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37.エピローグ


(サクヤ視点)


 ミルル村に雪が降ってきた。

 雪と言っても粉雪にも満たないような、ささやかな冬の景色。だけど、冬の足跡を実感できる景色。


 雪は好きだけど、寒いのは少しだけ苦手だったりする。朝もベッドから出るのがつらいし、人目さえ無ければ毛布に包まっていたいな、なんて思うのは日常茶飯事。


 それでも、ミルルの村のみんなは元気。

 ──いえ、元気になったと言うべきかな。


 殆どの人が広場に集まって、行商の人たちから色んな品物を購入している。


 季節外れの行商人さんが来たのは、今日のお昼頃。

 普段はナンテールから来ることが多いんだけど、今回はなんと、お隣の領のマルシェ=ブレからやってきたんだ。

 しかも、品物は全部半額以下。物によっては9割引なんて商品もあるから、お母さんたちが我先にと品物を取り合う程の勢い。イズミおばあちゃんも腕まくりしながら突撃していったから、きっとあの輪の中のどこかにいるはず。


 どうしてこんなことになってるのかって?


 それは、全部アキト兄さんのお陰。


 いつそんな時間があったのか分からないけど、アキト兄さんはこの村で試した黒呪病対策の内容とその効果を綺麗にまとめてくれてたの。その内容をマルシェ=ブレを治めていらっしゃるイナバー子爵様に提出したの。その対価として、ミルル村の支援を申し出てくれたんだ。

 ルカさんと一緒にマルシェ=ブレに行って、子爵様に直接お話したみたい。そこで支援の約束を取り付けて来たんだから、本当にアキト兄さんには感謝してもしきれない。


 どうして、ミルル村の領主であるリンバート子爵じゃなくて、マルシェ=ブレのイナバー子爵なのかって?

 それも、アキト兄さんの意見なんだ。「速攻で見捨てた領主に黒呪病対策の情報を渡すわけ無いじゃん」って。私は、無条件に、支援のお願いは自分の領の領主様にって思ってたけど、言われてみればその通りすぎて、おかしくて笑っちゃった。


 それだけじゃないの。「ミルル村の住人がイナバー子爵に話を持っていくと、後でリンバート子爵が怒り散らかすかも知れないじゃん? 勝手なイメージだけど腹黒そうでプライドは一人前以上っぽいし。だから、ミルル村に関係ない旅人の俺が話を持っていく。ほら、街道封鎖されてるからナンテールに行けないから仕方ないじゃん? あー、ホント残念だよ、リンバート子爵様の所に行けなくて」なんて言って、凄く悪い笑顔を浮かべてた。

 ミルル村の今後のことを、本当にちゃんと考えてくれているのが凄いなって思ったんだ。私はそこまで考えが及んでなかったから、凄いなって。


 支援のお願いに行く前に、村長の息子であるヒロキさんに村の備蓄状況をしっかりと確認してもらって、そこから不足しているもの、これから不足するであろうものをリスト化して、子爵様に持って行ってくれたから、行商人さんが持ってきてくれた商品は本当にどれも必要なものばかりだった。

 黒呪病はどこの街でも流行っているみたいだから、ミルル村に不足しているものは他の街でも不足傾向にあるらしいけど、それでも必要なものは全部支援してくれるように交渉したらしいんだ。

 凄いよね、子爵様相手にそんな交渉ができるなんて。

 アキト兄さんは「黒呪病の対策マニュアルだから、快くミルル村へ手厚い支援を約束してくれないと渡すつもりは一切無いなぁ。子爵がつっぱねたり渋ったりするなら、変狂伯? 本人に突撃して、支援をぶんどってくる」って言ってたけどね。子爵様がちゃんと支援を約束して下さったから良かった。


 その第一弾が、この行商なんだ。

 子爵様の一声で、ミルル村では見たことが無いような商隊が組まれて、早速来てくれたんだ。しかも、品物の費用は殆ど子爵様持ちらしくて、びっくりするくらい安いの。だからみんな、我先にって広場に行ってる。


 マサキは色んな武器を見てるし、リヒトは一冊なら魔法書が買えそうだって物凄く喜んでた。シズクは相変わらずアクセサリーを吟味してるし、テンマは串焼き全制覇するんだって言ってたなぁ。

