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33.泉の巨大樹


 イズミおばあちゃんの発症日を考えると、残された時間はおよそ1週間。

 ニルギユリの百合根効果がどれほどあるのかは分からないから、そのマージンは考慮していない。ただ、おばあちゃんの免疫力とかを考慮したら、ニルギユリの百合根効果は殆ど無いかも知れないから、これで良い。


 ラスクさんが念話で道案内してくれるとは言え、普通に行けば片道4日くらいかかるらしいから、相当急がないと無理だ。


「正直無謀だと思ってたけど、この装備があるならギリギリ行けるかな」


 ルカ君は時間的に厳しいだろうって言ってたけど、アイテムボックスの装備を提供したら了承してくれた。俺やサクヤ嬢よりも強い彼の助力は、きっと必要になるだろうから。

 因みに、提供した装備は【グラウィス】で使っていた狂走鳥(きょうそうちょう)シリーズ。ヒクイドリをモチーフにした魔物のドロップ品で作成する装備で、移動速度が上がる。


「というか、アキトは何でこんな凄い装備を3人分も持ってるのさ?」

「そこは企業秘密」


 【グラウィス】から持ってきましたって言っても分からないだろうからね。

 というか、流石に俺も3人分は持ってなかったけど、そこはスマホアプリで複製して作った。チート万歳! 力は使うためにあるんです。


 イズミおばあちゃんやマサキ少年たちは、ちゃんとマリちゃんが様子を見てくれることになった。

 行商人との一件以降、マリちゃんとは良好な関係を築くことができていて、それはこの黒呪病対策でより確かなものとなっていた。その影響か分からないけど、マサキ少年たちやサクヤ嬢への差別じみた扱いも減ってきている気がする。この辺は今回の騒動に感謝できる数少ないポイントだな。


 そんなこんなで村での引継ぎも終わり、とりあえず1週間分くらいの食糧と最低限の持ち物だけを持って、世界樹を目指しミルル村を出発した。



 世界樹があるという未開の森は、ニルギの森の更に奥だ。──因みに、人跡未踏だから、その森に名前は無い。

 最初は狩りなんかで歩きなれたニルギの森を通る関係上、行程は順調だった。ラスクさんがサクヤ嬢の位置を常に把握できるらしく、方向が違っていたりすると直ぐに念話でサクヤ嬢に伝えてくれるんだ。そして、サクヤ嬢自身が森歩きの経験値が高いこと、特性として気配察知を持っていることが手伝って、その歩みに迷いはない。


 時折、好戦的なニルギイノシシに出くわすようなことがあってもルカ君の魔剣術であっさり撃退できるから、歩みが止まることも無い。


 魔剣術。聞きなれない言葉だよね。これは、ルカ君が身に着けている戦闘技術だ。

 一般的に、剣を上手く扱えるようにしようとすると、フィジカルを鍛えて剣の扱いを体に覚えさせるというのが効果的だ。一方で、魔法を極めようとすると、魔力を良く使い、その操作方法を感覚で覚え、地水火風といった属性に関する知識を深めるのが効果的とされているんだ。

 重複してる訓練が無いでしょ? だから、両方を高いレベルで習得しようとするのは大変なんだ。まず、人一倍努力できる才能が必要で、その上で努力のリソースをどちらにどれだけ割り当てるかのバランスも大事になってくる。だって、他者に比べて二倍努力できる人が居たとして、その人が剣と魔法を両方それなりに使えるようになるくらいなら、どっちかに特化してより高みに至る方が周りに重宝されやすい。だって、別にその人だけで剣と魔法を用意せずとも、そこそこ剣が使える人と、そこそこ魔法が使える人を連れて来れば良いんだからね。それよりは、剣の達人か、魔法の達人の方が需要がある。


 なんでこんな話をしているかというと、この魔剣術というのは、どっちも高レベルで扱えることが前提の戦闘技術で、それを習得しているルカ君が凄いって話をしたいが為なんだ。

 ルカ君の武器は魔杖剣(まじょうけん)と言って、仕込み杖みたいな形状の武器なんだよね。ただ、暗器みたいな使い方をする必要が無いから、納刀? 納剣状態の見た目は結構ごつい杖なんだけども。

 剣を鞘に納めている時は、魔杖として扱って魔法の威力を高めてくれる。抜剣すれば普通に剣として使えるし、鞘自体にも一定の魔法威力上昇効果があるから、戦いに幅が出る。


 そんなルカ君が、その力を惜しみなく使ってくれるもんだから、ちょっと遠くのニルギイノシシは目視できないようなスピードの水の弾丸が撃ち抜いちゃうし、複数に囲まれて近づかれたとしても、剣道経験者の俺が見ても惚れ惚れするような一閃で切って捨てちゃう。


「どんだけ強いんだよ、ルカ」

「ははは、まだまだ修行中の身だよ」


 本人は謙遜してるけど、剣の技術は剣道をしていたからその凄さが尋常じゃないって分かるし、開発スキルで色々魔法を試したことがあるから、無詠唱であんな強力な水弾を撃てるのも尋常じゃないって分かる。


「以前ミルル村にいらした時より、更に磨きがかかってますね」

「ありがとう、サクヤさん。 僕はパーティを組んで活動してないから、一人で色々こなさなきゃいけないから、修行には事欠かない生活だからだよ」


 聞けば、冒険者のランクはAランクらしい。

 因みに、Fランクから始まって、一番上はSランクまである。Sランクはちょっと特殊な枠らしいから、実質最高ランクと言っても良いのだろう。



 ルカ君の快進撃は、森の雰囲気が変わっても続いた。

 恵み豊かなニルギの森とは違って、陽の光を殆ど通さない鬱蒼とした森──ラスクさんが言っていた、未開の森──に入って、獣では無く魔物が出るようになってもだ。


 爪の引っ掻き攻撃で木をなぎ倒しちゃうような5メートル近くありそうな森のくまさんも、赤ずきんちゃんを5人くらいぺろりと食べちゃいそうな狼さんも、俺よりでっかい歩くキノコさんも、圧倒している。


