瑞穂島 4
30分ほど飛行を行うと、中野の乗ったP40戦闘機は主脚を出して着陸態勢に入った。着陸は離陸よりも難しい。滑走距離も長くなるので、滑走路上の異常が事故に繋がる確率も高くなる。
「来たぞ」
徐々に高度を落とした中野機は、いよいよ最後のアプローチに入った。機首を上げた姿勢のまま高度を落とす、三点式着陸。それが見事なまでに決まっている。
これが不慣れなパイロットだと、陸軍の戦闘機のように、頭から突っ込むような姿勢となってしまいがちだが、さすがはベテランである。キャノピーを開けて首もとのマフラーを棚引かせながら、颯爽と危なげなく着陸を決める。
「上手い」
「さすがは中尉だ」
賢人と武が賞賛の声を上げる中、中野のP40は自力で滑走し、四人のいる駐機場まで戻ってきた。機体が停止すると、着陸を待っていた整備兵らが機体に取り付いた。一人が主翼を伝って操縦席の横に登り、中野が降りる手伝いをする。
ベルトを外した中野が、整備兵と交代してコクピットから出てきた。
「お帰りなさい中尉。どうでしたか?」
早速賢人が声を掛けると。
「やっぱり空を飛ぶのはいいね。出来ることなら、あと2時間は飛びたかったよ」
満足げに言う中野の顔を見て、賢人も武も顔を綻ばす。パイロットにとって、空を飛ぶのは緊張すると同時に、楽しいことでもあるのだ。
「滑走路の方はどうです?」
「そうだな。急造だから、こんなもんだろ。多少凸凹しているが、まあ離着陸には支障ないだろうさ。お前らでもな」
「ひどいな。俺たちそこまで素人じゃないですよ」
「言ったな。よし、次は佐々本。お前が行け。その後平田。お前の番だ。機体は佐々本が九六で、平田は「バッファロー」使え」
「え、武のほうが先なんですか?」
後回しにされたことに、賢人が不満の声を上げる。すると、中野は笑いながら答える。
「「バッファロー」は二人乗りに改造してあるからな。同乗者がいるなら、出来るだけ後のほうがいいだろう」
「え?」
確かに「バッファロー」は二人乗りになっている。本来は単座戦闘機、つまりは一人乗りであり、座席の後ろには高空飛行に必要な酸素ボンベなどが置かれている。しかし、賢人らの目の前にある「バッファロー」は連絡飛行か訓練飛行用にしたためか、一部の装備が外されてそのスペースにもう一人分の座席が確保されていた。
だから同乗者を乗せることは可能であったが、その同乗者になりえる人物と言えば、彼女しかない。
「いいんですか?ルリアを乗せても」
ルリアは彼らが保護しているものの、民間人で女の子である。その彼女を鹵獲機とは言え、帝国海軍の戦闘機に乗せるなど前代未聞のことだ。
「もう、何を今さらだろ。大丈夫大丈夫。それに、上官として先輩として、お前と彼女が二人だけの時間も作ってやらないとな」
「な!?」
賢人はルリアの方を見る。
「?」
まだ日本語に疎い彼女は頭に?マークを浮かべている状態だ。そんな彼女の姿にホッとする反面、少しだけ残念に思う賢人であった。
「ま、そう言うわけだから。お前は最後だ」
「了解」
こうして、次の飛ぶのは悪友の武となった。
「悪いな。先に飛ぶぞ」
「おう、脚折ったりするなよ」
「そんな練習生みたいなことしないよ。よし、エナーシャ回せ」
武が乗り込んだ九六艦戦はスターターが手動なので、整備兵が二人掛かりで回す。そして徐々に回転数が上がってきた所で。
「前離れ!」
その声と共に整備兵が退避する。コレを誤ると、最悪整備兵の首がプロペラで吹き飛ぶこととなる。
「コンターック!」
操縦席の武がエンジンの始動ボタンを落とす。プスンプスンと不整音を立てたエンジンは一度目では上手く点火しない。点火栓の質が悪いので、こうしたことは日常茶飯事だ。
「コンターック!!」
二度目で、ようやく発動機が回り始めた。すると、中野が機体によじ登って武に声を掛ける。エンジンの爆音のため、近くで大声で叫ばないと声は届かない。
彼はしばしやりとりをすると、機体から降りる。
「どうしたんですか、大尉」
「いやな。充分に計器見て慣らし運転やれって。ポンコツ発動機が臍曲げると大変なことになるからな」
「でも最近の発動機だって、似たようなもんでしょう」
「ハハハ。確かにな」
古い発動機も問題であるが、戦時下に急造された発動機も問題が多かった。熟練工の不足から代替に投入された勤労学徒や徴用工の造る発動機は、機体等と同じく劣悪な性能となるのが必然であった。
