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出港

「そうか、やはりいたか」


「はい、この目で確認いたしました」


 偵察を飛行を終えて帰還した本郷ら水偵搭乗員は、早速昨夜の偵察ならびに戦闘報告を行うために、司令部の寺田の元へと呼び出された。


「相手が先に発砲したで間違いないんだな」


「間違いありません。こちらも20mm機銃で応戦しましたが、その後敵艦は高速で北東方向に遁走しました」


「ふむ。で、国籍もマシャナで間違いないんだな?」


「はい、照明弾に照らされた敵艦に、確かにこの旗が掲げられていたのを見ました」


 本郷は昨晩見た敵艦と、敵の国籍について重ねて確認された。不正確だが敵艦のシルエットの絵を描くと共に、敵艦に掲げられているのを見た旗が、以前「麗鳳」などが接触した敵艦のものと一緒であると断言した。


 さすがに偵察の専門家(スペシャリスト)だけあって、短時間の接触とは言えしっかりと確認していた。


「そうか。御苦労だった。しっかりと休んで、次の出動に備えてくれ」


 本郷たちに労わりの言葉を掛けると、寺田は彼らを退出させた。


「さて、諸君。どう思う?」


 集めた幹部たちと共に、善後策を協議する。


「ただちに、航空隊ならびに艦艇に出動準備態勢を取らせるべきだと思います。単艦で高速艦艇となれば、昨夜まで断続的に現れていたそれは、偵察艦艇の可能性があります。ルリア嬢の故郷を襲撃した連中が、その後南下しているとすれば、この島への攻撃および上陸に先立っての行動もありえます。明日にでも、敵の大艦隊が出現するやもしれません。ここは早急に全艦船を出動させるべきです」


 大石の言葉に、長谷川副指揮官も賛成する。


「大石参謀の言うとおり、行動はなるべく早く取るべきですな。敵が来るにしても来ないにしても、湾内に留まったままではいい的だ」


 戦場で最悪なのは、奇襲を許すことだ。奇襲を許せば、それは一方的に蹂躙されることを意味する。開戦劈頭、帝国海軍はハワイ真珠湾の米太平洋艦隊と、在ハワイ陸上航空基地に大打撃を与えたが、それは一方的に奇襲が成立したゆえだ。


 もし逆の立場にトラ4032船団が立たされれば、船団そのものが拠り所となっている寺田たちにとって、悪夢でしかない。


 長谷川が大石の意見に即座に賛成したのも、そうした立場にあるのは船員にとっても同じであるし、また商船そのものが軍艦に比べて遥かに脆弱であるためだ。奇襲を受けた商船など、水に浮かぶ標的も同じである。


 しかし、そんな二人に異議を唱える者もいた。


「お待ちください。避難すると言っても、周辺海域の測量などが不十分な今の状況では、逆に危険ではないでしょうか?各船には厳重な擬装を施していますし、迎撃に出る艦艇だけ展開させ、輸送船はこのまま留め置くべきでは?」


 軽空母「駿鷹」の岩野艦長だ。彼の言うとおり、周辺海域の測量作業はまだ途上だ。下手に避難した結果、未知の座礁に乗り上げると言う事故も充分に考えられることだった。


 また。


「燃料の消費のことを考えても、全艦船が動くとなれば、貴重な燃料を莫大な量消費します。それを抑えるためにも、艦艇のみでよろしいのでは?」


 主計科の士官は、燃料の残量の関係から艦艇だけ出撃の案に賛成した。


「その危険は重々承知していますが、危険を恐れた結果、さらに大きな被害を受けると言う事態になっては、笑うに笑えませんぞ」


 会議参加者の意見は、船団全ての避難か、艦艇だけの出動かで完全に割れた。


 こうなると、最後に決めるのは当然ながら指揮官たる寺田となる。


「指揮官、意見はほぼ半々で割れました。ここは指揮官の決断をお願いいたします」


「ふむ・・・・・・」


 どちらの意見も一長一短だ。こうなると、総合的に長の部分が大きい方の意見を選ばなければならない。もちろん、敵がすぐそこまで来ている現状では「明日の朝には答えを出す」のような悠長なことはやっていられない。


 とは言え、さすがに即決と言うわけにもいかない。寺田は、しばし考え込む。


 この時点で、敵がこの瑞穂島に攻めてくる可能性は非常に高い。だが今の所敵の戦力は不明であり、またこちらの存在にどこまで気づいているかもわからない。下手に動いた結果、存在を暴露する可能性も充分にありえる。となれば、充分な擬装を施している現在、無闇に動くリスクの方が高くつく可能性もある。


