29.浄化の魔道具
色々あった。この一月の間に色々あった。
どうしても悪いことが目に着いちゃうから先に言うと、動ける人間が25人に減った。
これは、体調不良の人も村全体の活動には関わらないようにお願いしているからではあるんだけどね。体温計なんていう便利なものは無いから体調不良の定義が難しかったけど、そこは魔導具で対処した。技術や知識や道具なんかが足りなかったら、スキルや魔法で埋めるのがお約束というものだ。ただ、この体温計測の魔導具を作るにあたってここ一月の研究成果を応用してるんだけど、それは後でまとめて話すとしよう。
動ける人間が減ったということは、日常業務がいよいよ回らなくなってきた。
これから冬になるとは言え、畑を放置しておけるわけでもない。そして、村人全員の看病や食事作りなど、やるべきことは山ほどある。スイッチ一つでお米が炊けたりパンが作れたりなんて電化製品はこの世界には無いからね。
正直、今がギリギリのポイントだ。これ以上人が減ると、本当に日常業務が回らなくなる。
そして、とうとう死者が出た。
一人目は例のぽっちゃり君家のおじいちゃん。かなり高齢だったこともあって、抵抗力が無かったんだろう。
そこからは立て続けに12人が亡くなった。
食べ物がね、地球の基準から考えると粗食と言って差し支えない状況だから、お年寄りや子供は特に抵抗力が思ったより低いみたいなんだ。赤黒い斑点が服で隠せなくなるぐらい出た人は、そこから1週間前後で亡くなってる。
ご遺体は火葬したかったんだけど、この意見はみんなの大反対で通らず、今まで通りの土葬になった。その代わり、墓地にはあまり近づかないように言ってあるけど……。ご遺族の気持ちを考えると、そんなに強くも言えなかったよ。
勿論、良いことだってあった。
まず、この黒呪病が病気であることが確定した。
当たり前だけど、俺は細菌学に明るくも無いし、医学的な知識も一般教養の域を出ない。それでも病気であるということが確定したのは、鑑定スキルがレベルアップしてその辺りも鑑定できるようになったからだ。
村人を片っ端から一日二回鑑定して回っていたり、鑑定自体を開発スキルで色々検証していたのが功を奏し、レベル2からレベル6まで上昇した。カネリン曰く、尋常ならざる上がり方らしい。開発スキルで鑑定を分析検証できることが、このレベル急上昇の最大の要因だろうって話だ。
そんな訳で、鑑定すると『【状態】疾患(黒呪病:軽)』というように見えるようになったのだ。「軽」の他には、「中」「重」がある。疾患の程度を三段階で確認できるみたいだ。
ただ、あくまでも鑑定で状態異常として判定しているようで、潜伏期間──つまり、発症していない人は、判別できない。
でも、病気であると分かった以上、隔離措置は必須であることが分かったし、呪い観点での調査は打ち切ることが出来たのは上々だ。
次に、黒呪病の進行を遅らせる薬が見つかった。
村人全員から薬を集めてたけど、なんと、俺がこの間の行商人から貰った煎じ薬が結構良い感じで効いてくれてる。ただ、これは症状の進行を遅らせるだけで治癒効果は無いようだ。また、結構苦いので子供に飲ませるのは苦労する。ついでに言うと、副作用も不明だ。それでも、薬効が有効だから今は使ってもらっている。
サクヤ嬢の浄化スキルも黒呪病に効果があることが分かった。
こっちは煎じ薬とは違って、部分的に黒呪病を治癒しているようだ。ただ、根治には至らないので継続使用しないと病状が進行してしまうため、結果的には煎じ薬と同じような効果に留まっている。
しかし、浄化スキルはまだレベル3なので、スキルレベルが上がれば化ける可能性はある。将来性という意味では煎じ薬より優秀だ。
あとは、俺の日々の研究成果──と言いたい所ではあるけど、実際は棚ぼたで、スマホアプリの応用方法が見つかった。
