30.犯人は、お前たちだ!
「街道が通れないから、マルシェ=ブレからの移動は少し辛いですね」
「そうかい。ご苦労さんじゃ。淹れたてじゃぁ無いけど、これでも飲んで一息つくとええ」
どうやら、リビングスペースでイズミおばあちゃんとルカ君が話しているようだ。そこに俺とサクヤ嬢も混ざりに行く。
「ルカさん、おかえりなさい」
「お帰り、ルカ。大変だったろう?」
「二人ともただいま。いやぁ、なかなか上手く行かないもんだね」
イズミおばあちゃんとルカ君は椅子に座っていた。俺たちも同じように席に着く。
一気にコップのお茶を飲み干すルカ君を待って、俺は話の続きを促した。
「マルシェ=ブレのアリエル子爵の所に支援の話を持って行ったんだけど、いやー、突っぱねられたよ。そんな余裕は無いってね」
アリエル子爵は、ノルドオー領・マルシェ=ブレ近郊を治めている子爵で、アリエル・フォン・イナバーというらしい。変狂伯の側近らしくて、そこそこの変わり者なんだって。
「子爵様自ら会ってくれるって言われた時は吃驚したけどさ、支援要請の話をしたとたん、そんな話で私の時間を潰すなって激昂されちゃってねぇ。大変なのはお前たちの所だけじゃないから我儘言うなら村ごと焼き払うぞって」
「まぁ、仰る通りではあるんだろうけども……」
ミルル村は孤立しちゃってるから、他の街の状況が分からないから何とも言えないけど……。まぁ、その通りなんだろうな。
「かー。流石変狂伯の側近じゃのぅ。相変わらずじゃ」
「本当にね。まぁ、会ってくれただけ凄いことではあるけど、言うことが過激なんだよね。偶に本当に実行されるから困りものだし」
イズミおばあちゃんも面識があるのかな。何となくそんな言い回しだけど。
「まぁ、支援が得られなかったのは残念だけど、こればっかりは仕方ない。元々望み薄だったし。 それで、ギルドの方は?」
「クエストは受理されたけどさ、少なくとも滞在期間内で依頼を受けた奴はいなかったね。冒険者も黒呪病が蔓延してる場所には行きたがらないからさ。ほら、冒険者って体が資本で、黒呪病になんてなったら稼ぎも無くなるから」
「……そうか。まぁ、それも仕方ない、か」
分かってはいたけど、厳しいなぁ。
「ごめんね、力不足で」
「いえ、ルカさんのせいじゃないですよ。こればっかりは仕方ないと思います」
サクヤ嬢の意見に、俺も首肯する。そうなんだよ、誰も責められないんだ、こればっかりは。
「じゃあ、調査の方はどうだった?」
「えぇと、あんまり有益な話は無かったかなぁ……」
ルカ君が色々聞き込みをしてくれた内容をまとめると──。
ノルドオー領では黒呪病がかなり蔓延してしまっているらしい。相変わらず原因も不明、呪いなのか病気なのかも不明、有効な薬も無い。各種ポーション類も効かない。病気の治療をしている神官の魔法も効果が薄い。
そして、これはノルドオー領だけでなく、アイゼンバルト帝国やセオリツ王国の他地域でも似たような状況だということだ。恐らく黒呪病はアイゼンバルト帝国のどこかで発生して、そこからセオリツ王国にやってきたんじゃないかっていうのが、冒険者の中で噂されているらしい。
赤黒い斑点が体中に出てくるという症状から、悪霊の仕業だとか、祟りだとか、根も葉もない噂が沢山出回っていて、みんなが黒呪病を恐れているんだって。その恐怖が行き過ぎて、感染者を家から出さないように家の外から板を打ち付けたり、感染者を火炙りにしたり、滅茶苦茶な地域もあるらしい。
「そんな……」
村の外の惨状を聞いて、サクヤ嬢が口元を抑えた。
「それを聞くと、ミルル村はまだだいぶマシだなぁ」
「うん。マシどころか、何ならマルシェ=ブレより落ち着いてるように見えるよ? どうやったの、これ?」
「アキトが頑張ってくれとるからのぉ」
「アキト、凄いんだな」
いや、褒められたことじゃ無いけどね。ミルルの村のみんなは恫喝して従ってもらってるだけだしさ。
「今は何とか抑えられてるだけだよ。状況は殆ど改善できてないから。 ──他に、何か気になった話とかは無い?」
「うーん、特には……。 あー、そう言えば、半年くらい前からバルトマーモットが備蓄食料倉庫に出るようになったらしくてね。アイツら賢いらしくて、冬に備えて備蓄してる山菜系の野菜とかを食い荒らしたり持って行っちゃったりしてるみたいでさ。黒呪病との二重苦だって嘆いてる人が多かったかなぁ」
「え、マルシェ=ブレでもそうなのか?」
「マルシェ=ブレでもって言うことは、ミルルもそうなの? 本当にどこにでもいるんだな、バルトマーモット。因みに、マルシェ=ブレだけじゃなくてセオリツ王国の各地で結構出てるらしいよ。 元々アイゼンバルト帝国の北東の森林地帯にしか居ない筈のリスなんだけどなぁ。大移動でもしたのかな」
『……ねぇ、アキト。これってもしかして』
ああ、俺も思った。
「ルカ、村にいるバルトマーモットを捕まえることって出来るか?」
「え、あのすばしっこいのを? 生け捕りにするってこと?」
「そう。殺さずに捕まえてきて欲しい。2、3匹。あ、その時には絶対素手で触らないこと。あと、バルトマーモットを捕まえるときに着てる服は焼却処分して、捕まえた後は水浴びをして欲しい」
「えぇー。出来るのはできるけど、条件が厳しいなぁ」
