22.ミルル村の状況
何とか、宿泊小屋に迫ってきていた盗賊21人の無力化に成功した。
半数以上は死亡した。──いや、殺した。
残り半数近くも虫の息。このまま治療しなければ死に至るだろう状況だ。──殺すつもりで臨み、殺しきれなかっただけだ。
火魔法で火達磨になり即死した者、……即死出来ず、今もうめき声を上げる者。
土魔法で穴に落ちて即死した者、……即死出来ず、地中で藻掻く者。
山刀の餌食となり即死した者、……大怪我を負い、倒れ伏す者。
全てが俺の決断の結果であり、俺自身で行った惨劇だ。
全身は血に塗れ、足元には血に、脂に塗れたマチェットが転がり、鼻をつく異臭が立ち込める朝焼けの街道。
比較的汚れがマシな左腕の肘裏あたりの服で目元の血だけを拭い、起動した開発スキルで索敵魔法の画面に目を向ける。
「他の盗賊は?」
『……川向うにいるっぽい20人くらいの集団は相変わらず。後ろに居た反応は、途中から消えちゃった』
そうか。
「じゃあ、目標は達成したと思っていいかな?」
ふぅ、と、大きな息を吐く。
今になってまた、手や足が震えてきた。……馬鹿らしい。何を今更……。
◇◇◇
「アキト兄さん!」
するはずのない声を耳にして、俺は振り返った。
そこには手を振りながらこちらへとやってくるサクヤ嬢の姿と、その後ろにヒロキ君。そして、見知らぬ誰かの姿があった。
え、どういうこと?
『理由は分からないけど、戻ってきちゃったみたいだね。……アキトがぼーっとしている間に、何かあったんだと思うよ』
そ、そうか。
結構放心しちゃってたのかな?
『まぁ、ね。仕方ないよ。……大丈夫?』
ああ、大丈夫だ。とりあえず、サクヤ嬢たちの話を聞こうか。
足元に落ちたままだった山刀を拾って、その辺の草で適当に血を拭ってから鞘へと戻す。そうしているうちに、物凄い勢いで駆けてきたサクヤ嬢が直ぐ傍までやってきた。
「怪我は?!」
「ああ、大丈夫。怪我は無いよ。これは全部返り血だから」
俺は勿論血塗れだけど、俺の周りも大変な事になっている。そんな中を構わず駆け寄ってきたサクヤ嬢の足元も血で汚れてしまっていた。
それどころか、俺の言葉が信じられないのか、ペタペタと腕や体を触って本当に怪我が無いかを確認するサクヤ嬢。手は血で真っ赤になっている。
「本当に? 本当に?」
「いや、本当に大丈夫だから。汚れるって」
軽くその場でジャンプしてみたりして、元気さをアピールする俺。それで漸く納得してくれたサクヤ嬢だけど、既に手遅れで結構血で汚れてしまっていた。
「本当に大丈夫なんですか?」
遅れてやってきたヒロキ君も心配そうにこっちを見ている。
うん。まぁ、本当に真っ赤っかだから信じられない気持ちは分かるんだけど、本当に無傷だからね。
「大丈夫大丈夫。それよりどうして戻ってきたのさ? あと、そちらの方は?」
ヒロキ君の傍には、サクヤ嬢よりはやや背が高く、ヒロキ君よりは低い軽鎧と外套を身にまとった人がいる。赤い目が印象的だ。
「まずは僕の自己紹介からさせてもらいますね」
そう言って、黒髪さんが笑みを浮かべた。
「僕はルカ。冒険者をしているんだ。ヒロキから聞いたよ、アキト君、で良いのかな?」
「ああ、アキトだ。よろしく」
ルカと名乗った冒険者は、サクヤ嬢と同じくらいに見えた。
「彼は何度かミルル村にも来てくれたことがある冒険者なんだ。周囲の魔物や盗賊の討伐に力を貸してくれた腕利きなんだよ」
なるほど、とヒロキ君の説明に納得する。少なくともヒロキ君の顔見知りではあった訳だ。身元もはっきりしてるみたいだから、盗賊とは違うってことだろう。……見失っちゃった後方の反応は、ルカ君だったのかな?
