32.確実にスキルレベルを上げるには
とうとうイズミおばあちゃんが黒呪病を発症した。
時間の問題であったと言えばその通りだけれど、サクヤ嬢やマサキ少年たちの精神的支柱であるイズミおばあちゃんの発症は、暗く深い影を落とした。
「みんな、落ち着いた?」
サクヤ嬢に聞くと、静かな首肯だけが返って来た。
もう深夜と言って良い時間帯だ。リビングスペースには、俺とサクヤ嬢とルカ君の3人。ラスクさんもいるけど、ルカ君は見えないだろうから、今は直接は話しかけないようにしている。
「泣き疲れて寝ちゃったか」
ルカ君の言葉に、サクヤ嬢がまた首肯する。
さすがに、キッズには今回の出来事はかなりの衝撃だったようで、テンマ少年すらも泣きじゃくって大変だった。「おばあちゃん死んじゃうの?」っていうストレートな質問に上手く答えられなかった。
文字にすれば『赤黒い斑点』っていうたった五文字なんだけど、それが体に幾つも浮かぶ様子は本当にショッキングなんだ。それが身内ならなおのこと。
ここに逗留させてもらい始めて何か月も経ってない俺ですら、ちょっと心に来るものがあったからね。
勿論、俺が黒呪病に効果のある食べ物を見つけたことは言ってある。言ったとたん、マサキ少年たちが森へ駆け出したから慌てて止めたよ。
そのあと、ちゃんとサクヤ嬢とルカ君に護衛してもらいながら、採れるだけニルギユリを採ってきてもらった。村の近くのニルギユリは駆逐しつくしたんじゃないかって思うくらい集まった。だから、イズミおばあちゃんだけじゃなく、他の黒呪病患者にも食べてもらってる。
ただ、やっぱり、黒呪病を発症して赤黒い斑点が出るくらいになってくると、体がだいぶ弱ってるから、あんまり食べてもらえないんだよね。
これが、薬効成分を抽出した何かだったら少量でも効果があるんだろうけど、流石にそれはまだ出来ていない。というか、できるかどうかも分からない。だから、そこそこの量を食べてもらう必要があるんだけど、それが難しいんだ。
サクヤ嬢もかなり頑張って浄化スキルを使ってくれたけど、一日で目に見える効果が出ることは無かった。
まぁ、ニルギユリが黒呪病に効くって分かったのが今日だから、実際どれくらいの効果があるのかはこれから見ていく必要があるんだけどね。
「でも、凄いよね、アキト。黒呪病に効く食べ物を見つけるなんてさ」
「いや、みんなの協力があったからこそだよ。俺一人じゃ絶対無理だった」
色々な奇跡が重なって、ニルギユリの百合根というところにたどり着けたんだ。
協力してくれるミルル村のみんながいて、マサキ少年たちっていうイレギュラーが存在して。
ナギとナミが開発スキルっていう、調査に必要不可欠なツールを用意してくれて、カネリンが鑑定っていう力を与えてくれて。
それでようやく、ここまでたどり着けたんだ。
「謙遜するなぁ。実際これ、本当に効果が確認できたら大発見だよ? セオリツ王国中が欲しがってる……いや、帝国も、ひょっとしたらもっと広い範囲で超有益な情報になるんじゃないかな?」
「まぁ、それはそうかも知れないけど……。せめて三日早くたどり着いてたら、なんて、ね……。 っと、これは失言だな。忘れてくれ」
「アキト兄さん……」
三日と言えば、まだイズミおばあちゃんの食欲が普段通りだった時の話だ。
そのころから百合根を食べることが出来ていたら……とも思ったけど、ミルル村にはもっと前から発症している人がいるし、亡くなった人もいる。良い人ぶるわけじゃないけど、ミルル村の人たちを焚きつけて行動している自分には、それなりの責任があるんだから、口にすべきじゃなかったな。
「気持ちは分かるけど……。それでも、凄いことだよ。浄化の魔道具と、効果的な食べ物。あとバルトマーモットの発見。間違いなく、ミルルの未来は守られたと思うよ。勿論、イズミさんの未来も」
「ははっ、ありがと」
そうなんだよな。その三つがあれば、確かに未来に希望は持てる。
それ以外にも色々試してみてはみたけど、この三つはしっかりと効果が期待できるんだ。
ルカ君のその言葉を聞いたサクヤ嬢が、俯きがちだった顔を上げた。
「……私が、頑張れば」
「サクヤ?」
サクヤ嬢の急な言葉に、首を傾げながら呼びかける。けれど、サクヤ嬢は何かを考えるようにぶつぶつと独り言を言うだけで、直ぐには反応してくれなかった。
しかし、ややあって、俺とルカ君を順番に視線を向けた。
「浄化スキルがレベルアップすれば、浄化の魔道具の効果も上がるし、役に立ちますよね?!」
「それはその通りだろうけど、スキルのレベルアップなんて簡単にできるものじゃないよ」
ルカ君が言う。
この三人の中で一番豊富なスキルを有しているのはルカ君だ。そのスキルを得るために行ってきた努力がその言葉を裏付けているのだろう。それに、俺もその通りだと思うし。
「でも、死ぬ気で頑張れば……」
「努力するなとは言わないけど、サクヤさんだって毎日寝る間も惜しんで浄化スキルでみんなを癒してくれてるから、かなり疲れてる筈だよ。これ以上何かをするのは、危険だと思う」
「ああ、俺もルカ君に賛成だ」
「でもっ……。……いえ、すいません」
サクヤ嬢の気持ちはわかる。
やらせてあげたい気持ちはあるけど、今でもオーバーワークなんだから、スキルレベルアップの訓練を追加すると、サクヤ嬢が倒れてしまいかねない。
