13.笑顔は基本
何だなんだと、声がした方に来てみれば、行商人と思しき人物とヒロキ君の取り巻きにいた女の子が言い合いをしていた。
「ナンテールに連れてってくれるって約束だったじゃない」
「だからちょっと都合が悪くなったんだよ。代わりに色々仕入れて来たから、それで許してくれないか?」
「従妹に会いに行くのが一番の目的なの。買い物だけじゃないのよ」
「そうは言われてもねぇ……」
「あれ、どうしたの?」
いつの間にかサクヤ嬢が騒ぎの近くに居たので、近づいて彼女にだけ聞こえる声で問うてみる。
「ナンテールっていう、この辺りで一番大きな街に連れて行ってもらう約束をしてたみたいなんだけど、行商人さんの都合が悪くなったからって断られたみたい。それが原因で言い合いに」
「なるほど? 村や町の移動は、自分で行くのは大変なの?」
こういう、ボクちん世情に疎い子ですよ! と言わんばかりの質問でも、俺の正体を知っているサクヤ嬢相手なら気兼ねなくできる。やっぱり、正直に正体を明かしておくメリットは大きいね!
リスク? デメリット? そんなものは表面化したら考えます!
「うん。行けなくは無いけど、盗賊や魔物の襲撃が無いとは限らないから……。腕に覚えがない人は、護衛を雇ってる商隊についていくとか、定期巡回してる乗り合い馬車を使うのが一般的」
「なるほどねぇ。それで、商隊をあてにしてナンテールに行こうとしてたけど、断られたからごねてる、と」
「そうみたい。前にあの行商人が来た時に約束してたらしいから、彼女──マリの言い分も分かるけどね」
ああいうのはどっちかが折れないと話が終わらないんだけど、なかなかどっちも譲れないみたいだねぇ。
流石に周りの人たちも彼女たちが気になってるみたいだ。
お、でも近くで串焼きを買って頬張ってる猛者も居るな。──テンマ少年かいっ。まぁタレの匂いが凄まじく空腹を刺激するけども! ブレないなあの子は。
……と思ったけど、シズクちゃんもアクセサリーを選びまくってるな。リヒト少年は……あれは本を見てるのか? マサキ少年は剣やら弓やらを見てるな。うん、こうしてみるとキッズはみんなマイペースだ。
「とにかく、納得してもらうしかないんだ! できないならこうするより他無い」
ひと際大きな行商人の声がした。
見れば、恐らくは護衛として雇われているのだろう集団の一人が、剣を抜き放って行商人の後ろに控える。──なんだか急に穏やかじゃ無くなってきたね。
流石にマリちゃんも諦めた……と思いきや、諦められないのか、一歩も引かず行商人を睨みつけている。ヒロキ君の取り巻きで居た時から思ってたけど、結構気の強い子なのね。……ていうか、大人たちは何しとるんじゃい。誰も止めに入らないけど。
「……マリは、村長に次いで大きな畑を持っている家の娘なの。止められるとしたらマリの両親か村長くらいなんだけど、今は居ないみたい」
と、サクヤ嬢のフォロー。流石サクヤ嬢。欲しかった情報をすぐにくれる有能さ。
この時代、持ってる畑の広さや家畜の数で力関係が決まっちゃうだろうから、言い辛いのは分かるけど……、もう少しどうにかならないもんかね。
「……しゃーない」
「え、アキトさん?」
行商人の方へ歩き出した俺に驚くサクヤ嬢。大丈夫心配しないで、という思いで笑顔を向けつつ、仲裁に向かう俺。
「とりあえずその物騒なものは仕舞いませんか。村人を力ずくで言い聞かせたなんて噂が立っても、貴方にメリットは無いでしょ? あと君も、連れてって頂く立場なんだから、睨まない。この場の感情で行商人さんに嫌われて、今後良いことなんて無いでしょ?」
二人──正確には厳つい護衛の男の人を入れて三人か──の間に立ちながら、双方を宥める。「手前ぇは関係無ぇだろ、すっこんでろ!」くらい言われるのかなとは思ったけど、そんな声は無かった。