ルカの声は、難しいというより、単に面倒そうな声色だった。
「それでも頼む。ちょっと調べたいことができた」
「分かったよ。アキトのお願いだったら断れないしね。早速捕まえて来ればいいかい?」
「助かるよ。村の中心にある倉庫には良く出てるから、直ぐに見つかると思う」
「オッケー。じゃぁ、夕飯までには戻ってくる」
そう言って、ルカは席を立った。
残ったイズミおばあちゃんとサクヤ嬢が不思議そうにこっちを見ている。
「どういうことなんじゃ?」
「まだ想像段階なので何とも言えませんけど、もしかすると黒呪病の正体が掴めるかも知れません」
「本当なの?! 兄さん」
「あぁ。俺の想像が正しければ、だけどね」
◇◇◇
レベル6まで上がった俺の鑑定スキル。
その分析を開発スキルで色々調べることで、鑑定に関わる関数に色々と発見があり、より詳細な解析鑑定ができるようになったんだ。
具体例を上げると、黒呪病を発症している人とそうじゃ無い人の血液を解析して、黒呪病の人だけに存在する何かを抽出することが出来たんだ。恐らくこれが黒呪病のウイルスか細菌だと思うんだよね。細菌学の知識が無くても、開発スキルと鑑定でどうにかなるんだから、魔法って凄いよね。
ただ問題なのが、ウイルスか細菌だと思われる何かが複数存在することなんだ。どれが黒呪病の原因なのかが分からない。
だけど、もし、バルトマーモットが保菌宿主に当たるんだとしたら、バルトマーモットの中にも同じものがあると思うんだよね。
で、ルカ君が捕まえてきてくれたバルトマーモットを調べてみたんだけど……。
「ヒットした……」
『うん。これは間違いない。 ……黒呪病菌だろうね』
知識神カネリンのお墨付きも貰えた!
『あ。アキトがこれを発見したから、黒呪病菌の情報が更新されたよ。凄いね、世界的大発見じゃない、これ』
マジか! そんな確認方法があるなんて、裏技も良い所だけど、間違いないってお墨付きが得られたのはありがたい。
因みにカネリンは、知識神だけど、全ての知識を所持してるわけではないんだ。世界が未発見の知識に関しては開示されていない。新たな発見があれば、それが知識のライブラリに追加されて、それを参照することができるようになるようなイメージらしい。
だから、今までは通称黒呪病の正体は不明だったけど、俺がこれを発見したことで、黒呪病の原因菌が知識のライブラリとして追加され、閲覧可能となったというわけだ。
それに、俺についてきてくれているとは言え、一応神様だ。何でもかんでも俺に伝えるのはルール違反? らしくてできないんだって。その辺は良く分からんけど、そういうものだということで納得するようにしてる。
「よし、これで何とか戦える! ルカ、サクヤ! いる?」
俺は立ち上がって部屋を出るなり、二人を大声で呼んだ。
いつの間にか朝になっていたみたいだ。真夜中とかだったらヤバかったね。……これで三連徹か。ちょい辛いな。
「なになに、朝から大きな声出して」
そう言いながら玄関から姿を現したのはルカ君だ。汗をかいているから、外でトレーニングでもしてきたのだろう。
もうしばらくして、サクヤ嬢もリビングスペースにやってきた。こちらは、コケコの卵が入った籠を抱えているから、卵を取りに行っていたようだ。
「兄さん、呼んだ?」
「おう、二人共朝っぱらから申し訳ない。黒呪病のキャリア……あー、黒呪病をばらまいてる奴が分かった」
「「誰なんだい?!(なの?!)」」
ユニゾンする二人の声。俺も徹夜明けでかなりハイだけど、彼らの剣幕に驚いて思わず腰が引けちゃったよ。
「バルトマーモットだ」
「え、あのリスさん?」
「ああ。詳しい話は省略するけど、動物の中には人間には有害な病原菌をもっている奴がいるんだ。バルトマーモットもそんな動物の一つみたいだな。恐らく、バルトマーモットが齧った食糧なんかを経由して、病原菌を取り込んじゃった人が居るんだろう」
「なるほどね。言われてみれば、バルトマーモットの話を聞くようになった頃と、黒呪病が広がった時期は似てる気がするよ」
「ミルルでもそうっぽいな。バルトマーモットを見かけるようになったのが約7か月前。病気には潜伏期間もあるから、恐らく接触から半年前後で発症するんだろうな」
「じゃぁ、倉庫の近くに住んでる人や、家の手伝いを良くしている子から感染が進んだのも……」
「ご明察。接触すれば確実に感染するって訳でもないだろうけど、繰り返し接触すれば感染する確率は増えていく。だから、そういった人たちが最初に感染して、そこから人伝いに広がっていったんだろう」
「分かった。じゃぁ、僕たちがやることは、バルトマーモットの駆除かな?」
ルカ君の言葉に、俺は頷いた。
「バルトマーモットに罪は無いんだけど……。流石に黒呪病を放置することは出来ないから、ね。 村から追い出せれば良いけど、とりあえずは駆除だね。
他にもあるよ。バルトマーモットが齧ったものには触れないこと。樽もね。食糧は勿体ないけど、念には念を入れて齧られた周辺は大きめに捨ててしまおう。
悪いけど、この二つを村のみんなに伝えて、直ぐに動いて欲しい」
「「分かった」」
「というわけで、俺は流石にちょっと寝たいから、寝ます!」
そう宣言して、二人の返事を聞く前に部屋に戻った。
当然、そのあとの記憶はぷっつりと途切れている。




