26.クエスト『ミルル村を黒呪病から救え』
ねぇ、カネリン。ちょいちょい地球由来の名前が出てくるのって何で?
『そりゃぁ、ここが【グラウィス】を元にした世界だから──』
それじゃぁ辻褄合わないでしょ? この国、セオリツ王国だってそう。きっと瀬織津姫の由来だよね。日本神話の中じゃ天照大神様程の知名度は無いのかも知れないけど。
まぁ確かにさ、【グラウィス】は世界展開してたから、色んな神話や神様をモチーフにしたキャラクターやイベント、設定を用意したよ。それに、作ったAIには日本由来の神様の名前を多くつけた。でも、ここは【グラウィス】じゃなくて『グラース』でしょ? 似て非なる、全く別物だよ。この世界は、この世界の人たちやナギやナミ、カネリンたち神様、ラスクさんみたいな神霊が創り上げた立派な世界だ。
ここに居るのは【グラウィス】のキャラクターなんかじゃなくて、本当の人や神霊だ。理解していたつもりではあったけど、サクヤ嬢やラスクさんを見てて実感した。
『そっか。でも、大した事情があるわけじゃないんだけどね。この世界は地球と違って神様と人との距離が近い世界だからだよ。偶に神託とかで神様と会話したりする人たちが広めたのが始まりだね』
ははー、なるほどねぇ。……本当に大した理由じゃなかったね。
『まぁねー。それに、神霊が力を付けて神様に名前を貰うことがあるんだけど、地球由来の名前はクールだってことになってるから、寧ろそれを希望する神霊も多いよ?』
クールなんだ。
なんだ。もう少しこう……、実は地球と繋がりがあってー、みたいな話が出てくるのかと思ってたのに。
『あはは。……ごめんね。がっかりさせちゃった?』
いや、そんなことは無いよ。転生させてもらった時に、もう未練は断ち切ったつもりだからさ。
っと、それどころじゃないね。ほら、そろそろラスクさんとサクヤ嬢の儀式? が終わったみたいだよ。
「どうですか? 私の姿が見えますか?」
「み、見えます! わぁ、凄い綺麗な方……」
「ふふ、ありがとうございます」
ほほぅ、こうやって人と神霊が絆を結ぶんだ。
『そうだねー。ラスクさんみたいに名前を持ってる神霊は、名前がトリガーになってることもあるね。でも、神霊が気になった人間に勝手に力を貸すってケースが圧倒的に多いかな。何せ、神霊を感知できる人は少ないからね』
そりゃそうか。基本的にはそうなっちゃいそうだよな。
『だね。だから、こうして双方向の絆を結んだ人と神霊は、特別だよ』
でも実際凄くない? サクヤ嬢、俺が見てもちょっと変わったのが分かるよ。
何て言うのかな、薄っすらとサクヤ嬢を黄金色のオーラみたいなのが見えるよ。あれ、今ラスクさんから出てるオーラみたいなのと同じ色だから、神霊と絆を結んだ結果なんでしょ?
『そうだね。ここまで劇的な変化があるのは本当に凄いことだよ。これ、ラスクさんの神霊としての力だけじゃなくて、サクヤ嬢のポテンシャルも影響してそう』
そうなんだ。じゃぁ、俺は結構凄いことに立ち会えちゃってるんだね。
そうやって、カネリンに状況を説明してもらっていると、ふいにラスクさんと視線が合った。
「アキトさん」
「はい、何でしょう?」
「鑑定が使えますよね。サクヤさんを鑑定して、スキルとかを教えてあげてもらえない? 本当は時間をかけて自分の力を自覚して磨いて行くのが良いのだけど……、一刻を争う状況だから」
「それは別に構いませんけど……。サクヤは良いの?」
完全に個人情報だよね、鑑定結果って。
「はい。アキト兄さんなら構いません。それに、もし、私が力を得られているんだとしたら、知りたい。それが、おばあちゃんを救えるかも知れない力だったら!」
真剣な目でこちらを見てくるサクヤ嬢。
そこまで都合の良い話があるのかは正直疑問ではあるけども。
『分からないよー。発現するスキルは、その人の想いが元になることも多いから。剣が上手くなりたい人は剣術スキルが、商売繁盛させたい人は算術とか鑑定とか。それに多分だけど、ラスクさんは、サクヤの優しい心根から発現するスキルに賭けて、今このタイミングでサクヤと絆を結んだんじゃないかな?』
