漂流者 1
「確かに、こちらの方が基地として上等だな」
「ですね。事前偵察の偵察機によれば、沿岸部だけでも飛行場や基地を造るのにも適している土地が確認されています。拠点を作るなら、こちらの方がよいですね」
トラ4032船団指揮官寺田と、参謀の大石は速度の停泊のため速度を落とした旗艦「駿鷹」の艦橋の張り出しから、目の前に広がる泊地を見回していた。
丙挺身隊に遅れること3日あまり、トラ4032船団の主力は駆逐艦「海棠」が流れ着いていた島へと南下してきた。それまでの仮住まいであった「紺碧島」は泊地としては適していたが、根拠地とするための陸地がなく、移動のための燃料は使うものの、今後のことを考えればこちらの方が利にかなっていると判断してのことだった。
そして、寺田たちもまた、この島が基幹基地となりえるポテンシャルを持つことに、満足せずにはいられなかった。
「これは早速設営隊の尻を叩かせて、基地を造らねばなりませんな」
「参謀、先走り過ぎだぞ。この島の詳細について、まずは聞かねばな」
「指揮官、投錨完了しました」
軽空母「駿鷹」艦長の岩野大佐が、艦が錨を入れて停泊したことを告げに来た。
「よし、艦長。早速だが件の駆逐艦「海棠」、巡洋艦「耳成」それから巡洋艦「蔵王」の各艦長に、本艦に集まるよう信号を送ってくれ。無理ならこちらから内火艇を寄越す」
「わかりました」
それから程なくして、まず「蔵王」の田島艦長が自艦の内火艇でやってきた。残る2隻からは、自力での移動困難と言う返答があったので、「駿鷹」から内火艇を送った。そして待つこと30分あまり、「海棠」の春日艦長と、もう1人少尉の階級を付けた若い男がやってきた。
ラッタルを登ってきた彼らを、寺田自らが出迎えた。
「駆逐艦「海棠」艦長の春日です」
「巡洋艦「耳成」艦長代理の瀬野八郎少尉であります」
「トラ4032船団指揮官の寺田光之助少将だ。御苦労であった。まずは会議室へ行こう」
寺田は彼らを会議室へ通すと、主計兵に命じて冷えたカルピスを持ってこさせた。
「まあ、まずは飲んでくれ」
「「いただきます」」
やってきた二人は、カルピスを実に美味そうに飲んだ。
「いやあ、カルピスなんて久方ぶりです。実に美味い」
「これが文明の味なんですね」
二人の言葉が真剣なものであることは、顔を見ればよく分かる。
「一息ついたばかりで悪いが、貴官らがどうしてここにいるのか、聞かせてもらいたい。まず、春日中佐から」
「はい、既にお聞きかと思いますが、本艦は昭和9年に日本海で演習中に荒天の中で、転覆しました。しかし、海に沈むはずが、気づいたら何故かこの世界にいたわけです。少将の船団は昭和18年、つまり9年後から来たとお聞きしましたが、我々の感覚では4年前のことです……無線が通じなくなり、また帰港した舞鶴も発見できず、我々はやむなく周囲海域を捜索しつつ南下、そしてこの島を見つけたわけです」
「この島に来てからはどうしたのかね?」
「先客の「耳成」乗員たちと共に、自給自足を図りつつ、なんとか日本へ帰れないかと努力してきましたが、そもそも燃料がありませんので、ここに留まったままでした」
「なるほど。食料の自給は出来てるのかね?」
「はい。実はこの島には原住民がおりまして」
「人がいるのかね!?」
「ええ。ですが、南洋諸島の原住民とそう生活は変わらないですよ。彼らと艦にあったものを一部物々交換して、麦に似た穀物と山芋に似た芋を育てています。それから、カッターを使って漁をやったり、あとは付近の森や山で木の実やきのこの採取もして、なんとかやってきました」
春日の言葉に、寺田は少々複雑な気持ちになる。人間がいても、文明を持たない土人となれば、船団の各艦船を維持させることに協力させるのは期待できない。食料が確保できるのは喜ばしいことではあったが。
「わかった。では、次の瀬野少尉。君たちはどうしてここに?」
寺田は続いて「耳成」の瀬野に言葉を振った。
「我々も春日中佐たちと似たり寄ったりです。我々はシンガポール出港後、強烈な嵐の中に突入しました。そして、艦が横波を受けてひっくり返ったと思ったら、まるで脳天を叩かれたような衝撃を受けて機を失い、気がついたらこの世界にいました」
「我々の時は海底火山の噴火だったが、二人の場合は嵐か……天災が鍵なのか?」
「それはなんとも」
「神隠し相手では自分たちもさすがに」
共通点は見出せるものの、どうしてこの世界に飛ばされたかなど、神ならぬ二人にわかるはずもなかった。寺田自身そうなのだ。