「まだ敵の戦力も不明な現状で、無駄に燃料を消費する事態は避けたい。ここは艦艇のみ出港し、沖合いにて迎撃態勢をとろう」


 寺田は艦艇だけの出動の案に決めた。


「ただし。輸送船団も臨戦態勢に入り、いざとなればすぐに脱出できる準備だけはしておくこと。またその護衛として「海棠」と海防艦や駆潜艇には残ってもらおう」


「海棠」は旧式駆逐艦であり、また海防艦や駆潜艇はいずれも対艦攻撃能力が低いし低速だ。だから出撃する他の艦艇と行動しても、足手まといになる。


 ただ置いてかれる方はやはり不満なのか、「海棠」艦長の春日大佐や海防艦の艦長たちは不承不承と言う表情をしている。


「敵と真正面から戦えずに不服かもしれないが、万が一と言うこともある。その時最後に輸送船や島を守れるのは君たちだ。どうかよろしくお願いする」


 司令官にそう言われては、文句の言いようがない。春日たちは「微力を尽くします」「島の守りは我々にお任せください」と、とりあえず引き受けてくれた。


 こうして、トラ4032船団所属艦船のうち、主に戦闘艦艇は久々の出撃準備に掛かった。出撃する艦艇上では、早速乗員たちが招集されて持ち場につき、擬装が取り払われていく。


 止められていたボイラーには火が入れられ、缶圧が上げられていく。重油にしろ石炭にしろ、ボイラー装備の艦艇は数時間掛けて缶の圧力を上げる必要がある。しばらく使用されず、カバーの掛けられていた武装や信号機器からそれらが外され、操作する将兵が手入れに入る。また空母の艦内では、整備兵が機体に取り付き、いつでも発進させられるように準備に入った。


「久々の出動だな」


「ええ。腕がなります」


 旗艦「駿鷹」の艦橋に久々に腰掛ける寺田や艦長の岩野も自然と高揚感を感じていた。久々の出動に加えて、今回は敵との一戦を交える可能性も高いからだ。


「若い(もん)は特に嬉しいでしょうな」


「まあ、土方仕事よりは嬉しいだろうな」


 今日まで陣地構築や飛行場の建設と、陸の上で土建屋の真似事をしていた水兵たちも、ようやくのこと本業に復帰できるとあって、その表情には戦いに赴くのを楽しんでいるようにさえ見える。


「しかし、相手がどんなものかもわからんからな」


 敵の名前はわかっている。しかしながら、相手がどれほどの規模でどんな兵器を持っているかは未知数だ。一応以前偵察機が戦艦や巡洋艦程の大きさの艦艇を目撃しており、また飛行艇や水上機の存在も確認されている。


 しかし、あたりまえのことだが、それが敵の全てとは考えられない。相手に空母や潜水艦がいれば、厄介なことこの上ない。


「まあ、なるようになるとしか考えるしかないでしょう。我々は負けるわけにはいかないんですから」


「そうだな」


 この島の防衛戦で負けると言うことは、このどことも知れない世界で死ぬ。少なくとも、せっかく見つけた自分たちの居場所を失うことを意味している。それだけはどうしても避けたかった。


 負けられない戦い。そう思い直すと、寺田や岩野の表情も厳しい物に変わる。


 指揮官がそのような顔になれば、当然下の人間たちの空気も変わる。


「見ろよ。指揮官と艦長があんな厳つい顔してるぞ」


 艦橋に出入りする兵や下士官は、上官たちの真剣な表情に、この戦いがどのようなものか覚悟する。


「今回の戦いは、そんだけ厳しい戦いってことじゃないか」


「俺たちも気合を入れなおさないとな」


「だからって、班長のバッターはごめんだぞ」


「それは言えてるな。だが、気を引き締めにゃならんのは確かだぞ」


「ああ」


 そうした緊張感は、艦隊内全体へと広がって行った。


「指揮官、全艦より出港準備完了との報告です」


 その報告を聞いて頷くと、寺田は命令を下す。


「よろしい。全艦出港」


「は、出港!錨揚げ!」


 出港ラッパが各艦内に鳴り響き、それとともに錨が巻き上げられる。


「駆逐艦「山彦」。出港します!」


「駆逐艦「高月」。出港します!」


 錨を揚げ、機関を始動した艦は、事前に定められた順番に従って外洋目指して進み始める。


「「瑞鷹」。通過しました」


 軽空母「瑞鷹」の次が、「駿鷹」の番だ。


「機関前進微速!「瑞鷹」に続行せよ!」


「ヨーソロー」


 岩野艦長の命令の下、操舵室から返答が来る。しばらくして、「駿鷹」も動き出した。


「指揮官。「東郷丸」より発光信号!」


 居残る「東郷丸」には、副司令官の長谷川が乗り込んでいる。同船からの信号は、おそらく彼からのものだろう。


「内容は?」


「は。艦隊の武運を祈るとのことです」


 決まり文句とも言うべき内容だが、居残る者からそうした言葉を贈られるのは、素直に嬉しいものだ。


「「東郷丸」に返信。信号に謝す。期待に沿う働きをする。以上だ」


「は!」


 すぐに「駿鷹」からも発光信号が返された。発光信号ゆえの短い遣り取り。しかしこの遣り取りこそが、戦いに臨む者、そして送り出す者が交わす礼儀であり、矜持であった。

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