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19.ナンテールへの道中


 最初の異変は、村の倉庫のすぐ近くに住んでいる家族から始まった。


 覚えているだろうか? 俺が初めてサクヤ嬢とニルギの森に狩りに行った帰りに、村長の息子であるヒロキ君たちが立ちはだかった時にいた、ぽっちゃり君のことを。そう、ヒロキ君の取り巻きをしていて、イノシシの包みを落としちゃった彼だ。「くそ、普段なら何てことない重さなのに」なんて強がりを言っていた彼だね。その彼の家が、事の発端だった。


 ぽっちゃり君を含めた彼の家族全員は、少し前から倦怠感だったり、妙に力が入らなかったりと、体調不良だったみたいなんだ。ぽっちゃり君自身、『筋力強化』スキルの持ち主で、村の中でも働き者として有名だったらしいんだけど、どうもここ最近力が思うように出ない日が多かったんだって。本来は、イノシシくらい片手で持ち上げられるくらい力持ちらしい。強がりを言ってるなんて思ってごめんよ、本当に不調だったなんて思わなくてさ。

 で、彼の家族が病気で倒れたんだ。しかも全員。


 それだけなら『異変』だなんて騒ぐことは無いんだけど、その病状が問題だった。

 全員、体のあちこちに赤黒い斑点ができてるんだよ。これは明らかに普通の病気じゃないよね。この辺りにある風土病か何かかなと思ったけど、イズミおばあちゃんをはじめ、村のお年寄り方が揃ってこんな病気は知らないって言うんだから風土病の線は消えた。



「大丈夫だったんですか?」


 ぽっちゃり君の家の様子を見てきたというイズミおばあちゃんに問いかける。話を聞こうと、俺をはじめ、みんながリビングスペースに集まっていた。

 俺の質問を受けて、イズミおばあちゃんは俺と、みんなを順番に見やったけど、何もしゃべらなかった。ただ首を横に振るだけ。


「そんなに悪いんだ……」


 サクヤ嬢が沈痛な面持ちで呟いた。その空気を感じたのか、いつもは元気なキッズも不安そうだ。

 見かねたイズミおばあちゃんが、困ったような笑顔を浮かべる。


「近所の(もん)が看病しとるから大丈夫じゃ。意識もあることじゃしの。 じゃが、興味本位で覗きに行ったりしたら駄目じゃよ? 迷惑になるからの」


 迷惑になるのもその通りなんだろうけど、あんまり近づかない方が良いのはその通りなんだろうな。ただの風邪じゃないのは確かなんだろうし。



 そんな話があってから更に数日が経つと、同じ症状で倒れる村人が続出した──。



  ◇◇◇



 「おーい、ヒロキ君。ちょっと早すぎだよ。そんなに急いでると着く前にバテちゃうよ」


 ミルルの村が控えめに言って大ピンチな今、俺はナンテールへ続く道をてくてくと歩いている。直ぐ近くにはサクヤ嬢。そして、少し前にはヒロキ君。

 覚えてるかな? ナンテール。ミルル村を含め、この辺り一帯を修めているリンバート子爵のお屋敷がある街だ。領都とでも言うのかな? まぁ聞いた限りだとちょっと大きな街って規模らしいけど。


 で、俺たちが何でナンテールを目指しているかというと、村長さんから頼まれたからなのだ。


 ぽっちゃり君の家族が倒れて、奇病が村を襲っていることが判明した──と思われたミルル村だったんだけど、実は違ってたんだ。家族全員が倒れて、奇病を隠し切れなくなっちゃった最初の家がぽっちゃり君()だったというだけで、どうやら赤黒い斑点が体表にでちゃってる発症患者がいる家庭はそこそこあったみたい。みんな未知の病気に怯えちゃって、隠しちゃってたみたいなんだよね。

