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天使が開いた悪魔の門

 2024年、太陽系内に一隻の無人宇宙船が来訪した。

 宇宙船に詰め込まれたテクノロジーは過度に先進的なものだったが、船体の大部分には地球上の資源が使われていた。秘密裏に回収したそれを分析した結果、国際宇宙開発機構は25世紀に製造された機体と結論づける。

 これにより、船体に使われた技術のリバースエンジニアリングを主目的とした、プロジェクト"C"が発足された。


 正式なプロジェクト名は、プロジェクト"Candy"。無人宇宙船回収プロジェクト"Angel"、宇宙船分析プロジェクト"Blessing"に続く、第三のプロジェクトだ。


 当時の人々は降って湧いた未来技術の塊を喜んで分析した。解析した技術は多くのブレイクスルーを生み出し、地球上の技術レベルは飛躍的に上昇することになる。小型原子炉やコールドマンや生体モジュールは、その技術革命の中で生み出された産物だ。


 そんな"Angel"がもたらした"Candy"の中でも最たるものが、次元航法技術。

 宇宙船が500年の時間を遡るために使われたテクノロジーだ。

 宇宙船は次元ポータルを開き、隣接する多次元空間を経由することで過去へと遡っていた。すなわちこの宇宙船は直接的に未来から渡って来たのではなく、今現在26世紀になっている未来の一つから、多次元空間を通って21世紀のこの次元へと訪れていた。


 多次元空間とは複数の次元に隣接した、いわば次元の狭間とでも呼ぶべき界域だ。特定の次元に基づかない界域には混沌が渦巻き、物理法則は流動的に変化する。空間はXYZ軸に沿って広がらず、時すらも正常には流れない。

 次元航法とは、そんな混沌を渡るための術である。


 次元航法の発見は、人類に異次元へと至る門をもたらした。これによりプロジェクト"C"と平行する形でプロジェクト"D"が発足。

 目的は、多次元空間の探索及び異次元に至る道の発見だ。


 当初、"D"は"Dimension"の"D"だった。しかし、研究者たちはすぐに別の名でこのプロジェクトを呼称することになる。

 プロジェクト"Demon"。開かれたのは、悪魔の門だった。


 悪魔のプロジェクトの名にふさわしく、多次元空間の探索は困難を極めた。

 2031年にプロジェクト"D"が発足して以来、人類が探索できた範囲はポータルを中心とした4メートル52センチまで。そこから先の空間は、探査機はおろかレーダーすらも情報を取得できていない。


 しかしその4メートル52センチ内にも多くの発見はあった。地球上に存在しない物質や元素の発見から、ついには生命体まで発見したのだ。

 発見した生命体は合わせて1235種。微生物が1229種、昆虫めいた小型生物が6種。地球上とは異なる遺伝子を有するそれらは、外来遺伝子生物(Xeno Gene)――縮めて、XGオブジェクトと呼称された。


 生命体が確認されたことで、多次元空間は生存に適さないという定説は覆された。さらにXG-029に遺伝子改変能力が確認されたことから、この特性を使えば多次元空間の環境に耐える遺伝子を開発できるのではないかという仮説が立てられる。

 この仮説の実証に臨んだのが、才羽数人上級研究員。


 ――私の、父だ。


「……ふうん」


 魔女から聞いた内容を反芻する。

 この施設は国際宇宙開発機構の研究拠点だった。上層の先端生体モジュール開発研究所すらも隠れ蓑にすぎず、下層で進めていたプロジェクト"D"こそが真の役割だ。


 しかしプロジェクト"D"は難航した。膠着状態を打破するために打ち出されたのが、『多次元空間における遺伝子適応仮説』。

 そしてその末に、アルファ血清が作り出された。


「プロジェクト"D"についてはこんなところだけど。何か質問あるかしら?」

「肝心なこと伏せてるよね、魔女さん」

「あら、わかっちゃう?」


 わかるも何もない。この欠落に気づくなと言うほうが無理がある。


「で。そのプロジェクト"D"がどうして世界を滅ぼすことに繋がったんだ」


 魔女はくすりと嗤った。


「私が担当していたのはXG-029の基礎研究。XG-029の基本的な性質について調査してたわ。報告書は読んだかしら?」

「急に話が変わったね」

「変わってないわ。世界が滅んだ原因の話よ」

「経過報告書の方なら、読んだけど」

「そうね、最終報告書はまだ執筆中だもの。経過報告書を書いてからの六年、私は正式な報告書を上げてないわ」

「何か隠したいことがあったの?」

「書くのが面倒だったの。それに子育てが忙しくて」

「子どもは嫌いって言ってなかったっけ」

「嫌いになったのよ」


 何にせよ報告書は上げた方がいいんじゃないっすかね。

 口には出さなかった。彼女は愉しそうにしていた。


「世界が滅んだ理由については簡単よ。XG-029のアウトブレイクが起こったの。世界中に広まったXG-029は人々を狂わせ、ついには終焉をもたらしたわ。わざとじゃなかったのよ? 危険性は報告したし、予算と人員の追加も申請したわ。だけどXG-029の潜伏期間の長さが仇になったわね。上層部が危険性を認識した頃には、もう手遅れだったってこと」

