第6話 黒い再会後
黒峰と再会した翌日の日曜日。
俺は真昼間からバイトに精を出していた。
昨日は途中で紫音が乱入してきたので、そこで黒峰との話は終わりになった。正確には別の方向に流れてしまったといったほうが正しいだろうな。
そして何故か、話の流れから俺は神を目指すことになった。
男神とか全然興味ないけど、あの状況では仕方なかった。蓮司の判断はナイスだったと言えるだろう。おかげで紫音にバレなかったし、変に怪しまれることもなかった。
妙な展開になったが、実はあまり気にしてなかったりする。
投票で決まる以上、こっちで結果を決められるわけではない。表向きは男神を目指してますよって空気を出せばいいだけだ。落選しても命を失うわけではないし。
ちなみにあの後、黒峰は紫音の部屋に連れていかれた。そこで軽くお喋りして解散となった。黒峰の話は俺への感謝と謝罪だったので、用件はすでに終わっていた。
取り残された俺は、男神になるよう誘導しやがった蓮司にプロレス技を決めたり、ゲームを一緒にプレイして楽しく過ごした。
「……なるほど、それで白の派閥に入ったんですね」
さて、バイト終わり。
たまたま黒峰と終わる同じ時間が一緒になった。黒峰は父親に迎えに来てもらうらしく、それまで会話することになった。
誘ったのは俺のほうだ。
「まっ、白の派閥に入った効果は全然なかったけどな」
「多少はあったと思います。実際、あの話を聞かされたわたしは焦ったので」
相変わらず黒峰は学園いる時と全く異なる地味子スタイルだ。見た目だけでなく言葉遣いまで違うので違和感満載だった。
以前はこっちのほうが見慣れていたはずなのに、時間というのは偉大だ。
つい先ほど、白瀬と青山について話した。最初はビックリしていたが、理由を話すと納得した様子だ。
「虹谷君が決めたことなので、わたしが口を挟むことはないです」
黒峰はそう言ったが、顔には不満が出ていた。
「その割には複雑って顔してるな」
「まあ、長くいがみ合っていた関係なので」
一年近くも敵対関係だったから当然か。
それから更に話をして、俺の部屋で行われた白瀬との会話についても聞いた。
やはり俺の存在を抹消していたわけではなく、忘れた演技だったらしい。青山と同じ理由だったらしい。白瀬が仲直りしていたなど全く想像していなかったそうだ。
……仲直りか。
そういえば、俺と黒峰の関係はどうなるんだろう。
仲直りともちょっと違うな。俺と黒峰は昔から仲良しって感じではなかった。図書室の中で傷をなめ合うだけの関係だったし。
あの二人とは根本的に違う。
青山とは小学生時代からの幼馴染であり、異性で最も親しい友達だった。白瀬とは期間が短いながらも、一応は交際していた関係である。
他にも違う点がある。
白瀬や青山からは謝罪された。対して、黒峰からは感謝された。あの二人と違い、そもそも黒峰本人から直接何かをされたわけではない。
真実を聞いてから黒峰に対する印象は大きく変わった。
彼女はただ知らなかっただけ。俺に関する悪い噂が流れていたという、当時の状況が生み出した悲しい結果でしかなかった。
……まあ、その後の報復については過激すぎて若干引いてしまったが。
これに関してはアレだ、今後は黒峰を怒らせないようにしよう。
「けど、自分の中で一つの区切りがついた感じです」
会話が途切れると、黒峰は息を吐いた。
「これからは自分のやりたいことをするつもりです」
「……やりたいこと?」
「今は紫音ちゃんを女神にすることですね。個人的にとても気に入っています。最初は虹谷君に返せない恩を、義理の妹である彼女に返そうと考えていたのですが――」
そういう思惑もあったのか。
「途中から考えを改めました。紫音ちゃんなら非常に素敵で魅力的な女神様になってくれると思います」
これに関しては俺も同意見だ。
「あっ、そうだ。黒峰に言っておきたいことがあったんだ」
「何ですか?」
「ありがとな」
「えっ?」
黒峰は驚いていた。
「今のは感謝する気持ちが大事だって気付かせてくれたことに対してだ」
「どういう意味です?」
「実は明日、恩人に会うんだ」
「……恩人ですか。わたしにとっての無川君みたいな人ですね」
俺は首を振った。
「いや、俺は別に恩人って言われるようなことはしてないぞ」
「いいえ、わたしは間違いなく無川君に助けられました。今こうして普通に生活できているのはあなたのおかげです」
「……大袈裟だな」
「大袈裟じゃないです。気を失っている無防備なところに本の角が当たったら最悪の場合もあり得ます。命の恩人といっても過言じゃないくらいです」
そこまで大層なものではないと思うけどな。
しかしまあ、感謝されるのは嬉しいことだ。
昨日、黒峰から贈られた感謝の言葉は胸に強く響いた。自分の行動に間違いはなかったと思えた。一度は助けたことを後悔したが、あの行動に間違いはなかったのだと胸が張れるようになった。
明日の放課後、黄華姉さんと会う。
噂の真相を黄華姉さんに確かめようとしていたのが、それよりも先にやることがある。黒峰はそこに気付かせてくれた。
まずは感謝の気持ちを直接伝える。そして、謝罪もする。
当時の俺は本当にボロボロだった。毎日のように遊びに来てくれた姉さんを遠ざけようと色々酷い言葉を放った記憶がある。
あの時の感謝と謝罪をしなくてはならない。黒峰風に言えば筋を通すだ。
「まあ、とにかくあれだ。その人は本当に俺にとって恩人なんだ。本気で恩返しをしたいと思っている」
「……そういえば、私はまだ恩返しをしていませんでしたね」
黒峰はジッと俺を見た。
「リクエストはありますか?」
「ないな。別に恩返しはいらないぞ。正直、今の生活に満たされているからな。可愛い妹も出来たし、新しい環境にも馴染んでるし」
「……そうですか」
落ち込んだ顔をされると悪いことをしている気分になる。
「じゃあ、これからも仲良くしてくれ」
「えっ?」
「黒峰の事情はわかった。感謝と謝罪は受け取ったし、あの一件は水に流そう。でもって、今度は無条件で信頼してくれるような関係になりたいんだ」
そう言うと、黒峰は明るい表情に変わった。
「わかりました。無川君との関係は半端のまま終わってしまいましたが、虹谷君と新しい関係を作りましょう」
これで仲直りというか、関係も修復だな。
最初は【4色の悪魔】に悩まされたけど、今は――
その時、ポケットに入れていたスマホが震えた。
『明日、大事な話があります。放課後に時間作ってくれると嬉しいです。よろしくお願いします』
メッセージを送ってきたのは赤澤夕陽だった。
意味深なそのメッセージに俺は首を傾げた。
「どうしました?」
「いや、何でもない」
慌ててスマホを隠し、笑顔を作る。
あいつだけは何を考えているのかさっぱりわからないが、明日はダメだ。用事があると返せば問題ないだろう。
などと話していたら、黒峰の父親が到着した。
「それじゃ。また学校で会いましょう、虹谷君」
「おう。またな」
車に乗って去っていく黒峰を眺めながら、俺はゆっくりと動き出した。