スマホアプリで撮影したものをコピーできることは既に分かってたけど、ふと思ったんだよね、撮影データはどうなってるの? って。
結果、スマホに保存されてたんだけど、電子データじゃん? まぁ、これだけ魔改造されてるスマホ上のデータを電子データって言って良いのか分からないけどさ。でも、データである以上、開発スキルに取り込めるんじゃね? って。
案の定、できちゃった。
それが出来るってことは、何かに使えるわけじゃないですか。だから、何に使えるのかなって調べたら、複製時に魔法陣を刻み込んで魔導具化できることが判明した。開発スキル、恐ろしいスキルやでー。
ただ、魔導具化しても魔力が無いと当然ながら動かないから、その辺の石を魔法陣込みで複製しても、模様のある石になるだけ。
だけど、魔晶石にやるとどうでしょう! あれは魔力の結晶みたいなものだから、魔法陣がちゃんと動作するんですよ! これはえらいことです。革命です。
そんな訳で、体温計測の魔導具を作ることが出来たわけです。とはいえ、温度表示をする液晶画面のようなものを作ろうとすると、その表示に複雑な魔法陣が必要になるし表示の魔力も使っちゃうから、体温が37.5度以上の時だけ赤くなるって仕様にした。
いや、カネリンが少し前に『しかし、この時のアキトは知らなかった。この機能が単なる複製機能では無いということを……』なんて言ってたけど、完全にその通りだったよ。
『まだ隠し機能があったりしてね』
否定できないところが何とも。
でも、この発見の延長で、複製機能自体も無限複製が可能なものではないことが分かったんだよね。
複製を重ねれば重ねるほど劣化しちゃうらしい。だから、一定回数複製するとオリジナルの機能とは程遠いものになっちゃうみたいなんだ。
食べ物や薬なら栄養価や効能が、武具類なら攻撃力や防御力が目減りするみたい。
だから、黒呪病に効果がある煎じ薬も薬効が徐々に減ってきてる。大問題だ。
そんなわけで、今俺はサクヤ嬢の浄化スキルを魔導具化するプログラミングに没頭していて、それがついさっき完成した!
何度も開発スキルで浄化を分析して、動作解析して組み上げた浄化プログラム。サクヤ嬢の協力で出来上がったロジックを使って魔導具化させた魔晶石が遂に完成したのだ!
「っしゃー!! 出来たぁぁッ!」
大声で叫んだもんだから、サクヤ嬢やマサキ少年たちが部屋に駆け込んできたけど、徹夜明けの俺はそんな些末事でびくついたりしないのだ。
因みに、俺はちゃんとマスクっぽい布を口元に巻いてる。マサキ少年たちも、部屋の入口までしか入ってこない。ちゃんと、俺との距離を取って話してくれてる。ありがたいね。
「アキト兄ちゃん、睡眠不足で頭おかしくなったのか?」
「失礼だな、マサキ。俺は正常だ」
「多分、浄化の魔道具が完成したんじゃない?」
「サクヤ正解! とうとうできたよ、サクヤの浄化スキルを魔導具化した、その名も『清子』」
「相変わらずな、アキト兄ちゃんクオリティの名前だなぁ」
ずっと失礼なマサキ少年。因みに彼、ずっと元気である。
「んな細かいことはどーだって良いんだよ! とりあえず、でっかいの三つ作ったから、病棟に置いてきてくれ。魔晶石の魔力が尽きるまで繰り返し発動するように作ってるから、中心あたりに置いとくだけで良い」
「了解! ひとっ走り行ってくるよ」
早速マサキ少年とリヒト少年とシズクちゃんが一つずつ持って駆けていく。──テンマ少年? あぶれちゃったからむぎとこむぎの所に行ったみたいだ。ん? むぎとこむぎって何かって? 家で飼ってるコケコだよ。白い真ん丸な神霊付きの鳥さん。
鶏ほどじゃないけど、卵も産んでくれるから、食生活が少し豊かになってる。コケコの卵、美味いのよ。
「これでサクヤの負担も少し減るな」
「はい、ありがとう、兄さん」
毎日患者全員に浄化スキルをかけているサクヤは、結構辛そうだった。それもそうだ。都合100回以上浄化スキルを使ってるわけだから。
