27.村人との約束
人の命が掛かってる問題への対処で、クエストなんて言うのはふざけてるんじゃないかって?
うん、そう感じちゃう心理は分かるよ。
だけど、俺は【グラウィス】の開発なんかに代表されるプロジェクト(お仕事で、期間とか目標みないなゴールが定義されていて、スタートからゴールまでの計画をしっかり立てて実行されるものだな)も、クエストとして捉えてこなしてきたんだよね。
理由? 何となくその方がやる気が出るから。
プロジェクトって言うと、どうも堅苦しいイメージがついて回るから、プロジェクトそのものや、プロジェクトの中のタスクをクエストと捉えて取り組むようにしてる。その方が、ゲーム好きの俺としてはやる気が出るからね!
なので、字面からは遊び心が滲んでるかもだけど、ちゃんと真剣に取り組んでるんだ。
クエスト『トイレ事情を改善し、尻を守れ!』の時だって真剣だったんだ!
──こんなこと言うから信じられなくなるんだって?
ごもっとも。
さて、そんな些末事は置いておくとして。黒呪病である。
ミルル村で猛威を振るっている黒呪病。まだ村が崩壊するレベルではないけど、多分このまま何も対処しないと大変な事になるのは目に見えている。
だから、俺は俺にできることを、俺のできる方法でやることに決めた。
まずやるべきこと。それは『仲間を募る』ことだ。
というわけで、村長さんに村人全員を集めてもらった。
でも、村長さん、自身が体調不良で起き上がるのが辛い状況らしいから、結構精神的に追い詰められちゃっているようである。なので、今のところ症状のないヒロキ君に具体的な手配をお願いしたんだけど、ヒロキ君もちょっと参っちゃってるみたい。
見捨てられたという状況を一番実感している一人だし、村長さん──つまりはお父さんが黒呪病かも知れないって状況だから、仕方ないとは思うけどね。
一応、村長さんに変わって黒呪病対策の旗振りをするかどうかをヒロキ君に聞いてはみたけど、そんな精神状況だからか良い返事は貰えなかったんだ。
なので、村の広場に動けるみんなを集めて、俺が前に立つ。
田舎コミュニティを舐めるなかれ。俺の存在や、行商人相手に啖呵切った話や、ヒロキ君の護衛に選ばれたことなんかはもう村中に伝わっているから、俺の存在に首を傾げる村人はいない。しかし、村長でもヒロキ君でもなく、俺がみんなの前に立っていることについては首を傾げてるみたい。
集まっている村人は、45人。元気な──つまり体調不良ではない──大人は来てねって話をしてたから子供は殆どいない。いても、家に置いておくのが不安な小さな子供が殆どだな。
……それにしても45人か。ミルル村の人口は193人で41世帯。お年寄りや子供を除いたとしても、平均して世帯当たり2人くらいは大人が居ると思うんだ。それを考えたら、半分くらいの大人は体調不良だってことだよね。そんな状況だから、免疫力が大人に劣るお年寄りや子供は……。因みに、集まった人の中にはルカ君もいるよ。
「動けるみんなには集まってもらったけど……」
不安そうなヒロキ君。気持ちは分かるけど、彼の協力は必要不可欠だから、隣に立ってもらった。
「ありがとう、ヒロキ君。
──さて、色々忙しい中ご足労頂きありがとうございます。ご存じの方は多いと思いますが、イズミおばあちゃんの所に逗留しているアキトです。本来はこんな余所者が皆さんの前に立って話すなんてことはオカシイのですが、ヒロキ君と一緒に、謎の体調不良によって危険な状況にあるミルル村を改善するために旗振りをさせて貰うことになったので、まずはそのご報告です」
「は? 何を言ってるんだ」
「お前さんは余所者だろう? でしゃばるんじゃないよ!」
うん。思った通りの反応だ。勿論、全員が全員そう言う反応ってわけじゃないけど、間違いなくアウェーだ。
サクヤ嬢やマサキ少年たち、ルカ君なんかははらはらした様子でこっちを見てる。それに、よく見たらマリちゃんも不安そうな顔してるね。
でも、思った通りの反応だから焦ることは無い。ただただ笑顔で村人の皆さんに相対する俺。
俺が何も言わないのを良いことに、次々とアウェーな言葉が飛んでくるけど、一切返事をせずニコニコ顔。最初は野次や悪口も混ざった批判が巻き起こってたけど、徐々にその勢いも衰えてくる。そして、次第に、俺が何も言わないでにこにこしていることに疑問を持ち始めたのか、ざわつきが収まって来た。
「仰りたいことはこれで全部ですか?」
煽るような俺の発言に、まだ少しざわつき、ちょっとした怒号も出たりした。だけど、また暫く黙っていたらざわつきが収まってくる。話し相手が話さないと言うこと無くなっちゃうもんな。
「はい。皆さんのご意見は良く分かりました。ごもっともだと思います」
分かってないけどね。というか、殆ど聞き流してたから何言ってたか記憶に残してないけども。
