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戦いに備えて 2

 敵飛行艇の出現により、瑞穂島は俄かに慌しくなった。特に停泊中の艦船では、それまで陸上の作業に駆り出されていた乗員たちが一時的に呼び戻されて、擬装作業が開始された。


 擬装には幾つかの方法があるが、もっともポピュラーなのが迷彩塗装だ。これは艦船や地上設備に、背景に溶け込むように色を塗って、敵の航空機や艦船から姿を隠蔽する方法だ。また意図的に波や影を描き込んで、速度や大きさを誤魔化すという手もある。


 こうした迷彩としては、ドイツ海軍のバルチック・スキームや米海軍の迷彩が有名なところであろうが、日本海軍でも一部の艦艇に試験的に施されている。


 ただし当たり前のことだが、この迷彩を全ての船に施そうとすれば凄まじい量のペンキが必要となる。各艦船には、補修用の塗料や防錆材などは搭載していた。しかし、迷彩を施すほどの大量のペンキまでは載せていなかった。出来てせいぜい目くらましの波を艦体に描き込むので精一杯だ。


 また、瑞穂島の島内で代替材を見つけると言うのも考えられるものであったが、どちらにしろ時間も手間隙も掛かるので、やはり使えない。


 次に考えられるのが、先にこの島に漂着した「耳成」や「海棠」が行っていた樹木を用いた擬装だ。これは船体上、あるいは一定の区画上に擬装用の木や木の葉などを載せて、上空からは森や草原などのように見せて誤魔化す方法だ。迷彩と同じく手間隙は掛かるが、島内ですぐにでも材料を調達できる手段だ。木材や木の葉など、飛行場や基地設備の造営で幾らでも発生しているからだ。


 これに合わせて、船の停泊位置も変える。場所にもよるが、上手く行けば陸上と船体が上手く溶け込むことが出来るからだ。このため、水深や潮流の調査も行う必要がある。


 こうして、トラ4032船団擬装大作戦が始まった。乗員たちはまず、船体に持ってきた木の枝や木の葉などで化粧を行っていく。船自体を覆い、小山のように見せるのだ。


 もちろん、ただ単に木の枝や葉っぱをのせただけでは、ばれ易いし強度も弱い。なので、網をかぶせてそれに貼り付けたり、まだ鉢に入れて本物を生やしておくと言うようなこともする。


 と、ここまでなら普通の擬装作業なのだが、プロフェッショナルが行うと、もっと手を込ませようとすると言う悪い癖が出てくる。


「せっかく厳重に擬装するんだし、いっそ擬装対空陣地みたいにしたらどうだ?」


 とある南方へ行った経験のある下士官からの提案だった。南方では椰子の枝に壊れた戦闘機から外した機銃や、銃架が壊れて使用不能になった機銃をくくりつけて、超低空で進入する敵機の迎撃に使っていたと言う。


 幸いと言おうか、補給物資の中には対空陣地や航空機搭載用の13mmや20mm、25mmと言った機銃が多数在庫が合ったので、これを分配して固定式の急造対空機銃とした。


 さらに、囮船を作り始める者までいた。これは外見だけ軍艦や商船にそれらしく見せかけた、いわば水に浮かぶ書割と考えてよい。中身はなく、巨大なドンガラが水に浮かんでいるようなものだ。もちろん、船としての利用など毛頭考えてないから、ただ単に木材を組んだだけ。当然掛かる時間が大してない。


 ちなみに、大日本帝国海軍にはなかったが、大英帝国海軍には本当に艦名がついた囮船があった。


 また敵から身を隠す偽装ではないが、敵に自分の姿を錯覚させる擬装もある。これは擬装煙突や擬装大砲などを搭載する方法や、艦のシルエットを大小の艦艇で極力似た物にするなどの方法だ。


 こんな感じで、1週間もした頃には各艦には入念な擬装が施されていた。それどころか、湾内には今までなかった船の姿まであった。


「おいおい、ここまでするか」


 出来上がった書割船を見て、寺田は苦笑するしかなかった。近くで見れば単なる板切れの集合体も、遠目や上空から見れば、軍艦に見えた。


「皆やり始めると、熱中してしまって。まあ造って悪いものではありませんから」


 大石も予想外の状況に困惑気味だが、悪いこととは思っていなかった。


「まったく、模型作りに熱中する子供同然だな」


「しかし、充分とは言えませんが様にはなりました。上空から飛行機を飛ばしてみましたが、高度3000m位なら充分騙せるそうです」


 擬装の効果を確かめるために、何回か上空から航空機による確認をさせているが、その結果は上々とのことだった。


「この調子で、艦船だけでなく、陸上設備にも擬装を施すかね」


「それも考えなければなりません。南方では敵機の空襲で手ひどくやられていますからね」


 今次大戦において、空襲対策は何よりも重大なことであった。一度制空権を喪えば、陸上基地だろうが艦艇だろうが、その先に待つのは死でしかない。また例え味方が制空権を取っていたとしても、艦艇に比べて遥かに高速でフレキシブルな活動の出来る航空機の脅威は大きい。万が一奇襲でも許せば、言うまでもなく開戦直後の米真珠湾軍港の悲劇を再生産するだけとなる。