そんな状況でもあったから、浄化の魔導具を作るのが、俺の中で最優先タスクだったのだ。
「それと、マリとの分析の報告があるんだけど」
「ああ、聞くよ」
サクヤ嬢がマリちゃんと進めてくれているのは、村の感染状況の分析だ。
詳細情報は最初にいっぱい集めたので、今は日々変わる感染状況の反映をお願いしているのだが、空いた時間で分析もお願いしている。
勿論、こんなことはやったことが無いだろうから、簡単な分析方法やアドバイスは都度俺がしてるけどね。──もっとも、俺もこういう分析の素人だから的を射てるかどうかは、正直分からないんだけど。
「アキト兄さんのアドバイスでちょっと視点を変えてみたんだけど、倉庫に近いか、倉庫に頻繁に出入りする人、あとは食事の用意をする人が初期に感染してるみたい。勿論例外はあるけどね」
「どれどれ」
その傾向をまとめて貰った資料に目を通す。『紙作くん』で作った紙に分かりやすく清書してくれたんだろうね。分かりやすい。
「うーん、なるほど。これまでの分析と比べたら結構当たってる気もするけど、食事の用意をする人って言うのが結構母数大きい……あー、当て嵌まる人が多いよね?」
「うん。各家庭に一人以上いるからね、どうしても」
「だよねぇ。それでも外れるパターンが出てくるのが気にはなるけど……。 あー、この外れてる人の中で親御さんのお手伝いを良くしてる子供も入れると、外れるのはどれくらい?」
「えぇと……3人かな?」
あんまり母数を膨らませると分析自体が意味のないものになっちゃうけど、今までの観点の中ではこれが一番当て嵌まってるな。
何らかの形で、備蓄している食糧によく触れる可能性がある人に、比較的発症者が多い。
「あと、ヒロキさんからの伝言。野菜の一部がバルトマーモットにやられちゃったって。ごく一部ではあるけど、樽に詰め直す人も居なくなってきてるから、根本的にバルトマーモットをどうにかしないと厳しいかもって」
「あのリスちゃん、マジで居なくなってくれないかな」
俺は頭を抱えた。
貴重なビタミン源が減ってしまった。倉庫に潜り込む小さなリスたち。木の実だけ食べてくれれば良いのに、葉物野菜なんかも食べるみたいで備蓄が食い荒らされるのだ。見た目は可愛いんだけど、今のところ害獣でしかない。食糧が限られている現状で、彼らに与える備蓄は無いのだ。大人しくニルギの森で木の実を齧っていてくれれば良いのに。
「ウチの倉庫は無事なんだけどね」
「むぎとこむぎが頑張って追っ払ってくれてるからね。 神霊付きだからか分からないけど、凄く賢いじゃん、あの二羽」
「うん。偶に言葉も理解してるんじゃないかって思う時があるよ」
確かに。本当に賢いのだ、あのコケコ達。
うちの食糧が無事なのは、ひとえにあのコケコ達と、暇な時は倉庫番をしてくれているテンマ少年のお陰だ。……テンマ少年、何やってるんだか。
……そういえば、ウチって発症者居ないよな。
まぁ、村の外れにあって物理的に距離があるっていうのも原因っぽい気がするけど、村の子供は殆どが何らかの体調不良になってるのに、マサキ少年以下、全員元気だ。
手洗いとうがいを村人含めて徹底させているのと、黒呪病の患者を集めている病棟に入る時は物に触らないようにさせて、出てきた直後に水浴びさせることを徹底してはいるけど、それでも多分人から人への感染は防げてない。実際、病棟で看病を良くする村人は発症するケースが多い。
マサキ少年たちだって、さっき『清子』の設置をお願いしたように、病棟に行くことはある。──というか、俺が良くお願いをするから他の人たちより頻繁に出入りしているまである。
そんな事を考えていると、外から声がした。
「帰って来たよー! 誰かいますか?」
それは、ずっとマルシェ=ブレに出かけていたルカ君の声だった。




