
気が早すぎだろ。
まあ、その辺りの注意をすると面倒な事態になりそうなので放置しよう。
「そういうわけで、女神についてはもう大丈夫だからな」
「……」
「どうした?」
桃楓は少し不満そうだった。
「翔太兄さんが決めたことなので構いませんよ。けど、和解したと言っても一度は翔太兄さんに酷いことをした連中です。個人的には好きになれませんね」
「まあ、そういう意見もあるだろう」
「ちなみに……海未さんとは話をしました」
体育祭のアレだな。
「今の話を聞いて辻褄が合いました。なるほど、あの言い方はそういう意味があったんですね」
どうやら何か話をしていたらしい。
「余計に許せなくなりました。海未さんは翔太兄さんが戻ってきていることに最初から気付いていたんですよね。おまけに私と話した時には全部知っていたと」
「まあな」
「……だったら早く教えてくれればいいのに」
青山としては俺の個人情報を教えたくなかったのだろう。桃楓には悪いが、俺の中では少し評価がアップしたよ。
しばし大量の情報に苦戦していた様子だったが、程なくして桃楓はそれらすべてを消化したようだ。
「あの、今後もこういった情報の齟齬はあると思うんです」
「学年が違うし、離れていた時間が長かったからな」
「なので、ここは連絡先を交換して連絡を取り合っていきましょう!」
「わかった」
連絡先を交換した。
「ふふふっ、翔太兄さんの連絡先ゲットです」
連絡先を手に入れた桃楓は上機嫌な様子だ。
「今後は頻繁に連絡を取り合いましょうね!」
「う、うむ」
「それから、これからは私をしっかり見てくださいね。翔太兄さんの彼女にふさわしいと証明していきますから」
そう言って桃楓は微笑む。
頬を桃色に染めたその姿は、とても可愛くて、とても綺麗で、桃色の女神という称号が実にふさわしいと思った。




