瑞穂島 6
「それで、防空戦闘機隊は発進したのかね?」
「既に飛行場から、戦闘機四機を発進させたと報告が来ております」
「ふむ」
臨時司令部庁舎で、基地建設現場から戻ったトラ4032船団指揮官寺田少将は、電探からの不明機接近の報を受け取っていた。
「まさか、空襲ですか?」
副司令官の長谷川船長(大佐待遇)の言葉に、司令部内に緊張が走る。
空襲。これは現在の日本の海の男にとって、厄介この上ないことであった。大きさこそ船の数十分の一しかない飛行機であるが、その腹に抱えられた爆弾や魚雷に狙われれば、船の立場は弱い。ましてや、そもそもが戦闘を前提にしていない商船にとっては、1発の被弾や被雷が致命傷となり得る。
ガダルカナルやダンピールの悲劇では、多数の商船と船員が喪われている。商船船員にとって、潜水艦の襲撃とともに空襲は恐怖の的であった。
「それはわからんよ。今はとにかく、発進した戦闘機隊からの報告待ちだ」
「既に警報は全部隊に通達済みです」
大石の言葉に、寺田は無言で頷いた。
「バッファロー」を上昇させながら、賢人は目標を探す。目標と言っても、それは対空電探が探知した物体以外に情報がない。おまけに無線も降ろしているから、地上や先に発進した機体に無線連絡で問い合わせることは出来ない。
最後に頼りになるのは自分の目だけであった。一旦は閉めていた風防を空ける。途端に外気が操縦席に流れ込んでくる。既に高度計の針が指す高度は2000m。地上は熱帯であっても、この高度まで来ると外気温は12度近く下がる。
首もとのマフラーを顔に掛け、寒さを凌ぎながら風防から身を乗り出して、賢人は周囲に目を配る。
広い空の上では、大型の航空機でも芥子粒大にしか見えない。だから少しの見落としもないよう、注意深く見る。
だが何も見えない。
「もっと海側に出ないとダメか?」
出発前、不明機の位置は西としか聞いていない。高度も距離もわからないのであるから、あとは勘を頼りにするしかない。
「どこだ?どこにいる?」
風防から身を乗り出し、周囲を探ってみる。しかし、機影は見出せない。徐々に焦りの気持ちが賢人の頭の中に渦巻き始める。
(落ち着け。焦れば見つかる物も見つからなくなるぞ・・・・・・)
「うん?」
賢人は座席の下に置かれた袋に気づいた。
「お!整備の連中が入れてくれたのかな?」
出てきたのは、通常は弁当や飲み物を入れておく袋であった。中を開けてみると、さすがに弁当は入ってなかったが、水筒が一つ入っていた。
「水か・・・・・・・ま、ないよりマシだな」
これまでであれば、サイダーなどが入っていたが、嗜好品の再生産の目処が経たない現在、それらは贅沢品として配給量が厳しく制限されていた。
賢人はとりあえず口を開けて、中身を口に含む。すると、サイダーほどではないが甘みと少しばかりの酸味が舌を刺激した。
「お、レモン水か何かかな?美味いじゃん」
感じ的にはみかんかレモンのジュースでも飲んでいると言えばいいだろうか。程よい甘みと酸味が、飛行で体力を消耗する体には有難かった。
「ぷは」
もっと飲みたかったが、飛行が長引くかもしれないため、我慢して蓋を閉める。
「生き返るぜ」
喉を潤し糖分を体内に吸収したことで、多少疲れが癒される。
そうしている間にも、機は西へ西へと進んでいく。既に機体は海岸線を越えて海上へと出ていた。賢人は徐々に遠ざかる海岸線へと目をやり、さらにコンパスや時計を確認して、飛行場からの距離や方位を頭の中で計算する。
今はまだ島影が見えるからいいが、これが島影が消えて360度水平線となってしまうと、一気に迷子の可能性が高まる。その時頼りになるのは、コンパスをはじめとする計器類と、自分自身の頭脳だけとなる。
海軍のパイロットは、海上飛行に備えて天測や計器飛行の訓練を行っている。しかしながら、それでも単独でしかも単座機が海上を飛ぶのが危険なことに変わりはなかった。
賢人は海上飛行に挑む緊張に耐えながら、周囲への見張りを再開する。
およそ5分ほど飛行した頃だろうが。
「うん?」
何かが光ったように見えた。賢人はコンパスと時計にチラッと目をやると、フットバーを蹴り、操縦桿を倒して機首を光がした方向に向ける。もちろん、スロットルを入れてエンジン出力を上げて機を加速させる。
「いた!」
ようやく捉えた。3機の機影が見えた。
「よし!」
その機影に接近していく。照準機の電源をオンにする。照準機は「バッファロー」の場合、古い筒鏡式の物があったが、この機体のそれは帝国海軍標準の98式に換装されていた。