 イズミおばあちゃんも、今年の冬と言わず、春くらいまで凌げるくらいの食べ物を買いだめするんだって、嬉しそうに言ってたよ。

 そんな家族を見守るラスクさんの笑顔も印象的だったなぁ。



「ん? サクヤ?」


 私を呼ぶ声に振り返ると、そこにはアキト兄さんが居た。

 てっきりアキト兄さんも行商人の所に行ってると思ってたんだけど、家の方から歩いてきたみたい。


「アキト兄さん」


 アキト兄さんは黒呪病から快復した。体のどこにもあの斑点が無いことはちゃんと確認してる。

 アキト兄さんだけじゃない。イズミおばあちゃんも快復したんだ。病気になる前より元気になったくらい。


「どうしたんだ、こんなところで。行商には行かないの?」


 隣に立ったアキト兄さんを見上げる。背の高いアキト兄さんを、こうして隣から見上げるのが、実は好きだったりする。


「行ったけど、際限なく欲しいものを買っちゃいそうだから切り上げてきたの」

「何だそれ。今限定の大バーゲンセールなんだから、片っ端から買占めちゃえば良いのに。ここの商品、右から左まで全部頂戴! って」

「それはちょっと……出来るかも知れないけど、勿体ないかなぁって」


 アキト兄さん、イナバー子爵から凄い額のお金も貰ったらしくって、それを私や村のみんなに分配してくれたんだ。だから、今こうしてみんなが行商人さんから色々品物を買えてるんだけどね。

 そのお金を使えば、アキト兄さんが言うような買い方も出来るとは思うけど……。やっぱり勿体ない。


「お金の心配は要らないぞ? イナバー子爵に渡した情報の裏付けが取れたらもっとお金くれるからな。多分数年は遊んで暮らせるくらいの額になるんじゃないかなぁ」

「そんなに貰えるの?!」

「そりゃぁなるよ。これから黒呪病で死ぬ人達を沢山救える情報だよ? イナバー子爵は、評判通りちょっと変な人ではあったけど、話の分かる頭の良い人だったから、俺が持って行った情報の価値を正しく把握してたからな」

「そうなんだ?」

「おう。だって、その情報をそのままリンバート子爵に売りつけてみろよ。同額以上の値段で売れるぞ」

「言われてみれば、確かにそうだね」

「それだけじゃない。この情報を変狂伯に渡せば、覚えもめでたくなって、領内の発言力も増すだろうし。勿論、王国内でもね。だから、政治的にも経済的にもメリットはでかいよ」


 聞けば聞くほど、アキト兄さんが見つけた黒呪病対策は凄いことだったんだって思う。

 アキト兄さん本人は、ミルル村の人たちの協力あってこそだから、俺の成果じゃないって言ってるけど……。謙虚だよね。そんなところも素敵だと思う。


 アキト兄さんが行商人たちが品物を並べている広場の方を見ている。

 私もそれに倣って、広場の方へと目を移した。


「そういえば、アキト兄さんはどうして家の方から来たの? 広場に行ってるものだと思ってたけど」

「あぁ、これを取りに戻ってたんだ」


 そういって、何枚かの紙を取り出した。

 凄く細かい文字がびっしりと書かれている。


「それは?」

「唯一黒呪病の病状を抑えることができた煎じ薬の薬効記録。ほら、前の行商の時に目の細い薬屋から貰ったやつさ」

「あぁ、あの薬の記録なんだ」

「そそ。あの行商の商隊のリーダーが、なんとあの目の細い薬屋のおにーさんだったんだよ。他の商人とはちょっと違うなーって思ってたけど、イナバー子爵とも面識があるなかなかやり手の商人みたいだな」

「そうだったんだ。じゃぁ、その情報をその人に渡すんだ?」

「ああ。それが煎じ薬を無料(タダ)で譲り受ける条件だったし。斑点が出る前だったらあの煎じ薬だけでも治る可能性があるから、あの薬も売れるんじゃないか?」

「じゃぁ、あの商人さんも嬉しいだろうね」

「全くだ。黒呪病にも効果があるけど、普通に風邪薬としても十分効果が期待できるから、これから人気商品になるんじゃないかな。 ……っと、直ぐに持っていくって言ってきたから、待たせちゃってるかもな。悪い、行くな? サクヤも一緒に来るか?」

「そうだね、私ももう一回行こうかな」

「じゃ、行くか」

「うん!」


 私はそう言って、アキト兄さんの少し後をついて歩き始めた。


 頼りになる背中。

 安心できる背中。


 見ているだけで胸が熱くなって、自然と笑みが零れてしまう。


 ……いけない。にやけてることが兄さんにバレたら恥ずかしくて顔を合わせられない。

 でも、目を逸らすなんてもっとできない。


 本当に、本当にありがとう、アキト兄さん。

 これからも、ずっと、ずっと、一緒だよ?


 ──大好き。



お付き合いいただきありがとうございました。

この後もアキト達の物語は続いていきますが、ここで一旦区切りとさせていただきたいと思っております。

どうしても、どう調整しても、リアルの方が忙しく……。


リハビリも兼ねて、流行りというよりは単純に書きたいことを書きたいことだけ書き散らした物語ではありましたが、ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。


蛇足ではございますが、少しでも面白いと思っていただけましたら、

評価やブックマークの程を、ぜひぜひ、お願いいたします。



古川夜空

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