平穏の間で ➀
エルトラント王国北東部、本土から300km程離れた海域に、東西に延びる諸島があった。この内最大の島は周囲180km程で、畑作にも適している広大な平野を有していた。また周囲の海域は絶好の漁場であり、小さな島にまで漁船が屯する漁港と漁村が存在し、大いに活況を呈していた。
しかしながら、マシャナ帝国がエルトラント王国に侵攻すると、この地に住んでいた元の島民たちは本国へと疎開し、海軍の水雷艇部隊や陸軍の守備隊が駐屯した。だがこれらの戦力は弱小であり、短時間の戦闘で全滅、降伏となってしまい、この諸島はマシャナの手に落ちた。
その後マシャナ軍は主島の平野部に飛行場を、さらに漁村後に小規模な泊地と水上機基地を整備して、同国への占領態勢を盤石にしつつ、さらに西への侵攻の拠点化を進めた。
だがその後メカルクやフリーランドに加えて新興の日本国、さらには占領後もレジスタンス運動を続けていたエルトラント軍の反撃に遭い、マシャナ軍は総撤退した。
そうなると、本来はこの諸島には元の住民が戻るのが筋である。しかしながら、この諸島の所有者はエルトラントとはならなかった。マシャナ軍を追いだしたとはいえ、多くの死者を出したことに加えて、本土各地も荒廃しており、エルトラント政府としては、まずは本土の復興が必要であった。一方で元々あった陸海軍は壊滅的打撃を被っており、マシャナの再侵攻があれば一溜りもない状況にもあった。
そこで、エルトラントは強力な戦力を持ちつつも、この世界では不安定な領土と立場しか持たない日本国に、この諸島を譲渡しつつ、国防の一翼を任せることにした。
ところどころ雲が浮かぶ青空を、1機の飛行機が飛んでいく。単葉で長めの風防を持つ黄色の機体の胴体と主翼には、赤い真円。日の丸が描かれていた。最近になって日本国の練習機となったT6型機である。
そのT6型機が、徐々に高度を下げていく。そして間もなく平野部の南端に位置する広大な滑走路へのアプローチに入ったのだが、どうも機体が安定せずブレている。
それでも高度と速度を落とし、滑走路へと接地したのだが、安定が悪かったのか数度バウンドした。ひっくり返るか脚を折らないか心配になる光景である。
幸いその機体は事故を起こすことなく、そのまま駐機場までタキシングして停止した。その途端。
「バカヤロー!あんな着陸の仕方があるか!機体を壊すつもりか!」
「モウシワケアリマセン!キョウカン!」
後席から顔を真っ赤にした日本人男性が立ち上がり、前席からは明らかに日本人ではない、まだあどけなさが残る少年が立ち上がり、どこかタドタドしさが残る日本語で謝りつつ、教官にペコペコ頭を下げた。
そして教官はそのまま降りると、少年に説教を始めるが、日本海軍にありがちな鉄挙制裁はなく、コンコンと少年パイロットの問題点と、改善点を説いていた。
「全く冷や冷やするな」
その様子を指揮所から双眼鏡越しに見ていた日本国海軍の二見中佐は、安堵の息を吐く。
「彼らも彼らなりに頑張ってますよ。毎日夜遅くまで、兵舎の中で勉強しているみたいですし」
カップの乗った盆を持ってやってきた下士官が、諫めるように言うと、二見もわかったわかったとばかりに、手を小さく降る。
「まあな。訓練生たちが努力家なのは認めるよ・・・うん、やっぱりエルトラントのコーヒーは美味いな」
カップのコーヒーの香りと味が、二見の表情を明るくする。
彼が今いる指揮所の入り口には、木の板で日本国海軍辰島飛行場指揮所という看板が掲げられていた。
二見らがいるこの島は、マシャナよりエルトラント本土を奪回した際、参戦した日本国へと見返りに譲渡された諸島の一つである。島の数は大小12あり、日本国はこの諸島に干支諸島と名付け、全ての島に干支にちなんだ名前が与えられた。
その中で最大の辰島は、エルトラント時代も主島だった島で、マシャナ軍占領後はエルトラント人は全て他所に移され、マシャナ軍の守備隊や航空隊が駐屯していた。
しかしエルトラント奪回作戦時に守備隊も航空隊も全てエルトラント本土へと移動し、事実上放棄されていた。
このため、奪回時には彼らが作った基地や港湾、飛行場の設備に加えて、かつて住民が暮らしていた集落やインフラも破壊されていた。ただし、破壊するための資材や労力が不十分だったのか、その程度は軽く短時間で復旧できるものだった。
日本側はエルトラントからの譲渡後、まず飛行場と港湾設備の復旧を急いだ。もっとも飛行場と言っても、平野部を転圧しただけで舗装もしていない滑走路しかないようなものであった。港湾設備も簡易な揚陸設備があるだけで、本格的な埠頭やクレーンがあるわけではなかった。
