34.【戦闘】風の暴威を身に纏う巨大鷲
戦闘回です。ちょっと血生臭いのは……とか、早く結果を知りたい! という方は飛ばして頂いても構いません。
飛ばしても話が続くようにしています。多分(今回はちょっと自信がない)
戦闘回は2回続きます。
思わず腕を顔の前に出し、腰を低くして堪える防御姿勢を取ってしまう程の暴風だった。
台風の暴風とはまた違う。地面から吹き上がってくるような風が、水滴や土塊を巻き上げて俺たちを穿つ。それだけに留まらず、風向きが次々に変化するため踏ん張り方を間違えると一瞬で飛ばされてしまいそうになる。
そんな俺たちを嘲笑うかのように笑う巨大鷲は、悠々と場所を移動し、こちら側の岸にやってくる。
「あまりウルザブルンを傷つける訳には行かんからな。ほら、今はチャンスだぞ?」
遊ばれている。
向こうから見れば、俺たちは明らかな格下なんだろう。油断しているように見えるけれど、隙は見当たらない。つまりはそれほどの差があるということだ。
さて、その差はどれくらいなのかな?
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【名前】 ------
エラー:閲覧権限無し
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「無粋よな。我を知りたくば、己が力で探り出せぃ」
マジか。鑑定が弾かれた。名前すら分からないって凄いな。格が違い過ぎるに一票。
『鑑定が弾かれちゃったかな? さて、相当格上みたいだけど、どう攻める?』
ルカ君から念話が届いた。
ルカ君念話なんて使えたんだ! って思った人、それはちょっと違うんだ。
これはサクヤ嬢の念話スキル。彼女の念話スキルは、半径50メートル程度の範囲であれば、サクヤ嬢が認めた人同士でテレパシーみたいな会話ができるものなんだ。超便利。
ミルル村を出発する際に、こういう状況になったら念話で会話をしようと決めていたから、これに戸惑う者はいない。
『だね。彼我の実力差は歴然だ。だから、舐めてくれてる間に短期決戦なんてどう?』
『良いと思います』
『でも、あの風をどうにかしないとちょっと厳しいよ?』
だよなぁ。
一手……じゃぁ無理だな。二手目になるな。
『風は俺がなんとかする。ルカは前、サクヤは遊撃。風対策は2段階でやるから、2段階目で総攻撃を頼む』
『お。策があるんだね、凄い。じゃぁ、それに乗らせてもらおうかな。……だけど、俺の攻撃は届かないかもよ?』
『総攻撃の主役はサクヤ嬢で行こう』
『私ですか?!』
『おっけ。アレを使うんだね』
『そういう事。──頼りにしてるぜ、サクヤ』
『……分かりました!』
「話し合いは終わったか?」
律儀に待っていてくれたらしい。まぁ、待ってくれてることは何となく気づいてたからこうしてしっかり打合せしたんだけども。
「ああ、お陰様で。じゃ、行こうか」
軽く意識するだけで眼前に数々の半透明のウィンドウ。手元のキーボードを操作する関係で、俺は武器を抜かず、巨大鷲から遠ざかるように大きく飛び退いた。それと同時に、ルカ君とサクヤ嬢が前に出る。
ルカ君は早速魔杖剣を抜剣し、その剣身に藍色の粒子のような輝きを纏わせながら巨大鷲の足もとへ肉薄していた。
「アイシクルディザスター!」
掬いあげるような剣撃一閃。惚れ惚れする剣筋は円ではなく楕円。斬撃点で最大威力が出るよう、全身をしなやかに、バネのように使うからこそできる一撃だ。剣身に纏う藍色の粒子が剣閃をなぞり、美しい曲線を描く。
巨大鷲は軽く脚の爪を合わせるだけでその一撃を防ぐが──。
『あれは連撃だね』
それはカネリンの声。因みにカネリンの声は流石にサクヤ嬢やルカ君には届いていない。
カネリンが言うように、ルカ君の攻撃はそれだけでは終わらない。初撃だけでも苛烈だった剣撃は止まらず、もう一撃、二撃、三撃と合計四連撃の剣閃が刹那に煌めいた。
燐光のように散る藍色の輝き。それが巨大鷲の爪に触れる度に、暴風で辺りに散る水滴に触れる度に、ルカ君が大地を踏みしめる度に、それら全てを凍らせていく。
「ほう、器用なものよ」
合計四回切りつけた巨大鷲の右足は氷漬けとなり、周囲には無数の氷礫が浮かび、ルカ君の足元は下草が完全に凍り付いている。
「そりゃどうも。でも、まだ終わらないよ」
──キン。流れるように剣を鞘へと納める。
本来それは隙にしかならない動作だけど、ルカ君が持っているのは魔杖剣だ。納剣することで魔杖と化した魔杖剣は、発動中の魔法の威力を極限まで高める。
荒れ狂う暴風にも負けない魔力の奔流がルカ君から巻き上がり、宙を漂っていた氷礫が、足もとの氷柱が、その全てが巨大鷲へ殺到し爆ぜた。
「まだです!」
即席の連携ではあるが、このタイミングを逃さなかったサクヤ嬢の眼は流石の一言に尽きるだろう。
ルカ君の攻勢に合わせた連射は、アイシクルディザスターを追い風に巨大鷲の両翼の根元を正確に狙っていた。
「小癪な!」
腹に響くような声を発する巨大鷲。同時に、翼開長が10メートルを超えそうな翼を力強く羽ばたかせた。
ただの暴風ではない。ルカくんの魔力を遥かに上回る力が巻き起こり全てを押し返していく。
「はははっ、これは参ったね……ッ!」
咄嗟に防御シールドを無詠唱で出したルカ君だったけれど、氷礫だけではなく、サクヤ嬢が放った矢さえも跳ね返す暴風の前には効果を発揮することは無く。
ガラスが割れるような音を響かせ、儚く消える。
暴風はそれだけでは留まらず、無数の真空の刃を生み出しながら俺たちを吹き飛ばした。
「くっ……」
20メートルくらい吹き飛ばされただろうか。
俺だけではなく、ルカ君も、サクヤ嬢も大きく後方に飛ばされている。
「どうしたどうした! その程度か!」
巨大鷲の右脚を覆っていた氷も既に無い。無傷同然の巨大鷲が、二度、三度と羽ばたくだけで、暴風と真空の刃、土塊が容赦なく打ち付けてくる。
数の多すぎるそれらが、体中を引き裂いて。血飛沫すらも巻き込んで後ろへと弾き飛んで行く。
その攻撃で、開発スキルを操作する手が止まってしまった。
クソが!
