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16.オナラって燃えるんだ


 そもそもの話、パルプを作る段階で原料をしっかり煮込むのは繊維を取り出すことが目的なんだよ。その手段が、煮込みってわけだ。より効率的に繊維を抽出するために、薬品なんかを使って煮込むんだね。

 だったら、もう直接繊維を取りだしちゃえば良いじゃない。


 そんなことできるのかって?

 それが、できちゃいそうなんだよね。


 カネリン、これ、成分を分析する関数でしょ? と言って、俺は開発スキルのとある関数を見せるのだ。


『……そうだね。どうしてこんな関数があるんだろう?』


 いや、ほら俺って鑑定スキル持ってるじゃないですか。で、開発スキルにはテスト環境って言って、この世界をシミュレートした完全な別空間が、開発のために用意されているんですよ。動作試験もしてないモジュールをいきなり試すのは危険だから、ちゃんとそういう環境が用意されてるんだよね。


『それは分かるよ。一般的な開発だと、テスト環境とかステージング環境が、本番環境とは別に用意されているもんね』


 そうそう。それでね、テスト環境とかステージング環境でスキルとかを発動させると、設定次第でデバッグのためのログが見えるんだよね。ほら、ちゃんとプログラムが意図した動作してるかどうか確認するためのログですよ。


『ふむふむ』


 そうすると、どこでどんな動作をしてるか、解析できたりするんだ。

 勿論、完全なブラックボックスもあったり、俺の解析が追い付いてなくて分からない部分もあるんだけど、まぁじっくり見ていけば色々発見があってね。その発見の一つが、この関数ってわけ。



『……え、ちょっと待って。開発スキルって、スキルの解析もできるってこと?!』


 そうなんだよねぇ。本当に凄いね、このスキル。マジでチート。

 多分その気になったら、俺の目の前で実演さえしてくれたら、他の人のスキルとか魔法とかも解析できちゃうんじゃないかな。


『うわぁ……。イザナギ、イザナミー、アキトにそんなスキル持たせちゃ駄目だよ~』


 ハハッ。もう手遅れさ。

 ──で、ね。こうやって色々なスキルを解析していって、プログラム言語的に言うところの標準関数を見つけていくと、なんと開発スキルのマニュアルが更新されて、色んな関数が使えるようになるんです!



 ……。

 ………。

 あれ、カネリン?



『…………本当に良かったのかなぁ、アキトにこんなスキル持たせて』


 それは知らんなぁ。

 でも、あるものは有効利用させてもらうよ? 勿論、これでカネリン達や周りに迷惑掛ける気は無いけどね。


『あ、うん。アキトがそう思ってないってことは信じてるけど……。アキトの場合理性よりも好奇心が勝つことが多そうだからなぁ。申し訳ないけど、不安しかないよ』


 流石カネリン、俺の性格を熟知してるね。周りが見えなくなることがしばしばあるもんねっ。


『不安だよー』


 ま、カネリン達を困らせたいなんて思ってないから、そこはちゃんとするよ。やらかしたって逃げやしないからさ。ちゃんと責任取るよ。取れる範囲にはなっちゃうだろうけど。


『心意気は嬉しいけど、やらかす前に止めてほしいなぁ』


 それは、ほら、努力はすると約束するけど、至らないところがあるかも知れないじゃないですか。過度な期待は禁物だと思うのですよ?


『……まぁいいや。もう今更だろうし。 ……で、対象の成分を分析する方法──関数が判明したから、紙の生成に必要な繊維を直に抽出しちゃおうって感じ?』


 そうそう。流石カネリン話が早い。

 成分を分析するのも、その分析した成分から特定成分を抽出するのも、魔力を使ってどうにかなっちゃうっぽいから、一気に工程を短縮できるよね。

 あとは抽出したやつをコネコネして、乾燥させるだけ。乾燥は最初っから使用可能になってた水魔法の関数を使えば何とかなりそうなんだよ。


 ちなみに、地、水、火、風の魔法に関しては、基礎魔法だと思うけどそれぞれが標準関数に用意されてた。

 それ以外にも、魔力を使って叩くとか、切るとか、基本動作的な関数もいくつか用意されてる。薪割り魔法『チョップリン』はこっちを使った魔法だね。だから属性的には無属性魔法だ。


 この辺の魔法と、成分分析の魔法、成分抽出の魔法を組み合わせれば、イイ感じにできると思うんだよね。



 てなわけで、俺の尻がどうにかなってしまう前に、プログラミング開始だ!



