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15.尻が限界


 それから一週間ほど経った。


 イズミおばあちゃんやラスクさんからは良くしてもらっているし、サクヤ嬢との関係も良好だ。特にこの三人は俺が異世界からの転生者であることを知っているから、色々隠さず話せるということもあって、だいぶ打ち解けてきていると思う。

 イズミおばちゃんとラスクさんには、本当の息子のように接してもらっている。すぐに揶揄われたりするけど、愛情をもって接してくれているのは分かるんだ。二人とも母性が凄いというか、包容力が半端ないというか、とにかく慈愛に満ちている。ラスクさん、見た目は二十歳くらいのお姉さんなんだけど、幾つなんだろう。──これは、何だか怖くて聞けていない。


 サクヤ嬢ともいい関係が続いている。打ち解けてからは凄く優しく接してくれていて、一緒にニルギの森に狩りに行ったりもしているんだ。相変わらず、村の連中に狩果は持っていかれるけど、俺のアイテムボックスを使って一部はちょろまかすようにしたから、食事が少し豪華になってきた。あと、二人の時に、偶に兄さんって呼ばれるんだけど、これがもう可愛いのなんの! 美少女の上目遣いと恥じらいは破壊力が桁違いです!


 キッズとの関係も良好だ。

 実は剣術に関心があったマサキ少年は、俺が剣を扱えると知った途端に稽古をつけて欲しいと言い出し、今ではほぼ毎日稽古をするようになった。グラースでは、あんまり剣術が体系化されていないみたいで、力任せに振り回すくらいしか無いんだそうだ。んなバカな、とは思ったけど、これはカネリンもそうだと言っているのだから驚きだ。基本的に、剣術スキルを習得してスキルをぶっ放すというのが剣での戦い方らしい。……恐ろしく脳筋でした。そんなわけだから、地球で身に着けた剣道の知識は斬新らしくて、凄く喜ばれている。


 リヒト少年は魔法に興味があるようで、俺が作ったプログラム魔術の魔法陣の解析が楽しいらしい。俺のプログラム魔法、ビルドして実行モジュール化すると魔法陣みたいになるんだけど、リヒト少年曰く、これがもの凄く洗練された紋様なんだって。作った本人にはさっぱり分からないけど。だから、今は時間さえあれば薪割り魔法『チョップリン』の魔法陣を解析してるよ。


 シズクちゃんは、【グラウィス】のアバター見た目変更アイテムを出してあげたら滅茶苦茶喜ばれた。あれだよ、ゲームで良くある見た目を変えるだけで特に効果は無い装備品の類だ。例えば俺がグラースに来た時に着けていた「バニーカチューシャ(白)」とかだね。他にも、猫耳カチューシャとか、肉球グローブ、狐の尻尾などなど。それ以降、お兄様なんて呼ばれるようになった。うん、可愛い系アイテムで絆されすぎだからね。ちょっと将来が心配だ。


 テンマ少年は、先日の行商の日にお小遣いをあげて買い食いを許された時点で、好感度が振り切っいてたようだ。一番ぶれない少年である。だが、その影響か、おなかが空くと無言でこっちを見つめていることがある。素直に何か欲しいって言ってくれれば良いんだけど、自分が大食いだっていう自覚があるのか、自分だけ何か貰うのは他のキッズに申し訳ないという気持ちもあるみたいで、何も言ってこない。けど、やっぱりおなかは空いているから、もの欲しそうに俺の方を見てるんだよ。なんか視線を感じるなって思って周りを見ると、テンマ少年がこっちを見てるんだ。ちょっとしたホラーなので控えて欲しいと思っている。



 行商人から購入したコケコ2羽も元気いっぱいだ。むぎ、こむぎって名前を付けて可愛がられている。オスがむぎで、メスがこむぎだ。ほぼ同じ見た目だけど、微妙に小さい方がこむぎだ。最近になってようやく違いが分かるようになってきた。

 料理の時に出る野菜くずとか大麦なんかですくすく育っている。あと、おやつ替わりに雑草もちょこちょこ食べてくれるので、庭が綺麗になりつつある。倉庫周りの雑草は既に駆逐されつくした。

 むぎとこむぎはかなり賢いみたいで、放し飼いにされている領域にある倉庫に、自分たちの食事にもなる麦や野菜が保管されているのを理解しているようだ。だから、それらを食べにくるバルトマーモットや小動物なんかを全力で追い払ってくれる。白いまんまるボディで。見ていて非常に和む。



 もちろん、カネリンとの関係も良好だ。


 いつでも話ができるカネリンとは、夜遅くまで話していることも多い。間違いなく、一番長い時間会話をしている。たわいもない雑談から、プログラム魔法の話、グラースの話など色々だ。


 そんなこんなで、グラースの生活にもだいぶ慣れてきた俺だけど、困ったことがある。



「尻が限界だ」

『草ww』



 草生やしてる場合じゃないんだよ、カネリン。本当に限界が近いんです。基本的にその草とか葉っぱで尻を拭くから、これがキツいんです。

 地球の優しいトイレ環境で甘やかされて育ってしまった俺の尻に、グラースの文明レベルのトイレは過酷なんです。


 他にも色々あるんだよ? 水が貴重だから頻繁に風呂に入れないとか、そもそも風呂という文化があんまり根付いてないとか、料理の味付けが単一で飽きがきちゃうとか、細かいところをあげていくとキリが無いんだけどトイレ事情が一番キツいんです。

 全状態異常耐性があるから腹を下してトイレに籠るようなことが無いのが幸いだよ。本当、あの時はなんでこんな過酷な苦行を続けないとダメなのかと疑問だったけど、今なら分かる。ナギとナミはこれを予見していたに違いない。



『違うと思うけどなぁ』



 とにかくだ! もう耐えられんのです!