「いやぁ、流石人跡未踏の森だね。見たこと無い魔物が出てくるから良い訓練になるよ」


 どの魔物も初見らしいんだけど、特に苦労せず討伐しちゃうんだから驚きだ。

 因みに、魔物は生命活動や体の維持に魔力を大量に必要とする生物で、体内に魔力を溜め込める魔晶石を持っているのが共通した特徴だ。討伐すると体が崩れて、所謂死体が殆ど残らず、生命活動の核だった魔晶石が残される。


 強靭な魔物の躯が消えていく時、黒い粒子になって大気の中に解けて消えるみたいに見えるんだよ。

 こういう言い方は不謹慎なのかも知れないけど、なんだか綺麗なんだよね。黒曜石の欠片が宙に舞いながら、空気にとけて消えていくみたいでさ。


 でも、魔物の躯も全てが消え去るわけではないんだ。

 生前に魔力を沢山使って特に強化している部位があったりすると、そこは討伐後も形を維持したままになることがある。


 さっきの森のくまさんだと、偶に爪や毛皮が残っていたりするし、狼さんは牙が残ったりする。キノコさんは胞子が残ってるっぽい。

 これらは強靭な性質を備えている物が多く、強力な武具や道具の材料としての需要があるため、ドロップアイテムと呼ばれて重宝される。起きている現象はゲームそのものだよね。殆ど死体が残らず、代表的な部位や魔晶石だけが残るんだから。寧ろその現象に理屈が通っているグラース(この世界)の理に驚きを隠せない。


「ドロップアイテムも独特だし、魔晶石のサイズも大きい。良い狩場だ」

「それはルカくらいの実力があればの話だろ」

「……ですね」


 せめて荷物運びぐらいは役に立とうと、アイテムボックスを使ってそれらをひょいひょいと収納していく俺。


「えー、サクヤさんの弓の腕も凄いし、アキトは剣も凄くて魔法のバリエーションも多いじゃないか。ここの魔物くらいなら遅れは取らないんじゃないかな?」

「そうだとしたって、ルカみたいに無双はできないよ」

「はい、できません……」


 試しに、大きな森のくまさんを俺とサクヤ嬢で相手させてもらったら、倒すまでに数分掛かった。やってやれなくはないけど、穴に落として矢を射かけたり、そこに俺の魔法で追撃したりして漸く討伐できるから、ルカ君と比べて遥かに非効率だ。それに、囲まれたら絶対苦戦するし、命を落としてもおかしくは無い。

 本当、ルカ君に来てもらって良かったよ。


「僕としては、アキトのアイテムボックスに感謝しきりだけどね。荷物を持たないで済むから動きやすいし、武器のメンテ道具も沢山あるから消耗を気にせず魔物を倒せるし」

「そう言ってもらえると、少し心が楽になるよ」



 そんなこんなで、苦戦することも無く、サクヤ嬢──とラスクさん──の案内に従って森を突き進む俺たち。

 状況が変わったのは、ミルル村を出発して三日目の朝方だった。



「これは……」


 鬱蒼とした森を抜けた先にあったのは、光溢れる泉だった。恐ろしい程の透明度を誇る泉で、底まで全てが見える。

 畔には花が咲き誇り、周囲にある石には苔が生す。湖の中央には巨大な……樹のようなものがある。

 樹というよりは、根という方が近いかも知れない。湖から生えているそれは、樹皮に包まれていて、根元の方は綺麗な薄緑色の苔が生しているが、その頂きは全く見えない。大小、無数の神霊がその近くにいて、上の方が全く見えないのだ。それどころか、葉の一枚、枝一本すら見えない。巨大すぎる樹のようなものが、そこにあった。



「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」


 ただただ圧倒される俺たちに、美しい声が届いた。その瞬間、泉の中心、樹のすぐ前に女性が現れる。

 光をヴェールのように纏う姿は神秘的だ。薄緑色の長い髪に、透明感のある白い肌。長い睫毛の奥には、琥珀色の宝石のような瞳。弧を描き笑みをたたえる唇は薄赤で、ゆったりとしたドレスを身にまとった神々しい女性だ。


「ラタトスクから話は聞いています。色々お話したいことがあるとは思いますが、どうやら時間も迫っているようですので……」


 息をすることすらも忘れて魅入ってしまっている俺たちに笑みを向けた彼女が、す、と美しく長い手を前に差し出した。


「まずは貴方たちの力と覚悟を示してください」



 次の瞬間、俺たちと彼女の間に、巨大な鷲が舞い降りた──。


「さぁ、剣を抜け。弓を構えよ」


 口元を引き上げ笑う鷲。

 翼開長が10メートルを超えるのではないかと思われる程巨大なそれは、器用に泉の上空でホバリングしながら、翠色の瞳で俺たちを見下ろしていた。

 鋭い嘴に、大きな翼。両脚の先には鋭い爪。白と黒の羽のコントラストが美しい巨大鷲が、その大きな翼を羽ばたかせる度に風が吹き荒れ、鏡面のようだった泉の水面が逆巻き、嵐の雨粒のようになって俺たちに打ち付ける。


「──我が直々に相手をしてやろう」


 一際強い風が吹き荒れた。



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