なるほど、そういうことなら鑑定させて頂きましょう。
今一度、ラスクさんとサクヤ嬢に視線を送ると、二人とも首を縦に振ってくれた。
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【名前】 サクヤ 【年齢】 18歳
【状態】 良好
【総合戦闘力】 4278
【筋力】28 【体格】20
【敏捷】33 【器用】53
【魔力】42 【知能】39
【スキル】
浄化Lv3、弓術Lv2、念話Lv2
【特性】
遠見、暗視、気配察知
【加護】
神霊ラタトスクの加護
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もっと詳細を鑑定しようと思ったらできるけど、そこはほら、能力的なところとは関係ないものになりそうだったから、とりあえずここまでで。
この内容をラスクさんとサクヤ嬢に共有する。
総合戦闘力って何ぞや? みたいな質問もあったけど、そこはカネリンが言ってくれたことをそのまま喋るという荒業で乗り切る。4000ちょいってなると、オーガ以上、ミノタウロス未満って感じ。騎士団で言うと、戦力自慢の隊長格と良い勝負ができるレベル。うん、村人の戦闘能力じゃないね。勿論、元々のサクヤ嬢のポテンシャルあってのことなんだろうけど。ニルギイノシシを一人で簡単に仕留めちゃう弓の腕があるからね、サクヤ嬢。
あと、カネリン曰く、最初っからスキルレベルが2以上あるのもレアケースなんだって。大体、スキルは1つでレベル1からっていうのが普通らしい。
まぁそうだよね。神霊と絆を深めていってスキルを磨いていくんだからさ。そこを飛び越えちゃってるサクヤ嬢は本当に凄いらしい。
──俺? 俺は別枠でしょ。相手も神霊じゃないし色々下地があったし。多分だけど、転生するときの6年間で色々あったはずだし。
だから、浄化Lv3っていうのが本当にね。奇跡なのか、サクヤ嬢の想いなのか、その両方なのか。
分からないけど、これは絶対今必要な力だよ。
弓術はサクヤ嬢のこれまでの努力が実を結んだ結果になるのかな。特性にあるのは、どれも薄暗い場所もある森の中で、自然に紛れている獲物を見分けるために必要な技能だと思うから。
念話はラタトスクさんの特徴から来るスキルなのかな? 【グラウィス】には世界樹ユグドラシルが存在するんだよね。だからグラースに世界樹に似た何かがあったっておかしくは無い。北欧神話ではユグドラシルに住んでいるリスって言われてるし、フレースヴェルグって鷲と、ニーズヘッグってドラゴンの会話を中継して対立を煽りまくってるって話だから。ご本人は楚々とした美人さんだからそんなことはしないだろうけど、多分。
「流石ね、サクヤ。浄化なんてまさに打ってつけだわ」
「これは、本当なんですよね? 私、本当にこれだけのスキルが使えるように……」
「そうじゃないか? 浄化が具体的にどんなスキルで、何ができて何ができないのかまでは検証が必要だと思うけど、浄化スキルを持っているのは事実だ」
「そう、なんですね。ありがとうございます!」
サクヤ嬢がそう言って、勢いよく頭を下げた。彼女の長いプラチナブロンドの髪がふわりと舞う。
「いいえ、私は少しお手伝いをしただけ。これは、サクヤの想いがあってこそ実った力ですよ」
「ラタトスクさん……」
「サクヤも、私のことはラスクと呼んでください。その方が、お友達になれたような気がするじゃない?」
「……分かりました。ラスクさん」
良いね、美女と美少女の絆。
隣で見てるだけでも眼福である。……と思いながら二人を見ていると、サクヤ嬢と目が合った。
「兄さんも、ありがとう」
「え、俺? 俺は何もしてないよ?」
「ううん。兄さんが居なかったら、私はきっとラスクさんが居ることに気づいていなかったと思う。それに、仮に気づけたとしても、神霊と絆を結ぶことを躊躇っちゃったかも知れない……。だから、今こうして、おばあちゃんやマサキ達、ミルルのみんなに必要かも知れない力を得ることができたのは、兄さんのお陰だと思うから」
「いやいや、それは流石に言い過ぎ……」