お互い、少し気まずそうに眉を顰めているあたり、ヒートアップしている自覚はあったようだ。
だけど、俺がイズミおばあちゃん家に逗留してる余所者だと見ると、マリちゃんの方が声を上げた。
「あ、アンタには関係ないでしょ」
言われちゃったぜ。でも、それくらいで引くなら最初から出てきてないのだ。ここは鋼メンタルで行くことにする。
俺は鋼メンタル、俺は鋼メンタル、俺は鋼メンタル……よし、自己暗示完了。
「そりゃ関係は無いけど、それならこんな広場のど真ん中じゃなくて、別の場所でやってくれよ。ほら、みんな買い物が手につかずにこっち見てるよ?」
そういって話を向けられて焦るのは、マリちゃんたちだけではなかった。こちらを見ていた衆人の皆様が、俺は見てませんでしたけどとでも言いたげに、そそくさと買い物を再開する。再開しても、どうせこっちを気にしてるんだろうけどね。
その様子を見て、行商人もマリちゃんも、少し冷静に戻れたようだ。
「で、行商人さん。どうやらマリちゃんは前に貴方が来た時から約束してたっぽいけど、何で急にダメになったの? その理由をちゃんと説明しないと、彼女だって納得できないよ」
俺の言葉に、苦虫をかみ潰したような表情をする行商人と、「気安く呼ぶんじゃないよ!」と少々ご立腹のマリちゃん。君、どう見たって十代半ばに見えるんだから、ここは堪えて頂戴な。
「都合が悪くなっただけだ!」
「それをずっと繰り返してるだけだよね。スケジュールの都合? 行商経路的な都合? 定員の都合? それとも金銭な? ほら、素人の俺でもこれくらいは思いつくんだけど、何の都合が悪いのさ」
冷静に突っ込むと、むぅと唸る行商人。いや、自分のことなんだから悩む必要なんてないと思うんだけどなぁ。
なんて思ってたら、さっき剣を抜いていた護衛と思われる筋骨隆々のおじさんが前に出てきた。
──でけぇ。2メートルくらいあるんじゃないか? このおじさん。しかも強面で威圧感がレベち。
「定員だ。最近この周辺で盗賊が良く出ているから、これ以上守る人数を増やすのは難しい」
「へぇ」
強面巨漢おじさんの眼光は鋭い。結構……いや、かなり威圧的に見える。ビリビリと威を感じる。このおじさんの気迫、凄すぎでしょ。本当にただの護衛さん?
でも、それで怯んでも話が進まない。ここは気合を入れて話を進めないと。
「……って、護衛の方が言ってるけど、合ってるの?」
護衛のおじさんから視線を切って、行商人へと目を向ける。決して、護衛のおじさんを見ているのが怖いからじゃないぞ。違うったら違うんだぞ。
「あ、あぁ。そうだ、その通りだ」
「そうなの? それならそうと、初めからちゃんと言えば良かったのに」
「それは……。わ、ワシが言うと、護衛の面子をつぶしてしまいかねんじゃろうが」
そういうもんかねぇ。そんなもの、言い方次第だと思うけど。それに、そう言っちゃってる時点で護衛さんの心象は良くないと思うけど、それは良いのかな。
「というわけらしいよ、マリちゃん」
「馴れ馴れしいわね!」
「それは勘弁してよ。 で、どうする? 一緒に着いていくと危ないかも知れないんだって。あの感じだと盗賊とかに襲われたら最悪見捨てられちゃうかも。商隊と一緒に移動するのは安全面からだと思うんだけど、そのリスクがあっても連れてってもらいたい?」
「そ、それは……。でも、今回の移動でナンテールに行くときに連れて行ってくれるって約束したもの!」
「うん、それはそうだろうけど、安全が保証できないかも知れないんだって。それでも行きたいかどうか、行く必要があるかどうかだよ」
「従妹に会いたいの!」
「何のために?」
「最近会えてなかったから……。それに、冬になる前に会おうって約束してて……」