本来致命的な欠陥を抱えた発動機などは、工場の品質検査で引っかかる筈なのだが、どうも生産数を満たすために多少の部分に目を瞑って送り出されている節がある。それどころか、工場側が送り込まれている軍の監督官や、所管庁に賄賂を渡していると言う、実しやかな噂まであった。
そんな欠陥品にぶち当たっても、現場の兵隊は拒否できない。そこを整備兵らとともにダマシダマシ使うしかないのである。
発動機の慣らし運転を長めに取ったのち、武はようやく機体を走らせ始めた。そして、駐機場から滑走路の端へと出ると、先ほどの中野と同じように機体を滑走させ始めた。
P40に比べて小型で軽量な九六艦戦はフワリと言う感じで地面から離れた。そして固定脚なので、脚は出たシルエットのまま、上昇を続けていく。
「やっぱり九六は綺麗ですよね」
「当たり前だ。九六は零戦と同じ三菱製だぞ」
「キレイ?」
「ビーティ、ビーティ」
ルリアが首を傾げていると、すぐに傍にいた川島が訳してやる。しかし。
「?」
彼女は首を傾げたままだ。
「ルリアのやつ、どうしたんです?」
「多分、飛行機が綺麗と聞いてもピンと来ないんだと思います。美的センスは民族や国によって違う場合もありますから」
「ああ、なるほど」
川島の説明に納得しながら、内心賢人は複雑だった。九六や零戦の美しさがわからないのは、心外と言おうか勿体無いと言おうか。そんな感じである。
「乙女心って言うのは、男にはわからないことだらけなんだよ」
「いや、なんとなくわかるんですけど、それとは違う気がしますよ」
と中野と賢人が言い合ってる間に、武の乗った九六は高度を上げて、ロールや宙返りを披露し始めた。
「あいつ、旋回性能のいい九六だからって、調子に乗り上がって」
とは言うものの、笑っていっている辺り、中野は彼の行動に怒っているわけではないらしい。
「久々の飛行ですから、調子に乗ってるんでしょう」
「お前もいい所見せようって、調子に乗るんじゃないぞ」
「乗りませんよ。危なくて出来やしませんから、心配しないでください」
笑いながら返事するが、実際飛行機に乗ったことがあるかもわからない、しかも女の子を乗せた状態で曲芸飛行など、怖くてできたものではない。
武の乗った九六艦戦も、30分ほど飛行すると降りてきた。
「お前ってやつや、調子に乗りやがって」
「すいません大尉。女の子の前ですから、つい張り切ってしまいまして」
武は悪びれもせずに答える。対して、中野の方も本気で怒っているわけではない。
「全く。よし、じゃあ次は平田。お前行け」
「了解」
「女の子乗せるんだから、スマートに行けよ」
「帝国海軍軍人らしく行くさ」
二人はそんな冗談を交わす。海軍軍人たる者スマートに行動すると言うのは、戦前からの決まり文句みたいなものであった。
賢人は一通り軽口を叩き終えると、「バッファロー」へと歩み寄る。
「本当にビア樽だよな~まあ、これはこれで愛嬌があるって言えば、あるけど・・・よろしく頼むぜ」
賢人は機体に描き込まれた日の丸の部分をポンポンと叩きながら、主翼伝いに機体へ上がる。
「よし、ルリア。来いよ」
賢人はルリアを手招きする。
「ケント?」
ルリアは川島や中野たちに案内されてやってきた。
「さ、どうぞお姫様」
ルリアは何が何だかわからない顔をしているが、場の雰囲気に流されるまま、差し出された賢人の手を取る。
「足をそこにかけて。そ、ゆっくり」
賢人にエスコートされながら、主翼の上によじ登り。
「さ、入って」
コクピットの中へ案内される。そして、苦労しながら後部座席に収まった。それを見届けると、賢人は前部の操縦座席に座る。直ぐに整備兵と中野中尉らが主翼をのぼり、二人のベルトを付ける手伝いをする。
賢人は飛行服だが、ルリアは防暑衣を仕立て直した服なので、ベルトを服に掛けられない。だから座席についているベルトだけする。
「いいか平田。急な運動をやるなよ。じゃないとルリアの体が吹っ飛ぶからな」
「だから、素人乗せてそんなことしませんって」
「よしよし。それじゃあ、遊覧飛行楽しんできな」
「はいはい。ありがとうございます」
こうしたやりとりをして、賢人はいよいよ機体の発進に掛かった。計器と舵の動作を確認すると、エンジンのスタートスイッチを入れる。
「コンターック!」
少しばかり不整音を発したが、すぐにエンジンは始動した。九六艦戦と同じ空冷ながら、アメリカ製のカーチス・ライト社製のエンジンが、力強い爆音を上げて回り始めた。
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