20.盗賊の襲撃から逃げ延びろ!
昔から、嫌な予感って結構当たるんだよ、俺。勿論、そういう体験の記憶が特に残ってるってだけかも知れないけど、何となく嫌な予感がするとその通りになったりする。プログラムのバグも、そんな予感をきっかけに見つけることもしばしばあるんだ。不思議なことに夢に見ることもある。で、次の日に夢で見た箇所をよくよく確認してみると、本当にバグを見つけたりもする。俺の周りだと、こういうの結構プログラマーあるあるなんだけど、そんなこと無い?
ま、そんなことはどうでも良いんですよ。
『嫌な予感が当たっちゃったね』
そうなんです。小屋で寝るにあたって、魔物なんかを警戒するために交代で休みを取ってたんだけど、明け方、俺の番の時に問題が発生した。
彼らは旅の集団ですか?
『いいえ、違います。彼らは盗賊です。きっと』
英語の教科書みたいなやり取りをカネリンとするくらいの余裕があるのは、まだ盗賊たちとの距離がそれなりに離れているからだ。
護衛の話が決まってから出発まで一晩しか無かったから、急ごしらえのプログラムではあるけど、一定値以上の魔力を保有する何かを検出する魔法を作り出した。名前はまだない。なぜなら、これは試作段階であってまだ完成には程遠いからだ。有効範囲も俺を中心に半径1キロ固定だし、何だか薬草みたいなちょっと魔力を帯びた植物も検知するし、当然のごとくそれが敵なのかどうなのかも分からない。
そして一番の問題が、神霊も検知しちゃうことなんだ。
いや、神霊を探すんだったらとっても便利なプログラムになると思うんだけど……、多いんだよね、神霊さん。だから、こういう索敵魔法で盗賊とか魔物とかを見つけたいときはちょっと大変なんだ。だって、この半径1キロ以内に200以上いるんだよ。普通に見たら蛍みたいで綺麗なんだけどなぁ。
そんな訳だから、この魔法はもう少しカスタマイズできてから、然るべき名前を付けようと思う。
その魔法で索敵してたわけだけど、ナンテール側から何かが21個こっちに近づいてきている。
それが何なのかカネリンに見てもらったら、全員がショートソードを装備していることが分かった。姿は分からないけど、ショートソードを持った21人が迫ってきてるんだ。きっと盗賊だろうね。
この辺り最近盗賊が多いとは聞いてたし、俺が来る前にミルルの村で盗賊騒ぎがあったって話もサクヤ嬢から聞いてたから、そこまで驚きはしないんだけどさ。流石にこの状況になると、日本とは違うんだなって思っちゃうよね。いくら夜明けでも、暴力で目的を果たそうとする20人越えの集団がやってくるなんて無いもんな。流石にちょっと緊張するわ。
それに、反応はその21個だけじゃない。700メートルくらい離れた場所に、反応が20個くらいあるんだよね。21個の反応と大体同じくらいに現れたけど、20個くらいの集団がその距離で止まってるんだ。何なんだろう、これ。
そして、ミルル村側──というにはちょっと外れてるんだけど、反対側にも反応が1個。 うーん、囲まれてる? ちょっとマズいな。
ちょっとここで地形を確認しておこう。
まずミルル村。今居る宿泊小屋から見て、大体北にある。俺達は街道沿いに南下していってる感じだね。
そして、街道をもう少し南に行くとそこそこ大きな川があって、橋が架かってる。この橋を渡って少し歩くと、別の街道に突き当たるんだ。その街道を左──つまり東へ行くとナンテールへ着く。因みに、右──西へ行くとお隣の伯爵様の領地、ノルドオー領の交易都市マルシェ=ブレになる。
無理やり図解するとこんな感じだね。
北 ミルル村↑
↑ ┃
┃
宿泊小屋■
川 ===橋===
←マルシェ=ブレ ┃ ナンテール→
━━━━━━━━━┻━━━━━━━━
だから、盗賊と思われる21個の反応は南側から近づいてきていることになる。そして、移動をしていない20個くらいの反応は、多分だけど川の反対側に居る。反対側の1個は、宿泊小屋から見て北西の方角にいる。街道沿いに居ないのがちょっと気になるね。
こんな場所だから、もし俺が盗賊だとしたら、間違いなく橋で襲撃する。まあ、宿泊小屋も一つのポイントではあると思うけど、橋の方が効率的に追い詰めることが可能だからだ。
色々とセオリーから外れてる気がするんだよね。他に人の気配が無いのも気になるし。
『で、どうするの? 今すぐって訳じゃないけど、盗賊たちはもうすぐここに来ちゃうよ』
そうだね。あと数分ってところかな。
なりふり構わず逃げるのが良いのかな、こんな時は。転生して、ちょっと魔法が使えるようになったって言っても、元は喧嘩もまともにしたことのない日本人だし。
『そうだね。流石に40人の盗賊に囲まれた状況なら、逃げたって誰も文句は言えないと思うよ。それに、アキトの生存率が一番高くなる選択肢は、間違いなく一人で逃げることだろうし』
だよねぇ。
『でも、そうしたくは無いんでしょ?』
あ、分かっちゃう? そうなんだよ。困ったことに、その選択をしようとすると、どうも心がモヤモヤするんだ。アガらないんだよ。そう、アガらないんだ。
『私は、アキトの選択を尊重するよ。それに、どんな選択をしたって、全力でサポートする。やったね、知識神のサポートなんかそうそう受けられないんだからね』
ハハッ、それは心強いね!