「なるほど。話を聞く限りだと、今会わなきゃいけない緊急の用事は無さそうに思えたけど……。次のタイミングじゃまずいの?」
「次だと冬になって、雪が降ったら護衛代とかが高くなっちゃうし……」
なるほどね。馬車での移動、しかも護衛も雇っての移動になると、天候条件で値段も変わっちゃうことがあるわけだ。
「んじゃぁ、行商人さん。次来たタイミングで、必ずマリちゃんをナンテールに連れていくのだったらどう? できる?」
「そりゃぁ、できるぜ」
「そ。じゃぁ、今回の半額で連れてってよ。変な割り増しとかも無しで」
「半額ぅ?! 何でだよ!」
「そりゃ、貴方が今回の約束を反故にしちゃうからでしょ。信用が第一の商人が信用を無くしちゃうかもしれないところを、金銭で解決できるんだから安いもんだと思うけど?」
「しかし、お前さん、それで半額ってのは……」
「お、渋っちゃう? ってことは、無料で連れてってくれるの?」
「違ぇわ! なんで更に減ってんだよ!」
言葉を荒げる行商人に詰め寄る俺。途中、護衛のおじさんが立ち塞がったけど、手荒な真似をするつもりは無いと告げると引いてくれた。案外話が分かる人だね。ただ、ずっと俺の方を睨みつけてるけど。
で、俺は行商人さんのすぐ目の前まで行って、彼と視線を合わせる。
「口約束でも、契約は契約なんだよ。それをそっちの都合で反故にするんだから、誠意を見せるのは当然さ。形の見えない誠意を、護衛代の半額って明確な形で示してあげたのに、それすら気に入らないって言うなら、もっと良い案をそっちが出すべきだよ。別案はある?」
ネゴシエーションの基本は笑顔。今の俺も、笑顔。
何か言いたげにプルプル震える行商人さん。言いたいことがあるなら言うべきだよという思いを乗せて更に笑みを深くすると、何故かビクッと身震いされた。そして頷いてもらえた。
『立派な威圧だよねー』
失敬な。円滑なコミュニケーションをとっているだけです。だって笑顔だよ、笑顔。スマイル!
「結構。ってわけで、俺も含めてここにいるみんなが証人だ。マリちゃんは今回は諦めてもらう。だけど、次の機会に今回の護衛代の半額で連れてってもらう。良いかい?」
「うん……、分かった」
「分かったよ!」
二人が何とか納得してくれたのを確認して、手を叩く。
「はい、じゃぁこの話はここまで。 皆さん、お騒がせしましたー」
これ以上行商の邪魔をするのも憚られる。野次馬の皆様には買い物に戻ってもらいましょう。
そして俺もサクヤ嬢のところへ戻……ろうとして、呼び止められた。
「ねぇ」
振り返れば、そこにはマリちゃん。勝気な目で俺を見上げている。
「何?」
「……なんで、助けてくれたの?」
「うん?」
「だ、だから……、なんで、嫌ってる私のことを助けてくれたのかって聞いてるの」
嫌ってる? 別に嫌ってなんか無いけどなぁ。
「ほら、昨日のイノシシの時……」
「別に嫌っては無いよ。そもそも嫌いな相手にイノシシをプレゼントしようなんて思わないでしょ」
「それは……、そうかもしれない、けどっ。あのイノシシは……」
「まぁ、差別は駄目だと思うよ」
俺がそういうと、びくっ、と体を振るわせるマリちゃん。視線が泳いでる。ということは、自覚はあったんだねぇ。
「確かにあの時は腹が立ったよ。 でも、今の君を見てると、少し考えが改まったかな」
「えっ……」
「それに、さっき仲介に入ったのは別に君の為だけじゃない。その証拠って訳じゃないけど、別に一方的に君の味方だった訳じゃないでしょ?」
「……うん」
「知り合いが困ってたから、自分のできる範囲で手を貸しただけ。あれで更に向こうがごねたり、力で訴えてきたりしたらお手上げだから逃げてたかも知れないし」
「そう、なんだ」