 異世界モノでトイレ事情に言及する話に共感することはあったけど、今は共感なんてレベルじゃない。ちゃんと当事者意識をもって、最優先で解決すべき課題だと認識している。


 まぁ、尻にダメージを与えるのはトイレ事情だけではないんだけどね。

 グラースの椅子は、基本的に木を組み合わせて作ったものだ。当然のことながら、高さ調整もできなければ、柔らかさもない。そんな椅子に座って長時間開発スキルを弄っていると、これもまた尻に良くない。二重苦である。このままでは俺は痔主(じぬし)になってしまうっ。



『開発スキルの方は控えることもできるんじゃないの?』



 できる訳が無いだろう。

 それこそ、ペンギンに海に入るなと言っているようなものだ。暫くは生きてはいけるかも知れないが、食事もできず、そのうち干からびて死んでしまうのが目に見えている。それも、そう遠くない将来に。


『それはもう、ちょっとした依存症だよね』


 違う。

 ガッツリどっぷりとした依存症だ。もう抜け出せないし、開発スキルを長時間触っていないと手が震えるんだよ。


『うわぁ……』


 そんな訳で、尻事情を改善すべく、まずはトイレ事情の改良に手を付けることにした。



 ──クエスト『トイレ事情を改善し、尻を守れ!』 発動、だっ。



 まず、Step1として紙を作ろうと思う。


『紙ならグラースにもあるんじゃない? でも、お尻を拭くのに使うには高すぎるけど』

 そうなのだ。紙はそこそこの高級品で、簡単に手に入る代物ではないのだ。本も馬鹿みたいに高いしね。本には、いわゆる羊皮紙が一般的に使われているみたいだけど。何が言いたいかというと、今グラースに流通している紙で尻を拭くのはコスパ的にも品質的にもよろしくない、ということだ。


 ではどうするか?



 簡単だ、無いなら作れば良い。羊皮紙が駄目なら木材紙を使えば良いのである。

 嘗ての王妃、マリリン・アントワーネッツも言ってた。パンが無いならケーキを食べればいいじゃない。正論である。パンにこだわる必要など無い。腹が膨れて栄養が取れるならパンじゃなくても良いのだ。なお、パンが手に入らないような経済状況でケーキを用意できるのかという疑問は無視するものとする。

 何たって、カネリンには地球の知識も搭載されているから技術チートし放題なのである。流石知識の神様。


 というわけで、カネリン様、紙の作り方を教えてくださいな。


『なんか納得いかない流れだけど、まぁ良いか。木材紙はまだグラースでは作られてないけど、それっぽいものはあるし』


 良いんですよ。それに、どうせ尻を拭くことくらいにしか使わないから、グラースの文化に与える影響も少ない──筈だ。少ないといいな。


『まぁ、その辺、やりすぎてたらイザナギやイザナミだけじゃなくて、色んな方面から苦情がくるから気を付けてね』


 お、おう。気を付けます。色んな方面ってワードが凄い気になるけど、気を付けておきます。



 ──気を取り直して。


 超ざっくり言うと、植物とかを煮込んで柔らかくしてごみを取り除いたりしてパルプを作る。そして、そのパルプを薄ーく伸ばして水分を飛ばせば紙になるんだよね?


『そうだね、知ってるじゃん、アキトも』


 まぁ、ザックリだけどね。でも作りたいのは尻を拭く紙なんだ。硬くてごわごわした紙じゃ駄目だ。柔らかくて尻に優しい紙を作らないと、クエストは達成できないんですよ。


『贅沢だなぁ。まぁ、一般的には針葉樹よりも広葉樹の方が紙質が柔らかくなるけど、サトウキビの搾りかすとかでも作れるよ。ミルル村だったら、麦藁とかが沢山手に入るんだから、それを原料にしても良いよね。それに、柔らかくするのは紙の原料も大事だけど、やっぱり表面の加工だよ』


 ほう、そこのところもう少し詳しく。


『地球のトイレットペーパーとかティッシュが柔らかいのは、「クレープ」とか「エンボス」の加工が施されてるから柔らかいんだよ。ほら、新聞紙も揉めば柔らかくなるでしょ? アレを生産段階でやってるってこと』


 なるほど、ちょっと揉めば良いわけか。それなら何とかなりそうだ。


『でも、いざ作るとなると結構時間がかかるんじゃない? 最初に煮込むのも時間かかるし、紙すきとかも大変だし、乾燥させたりもしなきゃだし』


 大丈夫だカネリン。そこはちゃんと考えている。


 何より、一分一秒でも早く手に入れなければならないというのに、これからのんびり煮込んだり乾燥させたりするのをちまちまやっていたら、単なる試作にだって時間がかかって、完成が何か月先になるのか分かったもんじゃない。そんな事態に陥れば、尻が壊れてしまう!


『そんなに切羽詰まってるんだw』


 いかにも!

 なので、もっとさくっと作らないと駄目なわけですよ。


明日からは投稿時間を18:00にさせてくださいませ。

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