14.神霊付き
「コケコッ」
「コケケッ」
イズミおばあちゃん家のすぐ横に設置された柵の中を元気に走り回る白い鳥。
「おぉ、元気な子たちだねぇ」
元気よく駆け回っている白い鳥を見るイズミおばあちゃんは満足そうだ。
その鳥を追いかけまわすのは、いつものキッズ四人組。うむ、元気いっぱいでよろしい。──ん? さっきのイズミおばあちゃんの感想は鳥に向けたものなのか、キッズに向けたものなのか。まぁ、どっちでも良いけど。ちゃんとどっちも元気だから。
因みにこの白い鳥、鳴き声は鶏みたいだけど、見た目はだいぶ違う。殆ど白い玉みたいな形をした妙な鳥だ。もふもふしてて可愛い。まだ完全な成鳥では無いらしいけど、ふわふわの毛玉につぶらな瞳と小さな嘴がついている。羽はあるけど、折りたたんでいるとほぼ玉だ。しかし、尾羽は固めで、ピンと突き出ている。全体的には、黒文字楊枝が刺さった大福みたいだ。黒文字楊枝は、和菓子を切るちょっと平べったい楊枝のことだぞ。菓子切とも言うらしい。
因みに、この白い鳥は飛べない。成鳥になっても飛べないらしい。そのあたりは鳴き声含めて鶏そっくりだ。
だから、屋根のない囲いの中で放し飼いにできるんだけどね。
なんでこの鳥がいるのかって?
それは、俺が行商人から購入したからだ。
薬をくれた糸目の行商人が、ミルルの村に来る途中に知り合いから譲り受けたらしい。本来は薬を中心に売っているあの行商人だけど、こうして途中で仕入れたものも売りに出しているそうなのだ。ただ、鳥──というか、生き物をずっと持ち歩くのは大変とのことで、早く売りたいからとかなり割引してくれた。
成鳥になってもう一回り大きくなるくらいで、雄と雌のつがいだから上手く行けば増やせるとのこと。増やせなくても食用になる卵も産んでくれるらしい。
名前はコケコ。鳴き声から命名されたらしい。──まんまかよっ。
「沢山卵を産んでくれると良いですね」
「え?」
俺の言葉に、驚いた表情のイズミおばあちゃん。何か変な事でも言っただろうか?
「何を言うとるんじゃ。コケコは若鳥のうちに食べてしまうのが良いじゃろ。卵を産み始めるまで育ってしまうと肉が硬くなってしまう」
「え、そうなのっ?!」
肉の硬さの話ではなく、食用にするというところに驚いてしまった。
ふっさふさでもこもこした羽毛故に、可食部分は少なそうだけど……。
「こちらの世界に来て間もないアキトさんに、その手の冗談は通じませんよ」
「ラスクかい。早々のネタ晴らしは感心しないねぇ」
あ、冗談だったんですね。えぇ、金髪美人お姉さんのラスクさんが言うとおり、この世界の常識に疎い俺にその手の冗談は通じませんよ!
でも、イズミおばあちゃんの反応を見る限り、冗談というか、俺を騙そうとしていたように思えるのは気のせいですかっ?!
「まだ小さいコケコを食べると言いだして、マサキ達にドン引きされるアキトを見たかったのにのぅ」
「いや、それはマジで勘弁してください」
「ほっほっほ、冗談じゃよ、冗談」
「ごめんなさいね、アキトさん。イズミはいつもこんな感じなの。誰かをからかうのが本当に好きで」
「そうなんですね」
「どうじゃ、お茶目じゃろう?」
「自分で言わんでください」
まぁ、たった数日とは言え、同じ屋根の下で生活していたら人となりもだんだん分かってくる。明るくチャーミングなおばあちゃんだなぁとは思っていたけど、想像よりもう一歩か二歩チャーミングだ。
「それにしてもアキトさん、良いコケコをご購入されましたね」
「そうですか? 元気なのコケコで良かったとは思いますけど、質が良いんですか?」
「元気なのはそうですけど、ほら、よく見てください」
「アキトは気づいとるんじゃろ、ほら、コケコの背中あたりじゃ」
ラスクさんとイズミおばあちゃんに促され、改めてコケコを見る。
……うん。正直言うと何かいるなーとは、ずっと思ってたんだ。偶々なのかなと思ってたけど、ずっと居なくならないから、そういうことなんだよね。
『あれは神霊付きのコケコだね』
やっぱりか。
いや、ずっと居るんだよ、神霊が。まぁ、見た目は白い光の玉だから、コケコの分身みたいにも見えるんだ。それが、ずっとコケコの背中──というか上のあたりに居るんだよ。ぱっと見は鏡餅だよね。どっちも白くて丸いから。
「ずっと背中にくっついてるなーとは思ってましたよ。でも、そんな事もあるのかなぁって思う程度でした。ああいうのを神霊付きって言うんですね」
「えぇ。ああやって、常に近くにいる神霊もいるんですよ。よほどあのコケコ達と相性が良いんでしょう」
そう言ってラスクさんは目を細めた。