「それだけサクヤにとってアキトの存在は大きいってことよ。それは間違いないのだから、素直に感謝を受け取っておきなさい?」
ラスクさんにもそんな事を言われてしまった。
いや、本当にそこまで力になれたとは思えないんだけど。
『良いんじゃない? それに、力になれてないって思うんだったら、これからもっと力になれば良いだけじゃない』
「いや……、まぁ、正直そこまで役に立ってないだろうっていうのが本音ではあるけども。うん、感謝の気持ちは受け取っておくよ」
「ふふ、照れてますね」
ラスクさんにまでそう言われるくらいには、きっと変な顔をしてるんだろうな、今の俺。顔が熱いもん。正直、ちょっと逃げたい気分。
「でも安心して、サクヤ。貴女のお兄さんは、本当に凄い人だからどんどん頼って良いわ。何せ、神霊じゃなく、神様がついてるもの」
「えぇ?!!」
いや、確かにそれはその通りではあるけども。
「俺自身はどこにでも居る人間だよ。神様の力? を使えたら、ミルル村で蔓延してる病気? も綺麗さっぱり消しちゃえるだろうし」
できることとできないことがある。そして、できることはそう多くは無い。ちょっとカネリンや、ナギやナミと仲が良いと言っても、俺自身が凄いわけじゃないからね。
「あら。でも、家族のために全力を尽くすことはできるでしょう?」
「それは、まぁ」
「では、私たちは神様の加護を得たようなものですね」
ラスクさんの笑顔と、若干申し訳なさそうにしながらもどこか期待しているような表情のサクヤ嬢と。
色々反則でしょ、これは。
◇◇◇
サクヤ嬢とラスクさんから激励を受けた俺。
ちょっと卑怯だとは思ったけど、サクヤ嬢もラスクさんも全力でこの状況を打破しようとしているのは間違いない。サクヤ嬢は早速浄化スキルを色々と試してるみたいだ。ラスクさんも、そんなサクヤ嬢と一緒にスキルの効果的な使い方を検討してくれている。
そんな二人を見ると、俺も全力で応えないととは思うよね。
それに、何となく思うんだ。
『俺がこういうことに巻き込まれるよう、仕組んだんじゃないの?』
誰が、とは言わないけど。
すると、俺の言葉にカネリンが応えた。
『あはは、やっぱりバレちゃうよねー』
地球の頃から考えたらそこそこ付き合い長いしね。それに、何たって一応生みの親ですから。
ナギやナミ、カネリンたちが、善意で俺の為に転生を用意してくれたっていうことは疑って無いんだ。凄く嬉しかったしね。それに、地球では死んだんだろう俺を騙す理由も思い当たらないし。
とは言え、俺っていう異物は、多分グラースにとって劇薬にあたるんじゃないかな。まぁ、グラースは広いから、局所的に効く劇薬ってことになるんだろうけどさ。だから、折角転生させるなら、役立つ場所に転生させるよね。
『だって、アキトほどの力を遊ばせておくなんて勿体ないじゃない?』
いや、俺の力はナギやナミ、カネリンがくれてる力でしょ? 俺だけだったら基本無力だよ、グラースじゃ。
体だってナギやナミからの贈り物だし、スキルも同じ。カネリンのサポートがあるから、大した苦労無く生きていけてる。うん、改めて言葉にすると俺の無能っぷりが酷いな。
『あはは。でも、それは違うよ。アキトの一番の魅力は私たちを作り出したり、【グラウィス】を創り上げたりできる気概だよ。ステータスには表れない、アキトの力』
好きなことを好きなようにやって来ただけなんだけどなぁ。
『好きなことをできるっていうのも、一つの力だよ。 でも、勘違いしないでね。正確には、私たちはアキトにこういう問題を解決して欲しいとは思って無いの。アキトが生きたいように生きてくれるだけで満足なんだ』
分かってるよ、それは。敢えて言語化しなくても、その辺の機微は理解してるつもりさ。それに、それくらいのお願いで気を悪くするほど薄っぺらい関係でもないでしょ?
『あははっ。アキトらしいや。こういう問題をそれくらいって言っちゃうのも含めて』
ハハッ。でも、俺にできる範囲でしかできないけどね。
と、まぁ、そんな訳で覚悟もできたし。気合入れてやりましょう。
──クエスト『ミルル村を黒呪病から救え』