賢人は接近する間に機銃の試射も済ませる。発射ボタンを押すと、主翼の13mmも、機首の7,7mmも問題なく作動した。
徐々に近づく機影。その内2つは間違いなく先ほど飛び出していったP40と九六艦戦だ。しかし、もう1機はそれよりも遥かに大型の機体だった。
「飛行艇・・・・・・・九七大艇に似てるな」
日本海軍では大型飛行艇を略して大艇と呼ぶ。九七大艇は、帝国海軍で戦前から使用されている大型飛行艇で、日本軍機としては珍しい四発の発動機と、パラソル翼を持って長大な航続力を誇る機体だ。
今彼の目の前に現れた機体は、以前見た九七大艇より一回り程小さいが、パラソル翼を持つなど似ていた。発動機は四発ではなく、三発であったが。
「前に雑誌で見たドイツだったからオランダの飛行艇を思い出すな」
しかし、その胴体と主翼に付いているマークは遠めに見てもドイツ軍の鉄十字でも、オランダ軍(蘭印軍)の逆三角形でもなかった。この間撃墜した水上機と同じく、菱形の上半分を赤色、下半分を金色に塗りつぶし、中心部に何かの物体を描き込んだマークを付けている。
その飛行艇の周辺を、P40と九六艦戦がその針路を妨害するように飛び回っていた。飛行艇には銃座が付いているらしく、時折発砲の閃光と曳光弾の光跡が見えるが、二機とも無事なところを見ると全く当たっていないらしい。
乱戦のさなかにいきなり乱入すると、誤射される危険性もある。だから賢人はある程度まで近づいた所で、速度を落とした。そしてゆっくりと距離を縮めていく。
「中尉たち・・・・・・撃ってないな」
味方機の動きを観察した賢人は、二機がほとんど発砲していないことに気づいた。一度中野のP40が派手に発砲したが、弾は何もない虚空を切り裂いただけだ。
「落とす気はないってことか」
どうやら中野たちは、敵飛行艇の捕獲を考えているらしい。だとしたら、威嚇のような発砲も、敵の針路を妨害するような飛行も納得行く。
しかし、飛行艇は全力で逃げている。まだ降伏する気はないらしい。
「撃ち落すより生け捕りのほうが大変だよな」
と呟いたとき、賢人に気づいたのか中野のP40が近寄ってきた。賢人の横に並ぶと、キャノピーを開けて中野が手で何事か指示してくる。無線機がないため、手信号だけが意思疎通をする上での頼りだ。
中野は手でプロペラの回転を描き、さらにその後ろに銃弾を撃ち込む動作を示した。
(発動機に食らわせて強行着水させる気か)
相手がどうやっても着水しないのであれば、無理やりやらせるまでだ。そうなると、相手が墜落しない程度に飛行能力を奪うのが手だ。方法としては、舵の一部を損傷させるのと発動機を動作不良にすることだ。
もちろん、ピンポイントでの銃撃が必要なので容易なことではない。優れた射撃技術が必要となる。
さらに中野は自分を指差し敵機を撃つ仕草を、さらに賢人を指差して敵機の後ろに付くよう指示してきた。自分が撃つ間、賢人に援護しろと言うことらしい。
賢人は同じく手信号で了解と返す。
やることが決まれば、即座に実行。それが戦場での鉄則だ。中野のP40は加速し、飛行艇へと接近していく。飛行艇は相変わらず機銃で反撃しているが、中野機が損傷を受ける気配はない。つまり、当たる気配はなかった。
賢人はそんな中野の後方を距離を取りながら、飛行艇が急旋回などして離脱を図らないか警戒する。一方武の九六艦戦は相変わらず飛行艇の前方や周囲を飛び交って、その針路を妨害している。無線がないのでわからないが、中野の指示によるものらしい。
しばらくの間、中野はタイミングを計っていたのか、敵機と一定の距離を保ったまま何もしなかった。
一分ほどして、ようやく機体を加速させて飛行艇に接近する。
「やるか!」
中野を援護するべく、賢人もスロットルを入れて追従する。
「あ!」
中野機の主翼が光り、飛行艇目掛けて火線が伸びていく。ついに中野が発砲したのだ。
「どうだ!?」
速度の遅い飛行艇を一度追い越し、旋回して再度敵機の後方に回りこむ。その間、賢人は首を捻って敵機の姿を追う。すると、薄く黒煙を発動機から引いているのが見えた。
「さすがは中尉だ!」
どうやら最初の一撃は見事に発動機に命中したらしい。ただし、それで止まったかどうかまではわからない。必要なら再攻撃を行わなければならない。
だが敵機の速度と高度が見る見る落ちていく。どうやら再攻撃の必要はなさそうであった。
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