ラスクさんは一つ一つの所作が凄く綺麗で絵になる。うん、こうやってコケコを見ているだけでも名画のよう。風にそよぐ金糸のような髪。多分、俺があそこにいたら、ただただ髪のセットが乱れるだけだと思うんだけど、彼女の場合はそんなことは無いから凄い。視覚からも風を感じられるんだから本当に凄い。ラスクさん補正と名付けよう。
「こりゃ、ラスクにばかり見惚れるでない。ここにも美人がおるじゃろ」
「え、どこっすか?」
痛っ。イズミおばあちゃんに蹴られた。
ていうか、結構痛いんだけど、イズミおばあちゃんのキック。ふくらはぎが凄く痛いっ。後から来るっ。
「イズミはいつも美しいですよ」
「ほれ、ラスクもこう言うとるじゃろうが」
「す、すみません」
気を付けよう。イズミおばあちゃん強し。
会話からお気づきだろう。イズミおばあちゃんもラスクさんも神霊が見えるのである。そして、イズミおばあちゃんたちに、俺が神霊を見ることができることもバレている。
イズミおばあちゃんに後から聞いた話だけど、神霊が見える人は観察していれば案外簡単に分かるそうだ。例えば神霊が人の眼前を横切った時、普通の人は仮に目の前に神霊が居ても全く反応を示さない。だが、見えている人は何らかの反応を示すのだ。そりゃそうだろう。眼前に光の玉が現れたらびっくりする。思わず避けてしまうし、気になって仕方がないから見ちゃうよね。神霊には基本的に触れることができないから、当たったとしてもお互いに怪我をするようなことは無いんだけど、やっぱり無反応を貫くのは難しい。
「まぁ、美人云々は置いておくとして……。アキトや。折角神霊たちを見る目を得たのじゃから、しっかり彼らの事を見てやるんじゃ。人に知覚されずとも、常に私たちと共に生き、共に歩んでくれている隣人じゃからな」
「……そうですね。分かりました」
言われてみればその通りだなぁ。
神霊は意思を持つ生命体と共に在り、絆を深めてスキルを生み、俺たちを助けてくれる。神霊側も、そうすることで神霊としての格が上がり、色々なことができるようになっていくようだ。
でも、多くの人は神霊を知覚できない。スキルを得ていても、神霊を知覚できる人は少ないようだ。それでも、神霊は俺たちの隣にいてくれる。
──だったら、良き隣人を見ることができる俺は、彼らをしっかりと見て生きていくべきなんだろう。
「アキトは素直で良い子ですね」
「ほんにのぅ。まぁ、6歳児にしては捻くれとるがのぉ。まだ8歳のマサキの方が無垢じゃわい」
「本当の子供と比べないでもらえます?」
マジもんの子供と勝負して、無垢さで勝てるわけ無いじゃないですか。そこそこ汚い大人の世界も知ってるんだし。
「おや、あのコケコ達、バルトマーモットを追い払ってくれていますね」
「おぉ、本当じゃ。あれは助かるのぅ」
見ると、黒っぽい毛並みの小さなリスみたいな生き物がコケコに追い払われている。あれがバルトマーモットなのかな?
子供たちも、追いかける対象をコケコからバルトマーモットに変えたようだ。
「バルトマーモットっていうのは、害獣なんですか?」
「そうじゃ。百害あって一利も無いわい。直ぐに食べ物を食い荒らす。今は冬に向けてそれなりに貯えとるから余計にのぉ」
「ですね。そんな余裕を持った貯えなんてできていないですから、バルトマーモットにやられるときついです」
「何か対策はしてるんですか?」
「勿論じゃ。元からではあるが倉庫は高床式にしとるし、倉庫の中でも食糧は樽に詰めて開けられんようにはしとるんじゃけど、バルトマーモットは何故か倉庫の中まで入れるみたいでなぁ。樽を齧られる。まだ樽の中の食糧は無事じゃが、今のままだと時間の問題じゃろうて。
本来は北のアイゼンバルト帝国の一部地域に良く住んどる動物なんじゃが、ここ半年くらいはミルルでも見かけるようになったからのぉ。帝国でどんな対策をしとるかを調べて、同じことをしなけりゃならんかもなぁ」
「ですね。この辺りに住むネズミやリスよりも賢いみたいですから、早く対策を打たないと」
食料が食われちゃうのは大変だ。ただでさえそう裕福でない上に、テンマ少年を筆頭に腹ペコキッズがいるんだから。
「それは追加の対策が必要ですね。でも、コケコが追い払ってくれるなら、コケコの放し飼いの場所を倉庫周辺にしちゃいましょうか。多少はマシになるんじゃないですかね?」
「それは良ぇ案じゃ。頼めるかい?」
「勿論。柵の位置を変えるだけだから、今日中にやっておきますよ」
「ふふふ、男手があると助かりますね、イズミ」
「本当じゃのぅ」
んじゃ、日が暮れる前に作業を終わらせちゃいますかね! 早速作業に取り掛かるとしようか。
本日は18:00にもう一話投稿します。