寺田は苦笑いすると、話を続ける。
「ここにきた経緯はわかった。しかし、本当に君たちの生存者は5人だけなのかね?「耳成」は旧式とは言え巡洋艦だから、回航するには最低でも70~80人位はいるだろ?幾ら減るにしても、減り過ぎじゃないか?」
「はい。確かに、ル・アーブルの造船所を出た地点で、本艦には回航要員のアルノー大佐以下、70名の乗員。自分を含む小野中佐以下の回航員5名、そして日本へ帰還する軍人や大使館員、その家族10名あまりが乗っていました。しかし、その多くはこの島にたどり着く前後に亡くなってしまい」
「原因は何だ?何者かに襲われたのか?」
「いえ。原因は飢えと病です。本艦は嵐の際に航海器具のほとんどを失い、マストも損傷し、機関も浸水によって被害を受けました。そして長い漂流の末に、食料も真水も医療品も不足し、次々と飢えや些細な症状で死んでいきました。結果、この島に漂着した時点で生存者は自分を含めわずか9名で、4名はこの5年の間に死にました」
「そうか……瀬野少尉たちは非常に苦労したんだな」
日清戦争前の艦艇には、蒸気機関と帆を併用して航行する船もあった。もちろん、現代の船に比べれば航洋性は良くない。ましてや嵐で損傷したとなれば、漂流状態に至ったのも致し方ない。加えて食べ物の貯蔵技術や、医療技術が劣っている当時では、飢えや病で倒れる可能性も遥かに高い。
「耳成」がどれほどの期間漂流したかは詳しく聞かないとわからないが、それでも90人中生存者5名となれば、相当な長期間だったことは容易に想像がつく。
「とは言え、生存者がいただけでも大したものだ。下手をすれば、「光栄丸」の二の舞だったぞ」
「確かに」
寺田の言葉に春日は頷いたが。
「何ですか、それは?」
瀬野は首をひねる。
「ああ、そうだな。昭和の始めの事件だから、瀬野少尉が知らなくて当然だな。「光栄丸」と言うのはだな」
寺田の語った「光栄丸」事件は、昭和の初めにアメリカ・シアトル沖で1隻の漂流する木造漁船が発見され、さらに船内から複数の白骨化死体が出てきた。この船が、日本の漁船「光栄丸」であった。
幽霊船だの、船内で人肉食が発生しただの当初は大きく騒がれたが、その後の調査で船内から船長の日誌が発見されたことで、事件の一部始終が判明した。日誌には同船が出港後機関故障で漂流したこと、潮に乗ってアメリカを目指したものの、食料も尽き乗員たちが次々と餓死に至ったこと。そして、最後まで生き残った船長が克明に死の直前までその責務を全うし、家族に向けて遺書を残したことが明らかになった。
この事件は日本人漁船員のモラルの高さを示したとも言えるが、同船の乗員13名全員が死亡するという痛ましいものであった。
当時の漁船には無線機がなく、救援を呼ぶことが出来なかったのだ。
「耳成」も下手をすれば、「光栄丸」の二の舞であった。
「確かにその漁船に比べれば、我々は生き残れただけ、まだマシかもしれません」
「話がそれたね」
「はい。話を元に戻しましょう。我々生存者は、島に漂着後上陸し、原住民の畑から芋などを盗んで飢えを凌ぎました。ですから、「海棠」が来るまでは、生きた心地がしませんでしたよ」
「厳重に擬装したのは、原住民に見つからないようにするためか」
「そうです。たった5人……いえ、実質4人での作業でしたので、苦労しました」
「なんで4人?1人は病気でもしてるのかね」
「もう1人は、大使館員の御令嬢なんです」
「何!?女がいるのかね?」
「はい。女と言ってもまだ11歳の子供ですが」
「ふ~ん。まあどちらにしろ、そうなると都合がいいな」
「何が都合がいいのでありますか?」
寺田の言葉に、瀬野が怪訝な表情をする。
「いやね。うちの船団にも女がいてね」
「従軍看護婦か何かですか?」
「そうだ。ちょうど輸送船に乗っていてね。10人ほどいるんだ。何時までも船に乗せておくのは、色々と差しさわりがあるから、この島に拠点を作れるのなら、女同士一緒に集めておいた方が都合がいいだろう」
女性らからしたら、無茶苦茶な発言に聞こえたかもしれないが、閉鎖された男所帯の中に少数だけの女性を置いておくのは、危険で遭うことに間違いない。彼女らの安全を確保するために、隔離に近いことをするのも、やむを得ないと言えば止む得ない。
「で、この島に拠点を作れるのかな?」
寺田は二人に問うた。
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