  ◇◇◇



(3人称視点)


 その日の朝。イズミおばあちゃんの家にて。


「ねぇ、マサキ。アキトさんが今何してるか知ってる?」


 サクヤが不安そうな表情でマサキに聞いた。

 マサキも、同じような表情を浮かべている。


「ううん。何も聞いてないよ」


 アキトの部屋は扉が閉められていて、その入り口に『危ないから入室禁止!』と、木でできた札が掲げられていた。

 二人は、リビングの椅子に腰かけ、そこからアキトの部屋を見ている。


「そっか……。あんな大量な木を持ち込んで何をするんだろう? 危険だから入ってこないでって言ってたけど……」

「分かんない。でも気になるよね」

「うん。昨日の夕食も、今朝の朝食も食べずにずっと作業してるのかな」

「そうなんじゃない? 夜、トイレに起きたんだけど、その時も起きてたよ。声が聞こえたもん」

「そうなんだ」


 プログラミングに集中すると、気が付いたら徹夜していたなんてことは良くあったアキトからすると、まだ丸一日も経っていない今の状況は序の口だ。しかし、サクヤやマサキにとってみれば、夜通し作業をするということ自体がほぼ無いため、異常事態に思えた。まだ電気の恩恵のないグラースでは夜にできることが少ないので、基本的には寝てしまうのが一般的だから余計にそう感じる。昼夜問わず仕事ができるような時代ではないのだ。



「お固まりになった!?」



 扉越しに、リビングまでアキトの声が聞こえてくる。


「オカタマリって何だろう」

「分からないわ。独り言だろうけど、良く分からない言葉が多いよね」

「うん。昨日の夜とか、ぬるぽ、ぬるぽって呟いてたよ」

「何なのよ、それ……」

「新種の魔物かな?」

「分からないけど、違うんじゃないかしら」


 イズミおばあちゃん家に限った話ではないが、この家の壁は薄い。当然ながら防音なんて考えられた作りにはなっていないので、少しの呟きでも、周りが静かだったら聞こえてしまうことも多々あるのだ。

 一人部屋に籠り、変な独り言を呟き続けるアキトの様子に、サクヤやマサキだけでなく、住人みんなが少なからず心配していた。



「……すわれるすわれるっ……」


 またも、アキトの声が聞こえてくる。


「本当にアキトさん、何してるんだろう」

「すわれる……座れる? ……分かった! 部屋に持ち込んだ木で椅子を作ってるんじゃない? その座り心地が良かったんだよ!」

「……椅子を作るのに徹夜なんてするかな? それに、木を切ったりするような音は聞こえてこないけど」



「尻が爆発する前になんとかしないと!」



「…………」

「…………」

「ねぇ、サクヤ姉ちゃん、お尻って爆発するの?」

「しない筈よ? えぇ、普通しないわよ」

「アキト兄ちゃんのお尻は爆発するみたいだよ?」

「何かの間違いじゃないかしら……」


 普段はみんなで食事をとったり、たわいもない話をしたり、子供たちが叱られたりと、家族団らんの場であるリビングスペースに重い沈黙がやってきた。

 今、イズミは、他のキッズを連れて出かけている。ラスクも外出中だ。そのためここに居るのはサクヤとマサキのみ。静かな家の中に、アキトの独り言は良く響いた。響いてしまった。


「お尻が爆発するなんて聞いたことないわよ」

「……そういえばリヒトが言ってたけど、オナラって燃えるんだって」

「……本当に?」

「リヒトが言うにはね。やったことは無いけど、オナラした瞬間にお尻に火を近づけると凄く燃えるんだって。だから凄いでっかいオナラに火をつけたら爆発するんじゃないかな?」



「それだ!」



「…………」

「…………」

「アキト兄ちゃんにこっちの会話が聞こえてるなんてこと、無いよね?」

「聞こえてないと思うよ? 結構集中してるみたいだから。食事どうするか聞いた時も返事が無かったくらいだし」

「……だよね。もし聞こえてるんだとしたら、専用の椅子を作ってオナラを爆発させる実験してることになるもんね」

「そんな実験、危険すぎるし嫌すぎるわ……」


 イズミおばあちゃんの家が平常を取り戻すのは、もう少し先になりそうだ。





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