 勿論、隠すなんて選択は褒められたものじゃない。集団免疫の観点から言っても下策だ。だけど、ミルル村には医者がいるわけでもなく、薬に詳しい薬師がいるわけでもない。病気になったら、各家庭に伝わるお年寄りの知恵袋的な対処療法なのか気休めなのか分からないような処置をして快復を待つのが常らしい。うん、それは治療じゃなくてただの我慢であって、自然治癒だと思うんだけどね。ただ、そんな状況であの奇病にやられたんだ。何より見た目のヤバさが際立つ奇病だ。あの家のお子さん肌が赤黒くなる病気に罹ったんですって、なんて噂を立てられたら村社会からハブられるって思っちゃったんだろうなぁ。互助関係を失ったら、村の中で生活してても生きていくのは厳しいからね。だから、何とか隠して、快復すると信じて我慢するって選択をしちゃう心情は、理解できなくはない。


 そんな風に、潜在的な患者か結構いた状態だから、ぽっちゃり君の家のみんなが倒れてから三日後には、更に四つの家庭が全員倒れちゃったわけ。これは大変だと、村長の指示で全家庭を見回ってみたら、まぁ患者の多いこと多いこと。200人足らずの村で、発症者が41名、体調不良を訴えている者を合わせると87名が謎の奇病に罹っているんじゃないかって話になったんだ。


 これはヤバいと言うことになって、村長さんが領主であるリンバート子爵に窮状を訴える決断を下した。

 ナンテールまでは、大人の足で急いでも三日。商隊みたいに歩きと荷馬車の混合でゆっくり行くと四日程度かかる距離だ。道はあるものの、盗賊も獣も魔物も出るような場所だから、誰でも行けるってわけじゃない。しかし、村の中では腕利きで、こういったときに護衛をお願いしている大人たちは奇病を発症しちゃってたから、さぁ大変。しかも村長さんもここ最近熱っぽかったらしくて罹患が疑われる。


 誰が行くんじゃい?! ってなった結果、選ばれたのが、ヒロキ君と、サクヤ嬢と、俺。

 ヒロキ君は村長の付き添いでリンバート子爵に会ったことがあるらしいから今回の件の使者として選ばれた。護衛は揉めに揉めたけど、ニルギの森で獰猛な獣に分類されるイノシシを狩る力があって体調不良を訴えてない者という括りだと、サクヤ嬢しかいなかった。しかし、流石に二人は人数的に少なすぎるということで、余所者ではあるけど、イノシシは狩ることができて元気な俺にも白羽の矢が立ったというわけだ。というか、あのイノシシ、本当に結構強いらしくて、イノシシを一人で倒せるレベルになると村では一目置かれる人になるらしい。


『ちゃんと鑑定しないから……。ニルギの森のイノシシは「ニルギイノシシ」って名前がついてて、成体の平均的な総合戦闘力は1000くらいあるよ? オークとほぼ同じくらい』