ていうか、ヒロキ君が「彼」って言ってくれたから良かったよ。ぶっちゃけ、ルカ君が男の人か女の人か分からなかったんだよね……。
黒髪のショートカットで、肌は凄く綺麗。見ようによっては可愛い系の女の子にも見える顔立ちだからさ。外套──多分防寒も兼ねた、足元までの丈があるマントを羽織ってるし、その下は軽鎧っぽいから、ボディーラインが良く分からないんだよ。声も男性にしては高めで、女性にしては低めってだけで判断に迷ってたから助かった。
あと、これはミルルの村の人たちにも言えるけど、グラースは美形が多いんだよ、男女問わず。ルカ君はその中でも群を抜いて中性的な美形だから、マジで分からなかった。
「腕利きだなんて……。僕なんかまだまださ」
「そんなことありませんよ。剣の腕も魔法の腕も凄いじゃないですか」
サクヤ嬢もべた褒めだ。
というか、サクヤ嬢も知り合いだったんだね。これでますますルカ君が敵じゃなさそうだってことが確認できた。
『うん、本当に強そうだよ、ルカ君。総合戦闘力8327。この国の騎士団長とかとも良い勝負ができるくらい強い』
マジで?! そりゃぁすごい。軽く俺の倍以上あるじゃん!
『倍は無いよ。アキトも色々あって総合戦闘力上がってるもん。魔法を開発して色々できるようになったし、魔力枯渇状態を頻繁に繰り返して魔力量も鍛えられたから、今は5034だね。オーガは余裕、ミノタウロスと良い勝負できる感じ』
マジか。俺も強くなってるんだ。
それに、あの苦しい魔力枯渇で魔力量って上がるんだ?
『うん。魔力枯渇で上がるっていうか、魔力は使えば使うほど鍛えられる。だから、アキトみたいに毎日魔力が枯渇するまでスキルを使うような生活をしてたら、どんどん鍛えられてる。勿論才能の壁はあるし、上がり方も人それぞれだけどね』
それは良いことを聞いた。使えば使うほど、開発スキルを弄っていられる時間が増えるんだな。
『……まぁ、間違ってはいないよ。うん。間違っては無い。 とにかく、偶には自分のステータスも確認するのをお勧めするよ』
だね。鑑定の持ち腐れだ……。
というか、カネリンがちょっと呆れてる気がするの何故なんだぜ?
──ま、それはそれとして、だ。
「ルカ君が二人の知り合いだったのは分かったよ。じゃぁ、どうしてこっちに戻ってきちゃったのか、教えてくれる?」
「あ、それは僕が説明するね」
そう言って、ルカ君が話してくれた話をまとめると、こうだ。
驚いたことに、ナンテールへの道が封鎖されているらしい。
ルカ君は、ノルドオー領からなる早でナンテールへ向かおうとして、街道を使わず直線で草原を突っ切ろうとしてたらしいんだけど、この先の川──名前はハヤ川って言うらしい──を渡ろうとしたら、リンドバーク子爵の私兵さんに止められたんだって。
子爵の私兵がこんな街道沿いに配備されているのも異常だけど、何人たりとも渡河が許可されていないんだとか。
だから、この街道を進んだところにも子爵の私兵や衛兵が詰めていて、検問みたいなのを張ってるんだって。橋の無いところも一定間隔で子爵の私兵と衛兵が立ってて、泳いででも渡ろうとしてる人がいたら取り締まってるらしい。……取り締まりに力入れ過ぎだろ。
そんな状況だからルカ君もどうしたもんかと悩んでて、一旦ミルル村で様子を見させてもらおうとしたんだって。だから、草原から街道に出てミルル村に行こうとしたらしいんだけど、そこで怪しい集団を見かけたら遠目に様子を伺ってたらしいんだ。そしたら、小屋からヒロキ君とサクヤ嬢が出ていく様子が見えたから、護衛のために合流したんだって。
「だから、今、ナンテールに行くのは難しいんだ。きっと川も渡れない。正確に言うと渡った瞬間に拘束されるか、最悪殺される」
「本当に? 殺されるまであるの?」
俺が聞くと、ルカ君は首肯する。
「夜闇に紛れて川を渡った冒険者が居たんだけど、対岸で切り殺されちゃってたよ」
マジかよ。これが国境とかならまだ分からんでも無いけど、セオリツ王国の中の話だろ? いくら何でも厳重過ぎやしないか? これじゃぁ取り締まりって言うか……。
『封鎖、だね。ちょうど、さっきの盗賊の解析結果も出たけど聞く?』
嫌な予感しかしないけど、聞くよ。
『端的に言うと、洗脳されて、無理やり狂暴化させられてた。自由意思を奪われて人を襲うように命令されている状態だった。一応、魔法でそういうことができるんだよね、対象者は廃人になっちゃうけど……』
魔法って、そんな事もできるんだね……。
『うん……。多分だけど、小屋にいる人を襲うように言われてたんだと思う。最低限のチームワークは保ってたけど、アキトを見つけてからは一直線に襲ってきたでしょ? 複雑な命令はできないから、あんな不自然な動きになったんだね』
道具は何でも使いようだけどさ、こういう使用例を聞くとやっぱりげんなりしちゃうよな。
おっと、今はそんな感想よりも現状分析だ。だって、一種の洗脳状態にあって、無理やり俺たちを襲うように仕向けられていたとなると、前提が変わってくるからね。
俺は彼らを、この辺りのどこかを根城にして村や旅人から略奪を繰り返している盗賊集団の一つだと考えていた。それは、サクヤ嬢から、俺がミルル村に来る少し前に盗賊騒ぎがあったことを聞いていたし、ミルル村に来た行商人も、最近この辺りで盗賊が出没するという話をしていたから、ナンテールへ向かうまでの間に遭遇する可能性があると考えていたからだ。
だからこそ、俺たちに不意打ちを仕掛けてきた集団を盗賊だと判断したわけだが、その実行犯が洗脳されていたとなると、本当に盗賊だったのかどうか疑わしくなる。
なぁ、カネリン、こんな洗脳魔法って、結構簡単にできたりするもんなのか?
