平穏の間で ③
日本国にとって、干支諸島の運営、仮称「勇鷹」艦隊の編入、そして発見した大量の艦艇の扱いなど、マシャナとの戦闘が一段落しても、やらなければいけない仕事が次から次へと湧いてくるという状況にあった。もちろんこれらはそうした問題の極一部のことで、民政局所管の民間人関係の問題も含めれば、途方もない数の解決するべきことが山積していた。
とは言え、では嘆けば問題が解決するはずもなく、とにかく片付けられる問題から順番に片づけていく他になかった。幸いなことに、この時期マシャナ軍は一切の攻勢を停止(少なくとも日本国が情報を得られる範囲では動いていなかった)しており、また瑞穂島の油田や港湾設備の稼働開始など、明るい材料も多かった。
仮初とは言え、平和な時間が訪れた。しかもその平和は、確実に次なる戦いまでの間と決まっている。ならばやることは、守りを盤石にすることである。特に奪還したばかりの干支諸島含むエルトラントは、万が一マシャナが再侵攻したとしても、何としても守り抜く必要があった。
そのため、干支諸島の主島である辰島では港湾と既存の飛行場復旧が一段落すると、艦艇の増強と飛行場の新設工事が始まった。
艦艇は新たに「勇鷹」艦隊所属であった「四万十」が進出し、さらに引き続いてフリゲートの「スポケーン」が配備された。
フリゲートの「スポケーン」は南方の環礁地帯で発見された原爆実験標的艦隊の1艦で、海上自衛隊も「くす」型として運用した「タコマ」級フリゲートである。
本来であれば、日本国海軍に編入した艦艇は日本海軍の基準に則り改名するのが筋であるし、そうした声もあった。しかしながら、回航段階で元の艦名を通信などで使用していること、さらにこんな意見が隊内から出た。
「こいつらは原爆なんていう、新兵器の標的として沈められる筈だったんでしょ?それなのに、俺たちと同じくこの世界に来た。つまり、同じ元の世界からやってきた友人みたいなもんじゃないですか。同郷のよしみとして、下手に名前変えるより、こいつらの元からある名前をそのまま使ってやりましょうよ」
こうした感傷的な意見に加えて、全ての艦を改名する手間も惜しい状況なので、結局入手した艦艇は基本的に元の艦名を日本語読みとすることにした。ただし、長く読みにくい艦名に関しては省略したり、また番号のみ付与されていた艦に対しては、日本国海軍の編入順に新たに番号を振ることとした。
この結果「スポケーン」も元の艦名のまま日本国海軍に編入となった。
ちなみに乗員は各艦艇からの抽出者を中心に配乗された。当初元の敵国製であることや、商船型式の艦体である護衛艦艇として乗艦することに否定的なイメージを抱いた乗員が多かった。
しかしながら、実際に帝国海軍艦艇から転配となった人間、特に水兵たちは実際に乗り込むと、すぐに「スポケーン」配備となったことを喜んだ。
水兵の場合大概はハンモック、そうでないと最悪床に寝ているという劣悪な居住環境が「スポケーン」ではアメリカ製艦艇のため大幅に改善された。特に食堂にアイスクリームの製造機が取り付けられていたのは、大いに喜ばれた。
ちなみに、この回収された艦艇のほぼすべてが燃料、弾薬、糧食などを満載した状態であった。おそらく完全武装時の被爆状況を調査するためだったと、日本国では見ていた。
もちろん、それらが満載であることは日本国にとって好都合でしかない。糧食については、さすがに生鮮品は全滅に近かったが、保存の利く食品に関してはかなりの量が無傷で回収されていた。とりわけ各種缶詰やレーションの類は、大いに有用な品であった。
そんなこんなの内に、干支諸島の開発を開始して数カ月ほどがあっという間に経過した。
2機の零式艦上戦闘機が、今まさに着陸のためにフラップと脚を降ろし、地面に接地しようとしていた。機尾を降ろし機首を上げた姿勢での、綺麗な三点式着陸である。
車輪が地面を捉え音を鳴らした直後、すさまじい土煙が舞う。降りた滑走路が舗装されていない証である。
その後減速した零戦は、待機していた整備兵の誘導で滑走路脇に寄り、車輪止めが嵌められて完全に停止し、発動機も止められた。
「どうでしたか上等兵曹?初着陸は?」
「悪くはないけど、もう少し転圧をしておくべきかな」
飛行眼鏡を外しながら、賢人は駆け寄ってきた整備兵に告げる。
「おい賢人!」
「おう!」
後から続いた武も無事に着陸し、賢人の零戦の方に寄ってきた。
「いやあ。急造飛行場だから覚悟していたけど、こりゃ瑞穂島に来た頃を思い出すな」
「確かにな」
