24.話し相手
宿泊小屋近くの川はきっと使えないだろうということで、プログラミング魔法で無理やり水を出して体を洗った俺。血がなかなか落ちなくて大変だったけど、頑張った。
あと、火魔法で草原が延焼しても嫌だったので、同じくプログラミングの水魔法でアフターケア。
因みに、そのタイミングだと、もう盗賊──じゃないね、襲撃者で生き残っている人はいなかった。だから、遺体は一応土に埋めて簡単に供養させてもらったよ。──ま、自己満足だけどね。
そんな後始末もちゃんとやって、俺たちはミルル村に戻った。
ルカ君は来なくて良い……というか、疫病蔓延中の村には来ない方が良いかと思って聞いたんだけど、この辺りは他に村も無いし、ナンテールに行けないならミルル村でできる限りの旅支度をさせて欲しいという話だったので、全員で移動した。
ミルル村に戻るって言った時は、ヒロキ君もサクヤ嬢も反対してたけど、事情を話したら納得してくれた。
そして今、それと同じ話をミルル村で、村長たち相手にしているところだ。
「では、我々は見捨てられたと、そういう訳か?!」
村長の、驚愕の声が響く。
話の内容を鑑みて、この場には最低限の者しか集まっていない。
使者だったヒロキ君と、護衛の俺たち。あとは冒険者のルカ君のみだ。
「はい」
俺が代表して話をしている。
「街道が、ハヤ川を境に封鎖されています。また、川沿いにも衛兵やリンバート子爵の私兵が巡回していて、渡河する者を処罰しているようです。……あってるよね、ルカ」
「うん。実際この目で確認しているからね」
「むぅ……」
ルカ君のことは村長も知っていて、信用しているようだった。その相手から実際に見てきたと言われたら、目を背けたくなるようなことでも事実として認めざるを得ないよね。
「俺たちが泊まった小屋が何者かに襲撃されました。そいつらはハヤ川の方からやってきたので、子爵達と無関係とは考えられません」
「だね。もし本当に盗賊なんだとしたら、子爵の騎士団や衛兵が黙ってないはずだ。それに、川周辺は常に誰かが巡回してるんだから、20人以上の盗賊団が見つからなかったとも考えにくい」
ルカ君の補足説明を受けると、村長は頭を抱えてしまった。
……まぁ、仕方ない。唯一の頼みだった子爵への陳情が不可能となったのだ。しかも最悪な形で。封鎖されただけじゃなく、殺そうとされたわけだからね。何とか監視の目を掻い潜ってナンテールへ行って子爵に直訴できたとしても、陳情を受け入れてくれる可能性は……ほぼ無いだろうな。話を聞くつもりなんて無さそうだし。寧ろ口封じに殺されちゃいそうだ。
「なんと、なんという……。終わりだ、ミルルはお終いだ」
村長も、体調不良なんだよね。まだ斑点は出てないみたいだけど、きっとただの風邪じゃない予感があるんだろうな。
……キツいね。
ヒロキ君もかなり参っているみたいだ。
◇◇◇
村長たちには、少し時間が必要だと思った俺たちは、村長宅から引き揚げた。
ルカ君がどこに泊まるのかって話はあったけど、とりあえずまだ発症者が一人もおらず、部屋が余っているイズミおばあちゃんの家に行こうという話になったので、彼も一緒だ。
イズミおばあちゃんにただいまを言って、状況を説明し、一旦自分の部屋に。
そう多くない荷物を置いて、ベッド代わりのマットに腰を下ろした状態で疲れが溜まった足をマッサージしていると、ラスクさんがやってきた。
「ラスクさんが俺の部屋に来るのって初めてじゃないですか?」
「確かにそうですね。アキトさんがこの部屋を使い始めて、初めて入った気がします。綺麗に使っていただいているようで嬉しいです」
そりゃぁね。自分の家の自分の部屋だったら、結構ずぼらに管理しちゃうけど、他人様のお家だからね。家族同然に扱ってくれてはいるけど、これは別だ。親しき中にも礼儀あり、だ。
ただ、やっていることは開発スキルで全てが完結していて、スキルのON/OFFで全部バーチャル空間、AR的な空間に展開されるから、現実の場所が雑然とすることが無いから部屋が汚れないんだ! 素敵過ぎる!