「……それ、あんまり人には言わない方がいいかもね」

「あら。どうして?」

「元凶に一番近いところにいたんだろ、あんたは。目の前で見過ごしたんだ」

「うふふふふ。そうね、私が世界を滅ぼしたと言えるわね。うふふふふふふ」


 この女はイカれている。

 それとも、イカれてしまったのだろうか。魔女の目に感情はなく、その心中を察することはできない。仮にこの女が感情を顕にしても、きっと私には理解できないだろう。

 これは、あまりにも人間離れしている。


「……それについて聞きたいんだけど。XG-029は遺伝子構造をめちゃくちゃにして、人体を崩壊させることはできるんだよね。でも、死体を蘇らせる力があるなんて、経過報告書には書いてなかった」

「あら、博識ね。そうよ、XG-029はゾンビ・ウイルスではない。でもね、XG-029はウイルス程度の構造体ながら、思考能力を持っているの」

「思考能力? ウイルスがものを考えるの?」

「そう、それが地球上のウイルスとの明確な違い。だけどXG-029はその能力を自発的には使わないわ。外部からの命令を受けた時、初めて自ら考えて、目的を持って行動するの。血清もその例の一つよ。XG-029がやすやすと生命のあり方を歪められるのは、血清という命令書を受け取ったXG-029が、自発的に思考して行動してくれるからという側面もあるわ」

「ふうん……。でもさ、血清ってのは人間が作ったものなんだよね。多次元空間にある野生のXG-029は、何から命令を受け取るの?」

「うふふ。うふふふふふ。やはりあなた、才羽博士の娘ね。とても素晴らしい着眼点だわぁ」


 魔女は嗤う。嗤い続ける。ひとしきり嗤い、それから表情を消した。


「XG-029には、他個体に命令を下すための女王個体が存在する」


 その言葉は、鋭利なナイフのように放たれた。


「本来のXG-029はアリのように社会性を持つ生物なのでしょうね。あるいは集合知性と呼ぶべきかしら? 自発的な行動能力を持たない他個体を、一体の女王が手足のように操る。考える手足に一つの頭、それがXG-029という集合知性の構造よ。もっとも野生の女王個体は未確認だから、これはまだ仮説なのだけど」

「じゃあ……。その女王個体が地球のどこかに発生していて、他のXG-029に働きかけて蘇らせたってこと?」

「女王がそれを望むならね。死体を動かすことくらい、目的を持ったXG-029には造作もないことだから」


 だとしたら……。XG-029の女王個体は、どうしてそれを望んだのだろう。

 ただ人類を殺したいのなら、XG-029のパンデミックが発生した時点でほぼ達成されている。XG-029への対抗策を有している人間を除けば、感染が拡大し人々が死滅するまでは時間の問題だ。

 わずかな生き残りも確実に仕留めたかったのだろうか。


「じゃあ、女王を殺せばこの混沌にケリがつくの?」

「そうすれば死体は動かなくなるでしょうね。でも、広まったXG-029が消えるわけではない。新たな女王が現れれば、また異なる混沌が引き起こされるでしょう」

「その時はその時でしょ。ゾンビパニックよりはマシだと思うけど」

「そう考えるならそうすればいいわ。私は止めない。あなたは自分がしたいことをすればいい」


 また……難しいことを言う。自分がどうしたいかなんて、私にわかるはずもないのに。

 私はこの世界の混沌を終わらせたいのだろうか。こんな壊れた世界の混沌を。そうするほどの強い意志が、私にはあるのだろうか。

 自分がどこに向かえばいいのかなんて、自分で決めるものなのかもしれない。

 だけど今は、誰かに教えてほしくて仕方ない。


「魔女さん。私のこと、教えてよ」


 プロジェクト"D"の正体が明かされようと、そこに私はいなかった。結局私はそれを求めていたのかもしれない。この世界に投げ出された私は、自分が何者なのかをずっとずっと探している。


「わからないんだよ。私は、これからどうすればいいんだろう」

「才羽ちゃん、あなたにはLIEがある。答えは自分で見つけられるはずよ」

「そんなこと言われたら、もう、本当にわからなくなる」


 LIEの調子が悪い。これさえきちんと動いてくれたら、こんなにも私は迷うこともないのに。

 ひょっとしたら、一度死んだ時に壊れてしまったのかもしれない。


「どうしてもと言うなら、答えをあげることはできるわ。だけど、私よりも適任がいる」

「……適任、ね」

「この先よ。長話に付き合ってくれてありがとう」


 角を一つ曲がったところで、魔女は突き当りの扉を指差した。

 多次元連結槽制御室。

 その先に、私の父が待っている。

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