『できないとは言わないけど、現実的ではないと思う。魔導具の補助なしの洗脳にはそれなりの期間が必要になるし、魔法の難易度も低くは無い。ある程度のお金と知識が無いと難しい上に、今回かけられていた洗脳と狂暴化の魔法は、対象を廃人にさせるほど強力で一方的な魔法だった。20人もの部下を一介の旅人に使い捨てにする盗賊は、まず居ないと思う』
確かにその通りだな。
これだけの洗脳、狂暴化の魔法を使える魔法師だったら、盗賊に身を落とすとも考え辛い。それに、どう見ても大金や高価な品を持っているようにも見えない俺たちに、洗脳した戦闘員20人を使い捨てにする理由も分からない。確実に仕留めたかったんだとしたって、なぜそこまでする必要があったのか疑問が残る。
しかも、その盗賊に扮した集団が来たのは川の橋の方──つまり、子爵の私兵やナンテールの衛兵が詰めているらしい場所の方からだ。彼らが全く関わり合いのない集団同士だと考えるのは、ちょっと難しいよな。
そうなると、今のこの状況は子爵主導の下で作られている可能性があるわけだ。
封鎖される街道。渡河の厳格な取り締まり。ミルル村からの旅人に対する襲撃──。
「なぁ、ルカ君、ちょっと確認なんだけど」
「何だい? 分かることなら答えるよ。 というか、もっと気楽に話してくれて構わないよ。名前も呼び捨てで構わないし、僕もアキトって呼びたいし」
「そう? それならお互い遠慮なしってことで。 ルカ、改めて聞きたいんだけど、ノルドオー領からナンテールへ向かうとして、街道は完全に封鎖されているって考えて良いのかな? 何とか、ナンテールへ抜ける道は無い?」
「うーん、どうだろう。少なくとも一番メジャーな街道は封鎖されちゃってるね。街道を通らず道なき道を進んだとしても、地形的に渡河が必須になるから、そこの警備に見つかるんじゃないかな? あとは、凄く遠回りになるけど西の方から大回りして向かうルートもあるけど、流石にそっちの状況は分からないなぁ」
なるほど。つまり、少なくともノルドオー領からナンテールへと向かう一般的な街道とその周辺は封鎖されてるわけだ。
「分かった、ありがとう。もう一つ聞きたいんだけど、ノルドオー領で疫病が流行ってたりしなかったかい? こう……、肌に赤黒い斑点ができるような」
「あぁ、黒呪病のこと? ノルドオー領に限らず北方や西方でそういう話が出てるよ。もう何か月も前から冒険者ギルドでは噂になってたし、国王様からも各貴族に対策を打つよう王命が出てたと思うけど」
「え、何それ。初耳だよ」
ルカの答えに驚くヒロキ君。サクヤ嬢も声こそ出さなかったが、同じ思いであろうことは表情から簡単に読み取れた。
「えぇ? そうなの? ミルル村にはその話来てないの?」
ルカもルカで、ミルル村の状況には驚いているようだった。
「ああ、来てない。この間の行商人もそんなこと言ってなかったし。……そういえば、ここ最近冒険者も全く来てないから村の外の情報あんまり知らないかもしれない。少し前の盗賊騒ぎで冒険者を呼ぼうとした時も、対応できる冒険者が殆どいないからって、村の中で解決させたし」
「そうだったんだ。行商人のことは分からないけど、冒険者は南のコーラル王国が大々的に冒険者を集めてるから、そっちに行ってる人が多いんだと思うよ。結構実入りが良い依頼がいっぱいあるらしくてね。僕もこの後はそっちに向かおうかなって思ってたくらいだからさ」
うーん、これは想像以上にマズい状況っぽいな。
早くミルル村に帰った方が良さそうだ。