「そりゃそうだよ。あの筋肉ムキムキな護衛のおじさんとやり合うなんて嫌だし、怪我なんてしたくないし、よしんば勝ったとしても良いこと無いじゃん。野蛮な人って思われたり、行商人さん達からの心象が最悪になったりするだけで、俺の利益は何もない。しかも、負けたらきっと大怪我だし」
そういうと、マリちゃんは何かを考えこむように俯いた。
これで話は終わりかなと思って背を向けると、背中に彼女の小さな、呟くような声が届いた。
「……昨日はごめんなさい。あと、ありがと」
「どーいたしまして」
笑いながらそういうと、何故か睨まれた。
でも、それ以上つっこむようなことはせず、サクヤ嬢の元へと戻る俺。
「お疲れ様」
笑顔のサクヤ嬢が出迎えてくれた。うん、美少女の笑顔、癒される。
「何とかなって良かったよ」
「うん。でも、荒事になる前に収めてくれたから、良かった」
「どう転ぶかは分からなかったけど、荒事にならなくて俺も安心したよ。あの筋肉ムキムキのおじさんと力比べになるのは避けたかったし。まぁ、そうなったら一目散に逃げるつもりだったけどね」
「えー、あそこまでやっておいて?」
「そりゃそうだよ」
「そうならなくて、本当助かりましたよ」
なんて話していると、またもや声を掛けられる俺。
今度は聞いたことの無い声だったから、本当に誰だろうと不思議に思いつつ振り返ると、やや猫背で細目の男がそこにいた。いや、マジで誰だろう? 本当に初対面だ。
「ああ、急に声をかけて申し訳ありません。私、彼と一緒に行商に来ている薬売りです」
そう言って指さすのは、さっきの行商人。なるほど、一緒にミルル村に来た商人の一人というわけね。
「あのままエスカレートしてしまえば、折角の行商の場が台無しになってしまうところでした。それを回避して下さった貴方に、一言お礼が言いたくて」
ありがとうございました、と頭を下げる糸目の行商人。
そして、竹筒を一つ、俺の方に差し出してきた。
「これ、心ばかりのお礼です。滋養効果のある煎じ薬です。体調を崩されたときに飲んでいただけると、体力が回復します」
「いや、別にこういう目的でやったわけではありませんし、頂くわけには」
「それこそ無用の心遣いですよ。こちら、売り出し始めたばかりの薬ですから、これはという方には無償でお配りしているんです。何となく、貴方とはまた会える気がしますので、その時に是非、効果の程を教えていただければ、十分私の利にもなります」
「そうですか?」
そう言いつつ、竹筒を鑑定してみる。
──確かに、薬のようだった。毒であるとか、薬でも何でもない何かというわけでは無さそうだ。
「そういうことなら、遠慮なく頂きます」
「はい、ありがとうございます。 他にも薬を色々と取り揃えておりますので、よろしければご覧になって行ってくださいね」
そう言って、糸目の男は自分の商品の場所へと戻っていった。
「ああいう商人も居るんだねぇ」
「タダで薬をくれるなんて……。結構高価な筈なのに。薬と見せかけて全く別のものだったりして」
「一応鑑定してみたけど、本当に薬っぽいよ、これ」
「そっか、アキトさん鑑定が使えるんだったっけ。……抜け目ない」
「ははっ、俺もちょっと疑っちゃったから。彼の言い分がどこまで本当なのかは分からないけど、とりあえず変な物では無さそうだから、得をしたと思っておこう」
「ですね」
「ほらほら、ちょっと予定外の出来事で時間食っちゃったけど、行商を見て回ろうぜ。商品が限られてるから、きっと早い者勝ちだ」
「そうだった、急がないと!」
竹筒は懐に仕舞う──と見せかけてアイテムボックスへ。そして、サクヤ嬢と共に行商の方へ向かう。
軍資金があろうと、品物がなくなっては元も子もない。さっきまで買い物の手を止めていた人たちも、今はもう買い物に戻っている。
俺も、グラースでの初の買い物を楽しむとしましょう。