「ですが、それは全て無視します。私は、私に良くしていただいたイズミおばあちゃんやその家族を救いたい。それには、このミルル村全体からこの謎の体調不良を取り払う必要があるのでそうします」
「ふざけるな! 馬鹿にしているのか!」
「はっ、所詮は余所者だものね!」
今度は明確な怒号が飛び交った。まぁ、そりゃそうだよね。自分たちの意見は無視して進めるって言われたわけだから、腹も立つよね。
俺の正直すぎる発言に、隣に立っているヒロキ君は顔を真っ青にしちゃってる。うん、何てこと言うんだこいつって思うよね。でも、多分だけどその場しのぎの言葉じゃみんなには伝わらないと思うんだ。
それに、俺は聖人でも何でもないから「みんなを救いたい」なんて思えないんだよ。他人よりも知り合いを優先するし、知り合いよりも家族が大事だ。それに、俺に敵意を向けている相手に手を差し伸べたいとも思わない。
でも、だからこそ、村人のみなさんの意見も分かるし、苛立ちも理解できる。だけど、俺が村人のみなさんと同じ立場だったら、同じように怒号を飛ばしただろうか? ──答えは否だ。
「……では、みなさんの誰かが旗振りをしますか? 責任をもって、ミルル村を救いますか?」
ざわつきがある程度収まったタイミングで言ったその言葉に、今度は静寂が訪れた。
誰も、何も言えないでいる。
「我こそはという方がいらっしゃるなら、この立場をお譲りします。いかがですか?」
ここで誰かが手を挙げてくれるなら、本当にその人にお願いしても良いと思っている。
けれど、暫く待っても誰も手を上げる人はいなかった。
「では、ヒロキ君と私が旗振りをするということとさせて頂きますね」
俺は笑顔だけど、村人の皆さんは微妙な表情だ。文句はある。けれど、それを言う為には自分が代わりに責任を負う必要がある。そのハードルを越えて意見を言える人は居なかったというわけだ。
「では、まず初めに皆さんへの依頼です」
そう言うと、視線を逸らしていたみんなが俺の方へ目を向けた。
「正直言って、今のミルル村の状況は絶望的です。この難局を乗り切るためには、一致団結する他ありません。だから、ヒロキ君や私の依頼は確実に遵守頂く必要があります。内輪で揉めている余裕は無いんですよ。──だから、その約束ができない方は容赦無く見捨てさせて頂きます。なので、約束できない方は今すぐお帰り下さい。勿論、約束頂ける方には私の出来うる最大限の誠意をもって対応させて頂くことを、この場でお約束します」
そう言って俺は村人を見渡した。
……うん、迷ってる人が多いね。
人間は感情を持ってるから、例え筋が通った話だったとしても反対したい事だってあるから。──まぁ、半分残れば御の字かなぁ。
「私は残るよ」
お。
誰かと思ったら、マリちゃんだった。
「領主様からも見捨てられたんだから、私たちでどうにかするしかないじゃん。……でも、私はどうしたら良いか分からない。何をしたらいいのかも分からない。だけど、アンタは何か策があるんでしょ? 何の策も無くみんなの前に出てくる奴じゃないのは、何となく分かるから」
意外な展開だった。
村人の中でも結構キツめの対応をされていたマリちゃんが、こう言ってくれるなんて思ってもみなかった。
……ていうか、領主様から見捨てられた件は一応内緒にしてた筈なんだけど、もうみなさんご存じなのね。村コミュニティ恐るべし。
「うん。それが有効な手かどうかは分からないけど、試してみたいことはある」
「じゃぁ、任せる。私は一つも思いつかないもん」
「ありがとう、マリちゃん」
「馴れ馴れしく呼ぶな!」
おぉ。マリちゃんはまだまだ元気そうで何よりだ。
でも、嬉しいね。俺がこの村に馴染むだけの時間があったなら、別の方法をとることができたかも知れない。だけど、イズミおばあちゃんとこ以外とは殆ど交流を持ててない現状では、少しずつ信頼を勝ち取るなんて無理なんだ。だからこそ、色々思うところはあってもこうして支持してくれる存在は非常にありがたい。
「マリがそう言うなら、ワシも約束しよう。ワシも正直何をすればいいのか全く分からんからな」
「お父さん……」
マリちゃんの隣の男性──彼女の父親がそう口にした。
「皆もそうしてみないか? ヒロキ君も一緒に居るということは、村長もこの件に納得しているってことだろう。……次々にみんなが倒れていくのをどうにかする手立ては、正直ワシも思いつかん。このまま死ぬのを待つくらいなら、彼の案に賭けてみるのも悪くは無いとは思わんか?」
マリちゃんのお父さんの言葉に、一人、また一人と頷きを返す村人の皆さん。
確か、マリちゃんところはミルルの中でも発言力があるお家だったよね。
ありがたい。
協力してくれる人は多ければ多いほど助かるんだ。だから、ここはマリちゃんとマリちゃんのお父さんに感謝だね。
最終的に、村人全員が約束してくれたよ。
ミルル村のみんなに感謝だね。
だから、本当に気合入れてやっていかないといけないな。もう後には引けないんだから。