再びキーボードを叩く俺。
俺の言葉を信じてくれているルカ君とサクヤ嬢が、傷だらけの体を押して巨大鷲へと向かっていく。
「正面突破か? 出来るものならやってみよ」
もう一段強さを増す暴風。サクヤ嬢の脚が止まった。それを横目で確認したルカ君も前に出るかどうか逡巡する。
『行ってくれ』
『……りょーかい!』
それだけで信じてくれるルカ君に感謝しながら、俺はようやく出来上がった即席の魔法を立ち上げる。
今回は少し頑張った。指定座標を中心とした半径2メートルの範囲をほぼ無風にする魔法。吹いてくる風の方向を察知し、その逆方向の風を吹かせることで風の威力を相殺する。
名付けるなら『ナギタイム』だな。
『ギリギリだねー』
何がだよ。
「はははっ、こりゃぁ良い」
風の勢いを受けなくなったルカ君が、さっきよりも一段と早く巨大鷲に肉薄する。
「む?!」
流石に異変に気づいたのか、巨大鷲は羽ばたきをやめてルカ君の迎撃に入るが、一息遅い。
何も魔法を発動していない純粋な剣術だったけど、一瞬の隙を突いたその剣撃は、巨大鷲の右脚を切り裂き──。
「硬ッ!」
手に伝わってくる衝撃に思わず顔を顰めるルカ君。完全に捉えたと思ったけど、どうやら素の防御力がやたら高いのか、少しばかりの傷をつけただけのようだ。
「弱い。弱すぎる! 風の暴威を潜り抜けたまでは良かったが、それだけでは我に手傷を負わすことなど叶わんぞ!」
再び巻き起こる暴風。
だが、今回は『ナギタイム』がちゃんと効いていて、体勢が崩されるようなことは無いようだ。
……だけど……。
『兄さん、魔力は大丈夫?』
風の影響を受けづらくなったサクヤが、次々と矢を放っていく。ルカ君の攻撃に合わせ、暴風が収まるタイミングを正確に突いて。
『ゴリゴリ削られるな、これ』
そうなのだ。『ナギタイム』で相殺する風の威力が強すぎて、結構な勢いで魔力が奪われていくのを感じる。
これは相当急がないと駄目そうだ。
『50……いや、40秒で準備する!』
『長い40秒になりそうだね!』
そこからはひたすら忍耐の時間だった。
収まることの無い暴風の中で、剣を切り結ぶルカ君と、暴風の間隙をついて矢を放つサクヤ嬢。攻撃のタイミングだけ風の威力がやや弱まるものの、圧倒的に不利な状況であることは変わらない。
ルカ君やサクヤ嬢、そして俺の周りの風は相殺できるが、飛来物まで防げる魔法ではないのだ。相変わらず飛んでくる土塊や水飛沫、更には真空の刃は容赦無く俺たちを穿ち、切り裂いていく。
それでも二人は耐えてくれた。
ルカ君は氷の魔法を発動し続けて、少しでも巨大鷲の動きを封じ。サクヤ嬢は翼の付け根や目を正確に射貫く射撃を見せて。
だが、敵はそんな攻撃を歯牙にもかけず、真空の刃で、時には体当たりのような突撃からの爪の一撃で、あっさりと俺たちの奮戦を崩して見せるのだ。
「アイシクル……」
「それは見たな!」
発動前に潰される魔法。巨大な爪で押し込まれてしまう魔杖剣。ルカ君の表情が苦悶に歪む。見れば、爪の先が深々と腕に食い込んでいた。
「ルカさん!」
矢を番えるサクヤ嬢。──だが、
「遅い!」
片翼だけの羽ばたきで、今までよりも巨大な真空の刃が生まれ、サクヤ嬢を襲う。
咄嗟の判断で真横に飛んだサクヤ嬢。ギリギリで回避に成功するが、大きく体勢を崩されてしまった。
「そろそろ飽きて来たな。まずはお前からだ」
巨大鷲はそういって、サクヤ嬢へ目をやる。
「吹き飛べ!」
ルカ君を抑えつけたまま、両翼を力強く羽ばたかせる巨大鷲。
巻き起こったのは暴風──などではなく、巨大な風の砲弾だ。草を、土を抉りながら放たれた、直径2メートルを越えるような巨大な風の塊だ。
『あれは防げないよ!』
悲鳴のような声を上げるカネリン。
だが、その声を聴くよりワンテンポ早く、俺は走り出していた。