瑞穂島に飛行場が完成したのはもう1年半以上前のことである。その時も今回と同様、突貫で完成した舗装もしていない滑走路での離着陸であった。
その時の光景が、二人の脳裏に浮かぶ。
「見ての通り、ここは出来立てホヤホヤなもんでして。お二人が泊まるのもテントですよ」
「「うへ~」」
「まあまあ。記念すべき辰島第二飛行場の初着陸役に選ばれたんだから良かったじゃないですか?」
「の割には扱いヒドクないか?出迎えもないじゃないか?」
この日二人は、辰島に建設された第二飛行場への初着陸を任され、はるばる瑞穂島から長距離飛行してきたのであった。
第二飛行場は、元々あった第一飛行場よりも離れた場所に設置された。もちろんその目的は辰島、ひいては干支諸島の防衛強化のためである。そのため建設は急がれ、短期間でとりあえず戦闘機用としての最低限の設備が整えられた。
その記念すべき初着陸なのだから、もっと盛大に祝ってくれてもいいのではと思ったのだが、現実には二人を出迎えたのは整備兵たちだけだ。
そもそも飛行場自体が、単発機が離着陸できる長さの未舗装の滑走路と、木造の掘立小屋のような簡易な建物が数棟ずつ。格納庫はなく、土嚢が三方に積まれ、木組の屋根が付けられただけの簡易な掩体壕しかなかった。他に機銃を据え付けた対空陣地と、兵舎代わりのテント群しか見当たらない。
上官の出迎えもない。二人を出迎えたのは、この基地に配備された整備兵たちだけだ。
「二見大佐もお忙しいんですよ。何せこの島の防備を固めることは最重要ですから。あいさつ回りもありますし」
二見が来なかった理由を説明する整備兵。
二見は本来搭乗員なのであるが、現在では飛行場を含む艦艇以外のこの島に展開する部隊の総司令となっている。階級も大佐となり、干支諸島の整備に余念がなかった。加えて、この島がエルトラントに一番近い日本領であるため、時折エルトラントに出向いて様々な調整を行う外交官の役回りもしていた。
これは新たに編成された干支諸島防衛戦隊司令の春日も同じである。
毎日忙しく働いてる彼らが、初着陸と言う慶事とは言え、たかだか2機の着陸のためにやってこられる余裕など、あるはずもなかった。
とはいえ、遠路はるばる飛んできた部下に、全くの配慮がないわけもでなかった。
「実はですね、歓迎くらいはしてやるからと。今日は司令部で行われる宴席に二人を招いてくれるそうです。実はさっき言ったテント生活も、今日だけは司令部の宿舎に泊めていただけるそうですよ」
整備兵がしたり顔で説明する。二見から労われず、今日からしばらくテント生活と思い込んでいた二人には吉報であった。
「そいつはありがたいな」
「さすがは同じパイロット、持つべきものはわかる上官だよな」
「そう言うわけですので、着替えが終わったら移動となります。既に迎えの車は来ておりますので」
現金な物で、酒と料理が出されると分かった二人は、着替えを終えると嬉々として錨のマークがついた車に乗り込むのであった。
「一面田畑だな」
「ああ。大分入植が進んでるな」
車窓からは、最近植え付けが本格化した田畑の風景が広がっている。時折鳥よけのカカシや、作業している農家の人たちの姿を見かける。
それは干支諸島の入手の目的、瑞穂島に大量に受け入れた民間人の移住先としての機能が、かなり軌道に乗っている証であった。
「人が増えたおかげで、大分島にも活気が出てきましたよ・・・見てください」
運転手の水兵が言った先では、粗末なバラックや地面に商品を並べただけの露店などが並んで、青空市を形成していた。日本人がやっている店もあれば、恐らくエルトラント人だろう、外国人がやっている店もあった。
「エルトラント人も大分入って来てるんだな」
「ええ。基地建設の出稼ぎとか、ああやって船に乗って何がしか売りに来る行商人とか、それなりに出入りしてますよ」
「へえ~。エルトラント本国も大変だって言うのに、商魂たくましいな」
エルトラントがマシャナから解放されてまだ半年程しか経っていない。本土の復興も道半ばなのに、ここまで来て既に商売をしているエルトラント人を見て、賢人も武もそのたくましさに感心してしまう。
「ええ。ですがたくまし過ぎて、やたら物売りつけようとする輩とかもいますから、兵曹らも用心してくださいよ」
「心しておくよ」
とは言うものの、青空市には活気があり、剣呑な様子もない。至って平和そうであった。
そんな平和な光景に、微笑ましさを感じる賢人であった。
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