 応召の寺田はまだそんな経験はなかったが、大石や長谷川たちから繰り返し聞かされれば、嫌でも気にするようになる。


「しかし、あれから10日以上経つが、敵が来る気配は全くないな」


 擬装の視察を終えた寺田は、司令部へ戻る道すがら大石と敵の出方について話す。


「油断は出来ませんが、もしかしたら見当違いの海域を捜索したのかもしれません。飛行艇からは電波が発信されたようですが、敵に届いたかは不明です・・・・・・何にしろ、備えあれば憂いなしです」


「そうだね・・・・・あの飛行艇の搭乗員はどうした?」


「川島中尉も困っていると聞いています。なにせ、ルリア嬢とも違う言葉を話すようですから」


「ルリア嬢が日本語をようやく話せるようになったかと思えば、また別の言葉では、川島中尉も苦労するだろうな」


 捕虜にした少女兵、名前はラミュ・イレアナと言う事まではわかったが、彼女が話している言葉はやはり地球上にある言葉ではなかった。それでもって、最近片言の日本語を覚えて、意思疎通が出来るようになったルリアの話す言葉とも違うらしい。


 このため、彼女の言葉の研究を命令された川島中尉は頭を抱えることになった。結局、彼にはラミュの話す言葉の研究が第一義とされ、ルリアの教育は従軍看護婦たちやこれまでと同じく中野中尉らに任された。


「まあ、代わりにルリア嬢から色々と情報が得られるようになって来たから、いいんじゃないですか」


「その情報の内容も、あまり喜ばしいものではなかったがね」


 日本語を覚えたルリアは、ポツポツと自分に関する情報を話し始めた。ウェルナードと言う小さな王国の港町に住んでいたこと。歳は18歳であること。敵国であるマシャナの侵攻を受け、家族と一緒に漁船で住んでいた街から脱出したこと。そして、その途中でマシャナの哨戒艦に見つかって銃撃を受けたらしい。


 漁船は敵艦を撒いたものの、乗っていたルリアたち避難民は再度の恐怖のあまり船倉の中に篭っていた。ランプを焚いて。この結果、彼女を除く全員が窒息してしまったのであった。


 この話をルリアが全て話すのに、3日間掛かった。それほどまでに、彼女にとっては辛い出来ごとだったのだ。


「彼女の故郷を襲ったマシャナと言う国は、一体どんな国なんだろうな?」


「そこまではまだ聞きだせていないそうです。しかし、今の所わかっていることでは、マシャナ人と言うのは、我々と同じ肌色だったと。おそらく黄色人種の国家だと思います。そしてルリアは白人、先日捕虜にした飛行兵は南洋諸島の先住民みたいな肌をしていました。マシャナはおそらく、この世界での支配国家なんでしょう」


「黄色人種が白人を支配していると言うことか。地球とは逆だな・・・・・・」


 大石のセリフを聞いて、寺田の脳裏に思い浮かんだ国は、世界中に植民地を持つ所謂列強諸国だった。そして祖国日本その中に入る。日本は大韓帝国を併合し、さらに委任統治という形で南洋群島を支配していた。もちろん、支配者である日本人と被支配者である現地人の間には、戸籍や制度面などを含めて厳然たる壁があった。


 とは言え、寺田の印象から言えば日本はまだ良い方だ。少なくとも、明治維新以前から公然と世界各地を植民地支配し、白人が有色人種を支配する構造を作り上げた欧米列強諸国よりは遥かにマシと思っていたし、そうした方が日本人にとっても現地人にとっても悪いことではないとも思っていた。


 だがこうして異世界に来て改めて思い直すと、どちらにしろ日本人も他の民族を支配する構造があることに変わりないのではと思ってしまう。大東亜戦争にあたって、日本は盛んに亜細亜地域の解放を叫んでいるが、実際の所それもどこまで本音か、考えなおすとわかったものではない。


「五十歩百歩か」


「どうかなさいましたか?」


 大石に問われるが、寺田は笑ってお茶を濁した。


「いや、なんでもない。それよりも、これで艦船に関しては備えは万全と言う所かな?」


「万全などと言うことはありえません。少しでも、万が一のことを考えていかなければなりません」


「そうだね」




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