あと、サクヤ嬢は聡いから、ルカ君の発言から気づいちゃったんだろうね。
黒呪病対策で有効な手法は三つで、バルトマーモットを遠ざけることと、浄化を使うことと、ニルギユリの百合根を食べることだ。この中で、比較的簡単に効果を強められるのが『浄化』だけだってところに。
バルトマーモットは、もう村の中で見ることは殆ど無いし、見たとしたらみんなが率先して駆除してくれるから、これ以上効果を上げることは難しいだろう。
ニルギユリの百合根も、患者が食べてくれないことには効果が無いわけだから、自分たちでどうにかできる問題じゃない。より効果的な調理方法はあるんだろうけど、それを見つけるのは時間がかかる。
そんな中で、浄化スキルは、自分が努力すればスキルレベルを上げられるかも知れない。そうすれば、浄化の魔導具『清子』の効果を上げられるかも知れないって。
「何にせよ、今日できることはやり切ったし、みんな自分たちが出来ることを期待以上にやってくれてる。 だから、寝よう!」
俺が言うと、ルカ君も同意して立ち上がった。
「そうだね。一旦寝て、明日、また話をしよう。もしかしたらイズミおばあちゃんたちも、少しは状況が改善してくるかも知れないし」
サクヤ嬢も、しぶしぶながら頷いて立ち上がってくれた。
俺たちは「おやすみ」と挨拶をして、それぞれの部屋へと向かう。
──ラスクさんは、リビングからずっと、サクヤ嬢の背中を見ていた。
◇◇◇
次の日の早朝、サクヤ嬢に起こされた俺がリビングへと向かうと、そこにはラスクさんとサクヤ嬢が居た。
眠気覚ましにと出された温かいお茶をありがたく頂きながら席へと着く。
「どうしたんですか? こんなに朝早くから」
時間は午前4時を少し過ぎた頃だろう。当然ながらみんな寝ている。
「ごめんなさいね。でも、早く知らせておきたいことがあって」
どうやらラスクさんからの話のようだ。ただ、サクヤ嬢の様子を見る限り、彼女はもう話を知っているようにも見える。
「いえ、それは全然大丈夫ですが……、どんな話ですか?」
「浄化スキルのレベルアップに協力して欲しいの」
話を切り出したのはサクヤ嬢だ。
「それは一朝一夕にはいかないって……」
「分かってる。でも、ラスクさんがかなりレベルアップできる可能性が高い方法を考えてくれたの」
「えぇ。成功したら、ほぼ確実にレベルアップできると思うわ。……ただ、ちょっとばかり危険なのよね」
「えー、何ですか、それ」
二人の話を聞くと、こうだった。
ラスクさんは元々、ニルギの森の更に奥にある未開の森にいる神霊なんだって。
その未開の森の奥地に、巨大な樹がある。そこは、ラスクさんのような神霊が何人も居て、巨大樹──世界樹を守ってるんだって。世界樹の守り手たる神霊の中にはラスクさんより浄化が得意な神霊がいるから、その助力が得られれば浄化スキルをスキルアップできるだろうって話だ。
森の奥の世界樹で、神霊ラタトスクさんが元々居た場所って、もう完全にユグドラシルだろうね。やっぱりグラースにもあったんだ。
「幸いなことに、世界樹に居る神霊と念話が通じました。私からの紹介なので会うことは可能ですが、認められるかどうかはサクヤ次第です。それに、道中はずっと森を進む必要があって、ニルギイノシシよりも強く狂暴な森の獣たちが行く手を阻むでしょう」
そこで俺って訳ですか。
でも、俺だってそこまで強いわけじゃないけど大丈夫かな。
「……因みに、イズミおばあちゃんの容態は?」
サクヤ嬢に聞くと、悲しげに目を伏せて、首を横に振った。
そっか。改善はしてないか。まぁ、一晩しか経ってないしね。
「分かった。じゃぁ行こう」
「良いの?!」
テーブルから乗り出し聞いてくるサクヤ嬢。
「いや、だって、駄目って言っても行くでしょ、サクヤは。そんな顔してるし」
「そ、そんなことは……」
恥ずかしくなったのか、頬を染めて座りなおすサクヤ嬢。うん、可愛いね。
「……本当に良いのですか? アキトさん」
「大丈夫だよ、ラスクさん。出来ることがあるならやった方が良い。今分かってる対処法だって万全じゃないんだから、より良くできるなら、やるべきだ」
「でも、アキトさんは……」
ラスクさんの視線が、俺の首元へと向けられた。
「ははっ、大丈夫。寝不足は慣れてるし。……まだ何とかなる範囲だよ」
「……分かりました。申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
深々と頭を下げるラスクさん。
気にしないでくださいって言って頭を上げてもらう。うん、そもそもこの状況だって、俺がイズミおばあちゃんとサクヤ嬢を連れてミルル村を出ていれば違っていたかも知れないんだ。それでもこの道を選んだんだから、ギリギリまで足掻くのは俺の義務みたいなもんだしね。
「でも、やるなら徹底的にだ。事情を話してルカ君にも付いてきてもらう。その間の村の統括は全部ヒロキ君にちゃんと引き継いで、マサキ達にも事情を説明する。その上で……そうだな、申し訳ないけどマリちゃんあたりに不在中のこの家のフォローを頼もう」
「分かった!」
サクヤ嬢の元気な返事を聞いて、俺は体に力が漲ってきた。
よし、まだやれる。やれることがある。
出来ることは、何だってやってやろう。