そうだな、俺には神様が付いてるんだもんな。
──んじゃ、心のままに、アガる選択をさせてもらおうか!
クエスト『盗賊の襲撃から逃げ延びろ!』発動だ。
「二人とも起きて」
俺が声をかけて軽く体をゆすると、サクヤ嬢もヒロキ君も直ぐに起きてくれた。寝起きが非常によろしいです。
まずはジェスチャーで静かにするように促してから、簡単に状況を説明し、とってもピンチであることを伝える。
「ちっ、何でこんな時にッ」
荷物や装備を身に着けながらごちるヒロキ君。そうだね、気持ちは良く分かる。
「悔やまない。襲撃前に察知できた幸運に感謝しよう。今はまだじりじりと近づいてきているだけだから、会敵までは少し時間がありそうだ。……と言っても、逃げられるかどうかは微妙なところだけど」
「後ろにも一人いるんだよね?」
「そうなんだよ」
サクヤ嬢の言う通り、後ろの一人が気になる。
数は勿論脅威なんだけど、この世界には魔法があるからね。たった一人が兵士百人分の働きをすることもあるだろうから、一人だからって油断できるわけじゃない。……まぁ、そんな手練れが盗賊にいるかどうかって話はあるんだけどさ。
「という訳で、サクヤ、ヒロキ君を連れて東に向かうんだ。幸い辺りは草むらで、匍匐前進すれば姿を隠せるだろうからこっそりとね」
「え、じゃぁアキト兄さんは?」
「ここで盗賊を迎え撃つ」
「無茶だ」
まぁ確かに、近づいてきているのが21人ってだけで、全体見たら40人以上いるんだもんね。そりゃ厳しいよな。ヒロキ君の見立ては正しいだろう。
「それでもだ」
小さいながらも、しっかりと意思を込めた声音に、ヒロキ君が息を呑んだ。
「良いかい? ヒロキ君が村長の手紙をリンバート子爵に届けるのが早くなればなるほど、ミルル村の生存者が増える。逆に、もたもたしていると死者が増える。──俺が囮になるだけで、時間を圧倒的に短縮できるんだ」
「でも……」
何かを言いかけたサクヤ嬢を手で制しながら、俺は続けた。
「君は今、村長の代理としてここに居るんだ。それを忘れちゃいけない。それに、俺だって死にたくないから適当なところで逃げるからさ」
まぁ、まともにやりあったらかなりの確率で死ぬだろうけどね。それは言わないお約束。少しでも、ヒロキ君の背中を押せるように付け加えたわけだけど、どうなるかな。
ヒロキ君は結構迷っているようだったけれど、直ぐに頭を振って顔を上げた。
「……お願いします」
「ヒロキ?!」
「オッケー。良く決断してくれた。 ……ってことで、護衛は任せたよ、サクヤ」
「……」
身を案じてくれるというのは素直に嬉しいよね。だけど、今は問答している時間は無いし、このほかの選択肢もない。俺が凄い軍師だったら、もっと効果的な選択肢を思いつけるのかも知れないけど、生憎、俺は俺でしかない。己の発想の範疇でしか、選択肢なんて浮かばないんだ。その中で総合的に考えて、これが多分最善だ。
サクヤ嬢のプラチナブロンドの髪に、ぽん、と手を置く。一回やってみたかったんだよな、これ! この後大変な目に遭うだろうから、これくらいは役得で許してほしい。
「必ず合流する。それまで、ヒロキ君を頼む」
「……分かった」
俺はサクヤ嬢に笑みを向け、手を離した。
「んじゃ、俺が先に小屋を出て火魔法で敵を引き付ける。その間にここを出るんだ。良いね?」
二人のしっかりとした頷きを見て、俺は開発スキルを起動した──。