それに、私物が殆ど無いからね。……あぁ、マンガとか久しぶりに読みたいなぁ。
「こちらこそ、こうして部屋を頂けて助かってますから。それで、俺にどんな用ですか?」
「えぇとですね。ちょっと厚かましくて、無茶なことをお願いしに来ました」
おぉぅ、いきなりそう言われると緊張しちゃうね。
「それは怖いですね。できる限りのことはさせて頂くつもりですけど、一体どんなお願いですか?」
俺がそう尋ねると、ラスクさんの表情が真剣なものに変わった。普段、見る者を癒す優しい笑みを絶やさない彼女の、こんな表情を見たのは初めてだ。
「ミルル村を……、いえ、イズミとサクヤを救って下さい」
ラスクさんはお腹の前で手を重ね、深々と頭を下げた。絹糸のような美しいブロンドが肩からさらりと流れる。
その姿に、俺は一瞬見惚れるように惚けてしまったが、直ぐに我に返って声を上げた。
「ちょ、頭を上げてください。そういう話なら喜んでお受けしますけど、どうしたんですか、急に?」
俺の言葉を受けても、ラスクさんは暫く頭を下げたままだった。
ややあって、ゆっくりと顔を上げるラスクさん。いつもの優しい笑みがそこにあったので、ちょっとホッとした。
「黒呪病、でしたっけ。今ミルル村を襲っているものから、イズミとサクヤを救って欲しいのです。……神族神霊の友であり、創世神や知識神の加護を持つ、貴方の全力をもって」
「……俺の特性や加護のこと、ご存じだったのですね」
ラスクさんに、神族神霊の友の特性や、加護のことは話していない。イズミおばあちゃんやサクヤ嬢にも話していない。
それでも、ラスクさんがそれを知っているということは、彼女がそういうものを看破するスキルのようなものを持っているという事だろう。
驚きはしたけれど、納得してしまう面もあった。何せラスクさんだからね。お姉さんは何でもお見通しっぽい。
「えぇ。不思議なオーラを纏う方だと、初対面の時から思っていました。失礼とは思いましたが、確認させて頂きました」
「それは別に構いませんよ。隠したくて隠していたというよりは、説明するのが難しくてできなかったというだけですから」
「それもそうですね」
うん。口元に手をあてて笑う姿はもういつも通りのラスクさんだ。
でも、気になるよね。ミルル村ってよりも、イズミおばあちゃんとサクヤ嬢を救って欲しいって言うのが。それに、マサキ少年とかが入って無いのも気になる。勿論、最初にミルル村って言ってるくらいだから、ラスクさん的には気にかけてはいるんだろうけどね。そうなると、イズミおばあちゃんとサクヤ嬢だけが別枠ってことになるんだよね。さて、ラスクさん視点で、そこにどんな違いがあるんだろう? イズミおばあちゃんだけなら何となく想像はできるんだけど、サクヤ嬢も含むとなると分からないな。
「それで、最低でもイズミおばあちゃんとサクヤは救って欲しいみたいに受け取れましたけど、その理由は教えていただけるんですか?」
「勿論です」
ラスクさんがそう言った時だった。
部屋の扉がノックされた。
「はーい?」
ラスクさんに、ジェスチャーで少し待って欲しいと伝えて、俺はノックに応えた。そしてベッドから立ち上がって扉を開く。
そこには、サクヤ嬢がいた。
「サクヤ、どした?」
俺がそういうと、サクヤ嬢は怪訝そうな視線を俺──というよりは、俺の部屋の中へと向けて首を傾げた。
「ねぇ、アキト兄さん。話し声が聞こえてきてたけど、誰と話してたの?」
俺の部屋に、俺以外の人は誰も居ないことを、サクヤ嬢は不思議に思って訪ねて来たようだ。