 マジか。あの突進でオークと張り合えるのか……。それだけ強かったら強さの基準にはなるね。


『うん。しかも、このセオリツ王国では戦闘職の軍人さんが一人前って判断される目安が、オークの単独討伐だからね。一般的な新兵よりあのイノシシの方が強いんだよ?』


 落とし穴魔法『落とすんです』を発動して、一方的に攻撃して狩っちゃうから気にしたことなかったよ。



 と、話が逸れちゃったけど、そんなわけで、今、俺たち三人はナンテールを目指して、道をひたすら歩いているんだ。


「まだ村をでて一時間くらいだよ? ナンテールまで三日は掛かるし、道中何があるか分からないんだからもう少し落ち着いて行こう。急いては事を仕損じるってヤツだ」

「うるさい! それくらい分かってる!」


 うーん。ヒロキ君ご機嫌斜めですわ。


『正論で突っ込むからじゃない?』


 それはそうかも知れない。でもほら、ヒロキ君から俺への好感度、きっとマイナスじゃないですか。だから当たりも強いんだと思うんだよね。


『まぁねぇ。どう見てもサクヤちゃんの事大好きだろうから、対抗心は持ってるだろうね』


 そう言うこと。ここで良いところ見せておきたいって気持ちもあるだろうしね。勿論、根はまっすぐっぽいから、一番は村長さんや村の人たちが心配だってところだろうけどさ。


「村の人たちのことが心配なのは分かるけど、ちょっと早すぎるのはその通りだと思うよ。殆ど走ってるのと変わらないもの」

「……」

「ね? ゆっくり行こうとは言わないから、もう少しペースを落とそうよ」

「……サクヤさんが言うなら、分かった」


 見ましたか奥さん、この違いですよ。


『いや、確かに違うんだろうけど、サクヤちゃんのは言い方が上手だよ? 誰かさんと違って』


 確かに。ちょっとストレートに言い過ぎましたな、俺。



 なんとかヒロキ君はペースを落としてくれた。それでも十分早足ではあるんだけどね。

 まぁ、彼も日頃は農作業とか頑張ってるから、体力は人並み以上にあるんだし、これくらいでも大丈夫なんだろうけど。


「ありがと、サクヤ」

「どういたしまして」


 駄目な兄貴をちゃんとフォローしてくれて、無敵の笑顔を見せてくれるサクヤ嬢の有能っぷりに脱帽だ。

 ただ、惜しむらくはその笑顔をヒロキ君に悟られてしまった事だろう。睨まれてる、俺睨まれてるよ。



 まぁ、そんな感じの道中ではあったんだけど、ヒロキ君もバカじゃないし、子供と言うわけでもない。面白くない気持ちに蓋をして、ちゃんと俺とも会話をしてくれるし、それ以降はちゃんと言うことも聞いてくれた。勿論俺も、ヒロキ君の言うことをちゃんと聞いてるぞ。

 サクヤ嬢が絡まなければヒロキ君は素直なんだよ、本当に。体力を消耗しない程度の会話だったら普通に答えてくれる。一生懸命弓の練習をしてることとか、次期村長として、村長としてのお仕事のお勉強をしている話とかもしてくれる。多分だけど、ニルギの森で最初に会ったのがヒロキ君だったら、普通に仲良くなれてたんだと思うんだよね。


 そして、そうやって話をしていくうちに、徐々に態度も軟化してくる。今まで彼とこんなに話したことは無かったからね。

 一日目の野宿ポイントに着いた頃には、普通に会話ができる感じにはなっていた。


 誰が作ったのかは分からないけど、道沿いにある物置小屋のような小さな建物が今日のお宿。人が行き交う街道沿いには、こういった旅人向けの小屋がいくつかあって、空いてたら勝手に使って良いらしい。

 少し進んだところにそこそこの大きさの川が流れてるから、水に困らないというのもこの宿泊小屋の良いところだね。


「冬前のこの時期だと行商人とかが増えるから、先客がいて使えないと思ってたけど、運が良かった」


 そういって笑顔を浮かべるヒロキ君。うん、普通にイケメンで魅力的なスマイルです。


「じゃぁ、今日はここで休んで、明日、日の出くらいに出発しちゃおうか」

「そうだね、そうしよう」

「了解ー」


 サクヤ嬢の提案に了承する男二人。

 そうして簡単な食事の準備や火起こしを始めるんだけど……。ちょっと気になっちゃった。


『何が?』


 行商人とかが増えるから、のくだりさ。


『冬支度前に行商が活発になる話は、この間のミルルに来た行商人も言ってたから合ってるんじゃない?』


 うん、俺もそう思う。それ自体は理にかなってるし、別に疑っても無いよ。


『じゃあ……。……あぁ、そういうことか』


 何かに納得したようなカネリン。

 多分、俺と同じことを思ったはずだ。


『ここに来るまで、誰にもすれ違わなかったね』


 そうなんだよ。泊まる場所に先客が居なかったのは偶然かも知れないけど、冬支度で街と街の移動が一時的に盛んになるこのタイミングで日中歩き続けたにも関わらず誰にも会わないって、本当にあるのかな? いくらミルル村が小さな村だとは言え、財布の紐を緩めなきゃならないこのタイミングで、行商人の一人すら来ないなんてことあるのかな?

 考えすぎだと、良いんだけどね。


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