そのため復旧工事と言っても、実態は滑走路の穴を埋め戻して転圧したのと、揚陸地点とする砂浜近くの浅瀬に目印のブイを浮かべたくらいである。
滑走路の舗装や本格的な格納庫の建設、埠頭や船の補給設備の新設などはこれからの話で、日本国側からすると、整備前の瑞穂島と同様の状態であった。
しかしながら、干支諸島には瑞穂島にはない魅力的なものがあった。肥沃な大地と好漁場、そして無人であるということだった。
現在瑞穂島では、急速に膨れ上がった人口が大問題となっていた。食料、住居、教育の場、雇用の場、そうした人間の生存と直結するもの全てが不足気味だった。加えて急速な人口膨張は、必然的に島に先に住んでいた島民たちとのトラブルの可能性を高めることとなる。
干支諸島の確保は、そうした問題を大きく改善することができる。ここに住民を移住させ、肥沃な大地を耕し、豊かな漁場で漁をすることで食料不足を解決するとともに、雇用の場を確保する。また新たに住居を整備することで、不足気味の住宅環境も改善する。
干支諸島への入植と開拓は、この世界における日本人の命運を決めかねない重大なプロジェクトであった。このため、日本国ではまず飛行場と港湾設備を復旧させ、新たに守備隊を置いた。
住民を受け入れるための作業よりも、軍の進駐が優先されたのは、マシャナの再侵攻を警戒していることや、自力で干支諸島を守るための戦力を一刻も早く置きたかったこと、加えて同盟国となったエルトラントとの協定を果たすためであった。
干支諸島の日本国への割譲と引き換えに、日本国はエルトラントに対して軍事力の提供を行う。これは軍が壊滅し再建途上のエルトラントの防衛を肩代わりすることや、日本国が持っている知識や技術の譲渡が含まれていた。
このため、辰島の飛行場ではエルトラント人の練習生も含めたパイロットの研修が始まり、また派遣されてきた駆逐艦「山彦」などの艦艇を使用して、海上艦艇の運用に関する教育も始まった。
もちろん、即応の戦闘部隊も待機しており、零戦6機と「隼」4機、97艦攻が4機進出していた。ちなみに練習機は3機のT6型機と1機ずつの4式初等練習機と機上作業練習機の「白菊」が送り込まれていた。
加えて、今後も整備が完了次第さらなる機体の送り込みが予定されていた。
「とにかく、あいつらには一刻も早く一人前になってもらわんと。パイロットにしろ水兵にしろ、一から育てていたら、1人前になるには3年は掛かるからな」
未だ日本国は、実質的にマシャナと戦争状態にある。そのため、一刻も早い即戦力を育て上げる必要があった。しかしながら、人を育てるのには時間が掛かるものだ。特に特殊技能者たるパイロットや、艦船勤務者なら尚更である。
例えばの話、大日本帝国の義務教育は、大東亜戦争中は6年間である。しかしながら、帝国海軍のパイロット供給源である飛行予科練習生の場合、乙種なら高等小学校卒業者対象。甲種だと最低でも中学校に進学している必要があった。つまり、義務教育にプラス数年の高い教養が最低限求められた。
加えて、歌でも有名となる予科練の場合、実は予科練として教育を受ける間に飛行機に乗る機会はそうそうない。ここで重視されるのは海軍軍人としての素養、パイロットとして必要となる各種普通学で、実際に飛ぶのは卒業して練習航空隊に行き、飛行練習生となった後なのである。
予科練における教育期間は乙種なら2年以上、甲種にしても1年以上だ。つまり、最低でもそれだけの地上教育を受けたうえで、ようやく飛行機の訓練に移るわけだ。
現在日本国には樺太や沖縄からの避難者で、将来的に軍人への供給源となりえる年齢層の人間もいる。しかしながらそれはつまり、日本国の将来を作る世代の人間でもあり、当然軍だけに人材を割り当てるわけにはいかない。
もちろん、他の兵種からの転科を促すという手段もあり、実際に下士官や士官の中には別兵科に転科している者も出ているが、どこもかしこも人手不足なので、その規模は小さく焼け石に水どころではなかった。
そんな中、日本国として期待を抱いているのが、今二見たちの前で訓練をしていた、エルトラント王国から派遣された訓練生や、メカルク、フリーランド等からの留学生、さらにはマシャナ側から帰順した元捕虜たちであった。
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