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12.俺は小金持ち


 森で狩ったイノシシで一騒動あった次の日。


 因みにあの後は、俺の手持ちから野菜を提供してぼたん鍋を作ったよ。【グラウィス】の自由度は高くて料理だってできるから、手持ちに食材が色々あるんだよね。イベントリというか、いわゆるアイテムボックスの中にアイテム扱いで持っているから、当然のごとく腐らない。超便利。後でカネリンに聞いたんだけど、このアイテムボックスも開発スキルの一つってことになってるらしい。

 そんなストックの中から、キノコやら葉物野菜やらを提供して、イズミおばあちゃん家にあった地産の野菜と合わせて鍋を作った。

 んやぁ、血抜きが早くしっかりできた新鮮なお肉だったから、臭みもほとんどなくて美味かったです。本当に一晩で全部なくなった。キッズの胃袋、特にテンマ少年の胃袋が凄い。俺も結構食べる方なんだけど、テンマ少年の方が食べてたよ。


 〆はお祝い用に取っていたという小麦を提供してもらったから、うどんを打ってみた。俺、別に料理上手ってわけじゃないし、うどんなんて自分で打ったことは無かったから失敗するかなと思ったんだけど、なんとかなって良かったよ。まぁ、料理上手なサクヤ嬢やイズミおばあちゃんの直感に助けられた感は否めないけど、上手くいったんだから問題なんて無いのだ。



 小麦が何でお祝い用かって?

 ミルル村では小麦の生産が主産業なんだけど、これが殆ど税として取られちゃうみたいなんだよね。収穫量の実に6割を持っていかれる鬼畜な税率設定。残りは殆ど種籾として置いとかなきゃだから、どんなに沢山作っても村人の口には殆ど入らないという現実。切なすぎる……。だから、主食として主に食べられているのは、自分たちの食用として育てている大麦なんだ。森の恵みがあるから生きていけてるって言うのが正直なところなんじゃないかな。

 まぁ、こういう税率設定は過去の地球でもあった話だから、グラースが特別悪いってわけじゃないけどね。それに、今年は不作とは言わないまでも収穫量が悪めで、種籾を確保するのも大変だったみたいだから結構厳しいみたい。だから、小麦はここぞという時にしか出てこないのである。


 そんな状況だから、ヒロキ君たちもストレスが溜まってるんだろうね。擁護するわけじゃないけどさ。

 ちゃんと社会の一部となって日々生きていくのが、そんなに簡単な事じゃないっていうのは、いつの時代もどの世界も変わらないんだねぇ。


 俺も、少しでも力になれればと、薪割りや狩りなんかを手伝った。農作業も手伝った。まぁ、定職も無い身だから時間だけはあるのですよ、時間だけは。しかも、暇をつぶせるようなものも少ないんだよね。娯楽が少ない。というか、もう殆ど無い! まさか「暇だから仕事でもやるか」なんて心持ちになるなんて、地球でいた頃は考えもしなかったよ。


 しかし、今日はちょっと違う。

 娯楽というと少し違うけれ、なんとミルル村に行商人が来ているのだっ。

 スーパーもコンビニも無い訳だから、農作物や森の恵み以外のものを手に入れる術が無いもんね。それを見越して定期的に行商に来てくれる商人がいるんだけど、今日はその日なんだ。



 行商人はミルルの村の中心にある広場にいた。そこは、行商人の馬車やら、ミルル村の住人が持ってきたであろう特産品──良質の木材や香木、熊や猪の皮など──が集められていて、ちょっとした市場のようになっていた。


「こりゃぁ、思ってたより盛大だ」


 村の住人は200人もいない。だが、ここには50人くらいがいるように思えた。単純計算で、ミルル村の住人のうち、4人に1人くらいがここに来ているということになる。


「でしょ? でも、思ったより少ないかも」


 と、少し残念そうに言うのは、隣のサクヤ嬢。


「これで少ないの?」


 そりゃ、地球の市場なんかと比べたら全然少ないけど、母数が違うからね。4人に1人集まってるなら十分多いって言える気がするけど。


「うん、今日は冬準備の為に品数が普段より多いから、もっと人が集まるはずなんだけど」


 例年の賑わいを知らない俺からしたら分からない話ではあるけれど、サクヤ嬢としては少ないと感じているようだ。


「そうなんだ。俺的には多いなって思っちゃったけど、普段はもっとお祭りみたいに沢山集まるのかな?」

「うん。だって、買わなくてもどんな商品があるのかなって見るだけでも楽しいし。それに、今回は冬支度も兼ねてるから」

「なるほどねぇ」


 殆ど自給自足に近い生活をしているミルル村とは言え、入用な物は多い。

 例えば塩なんかは行商人から購入するものを使っている者が殆どだ。近くで岩塩が取れるには取れるが、外から買った方が安価な上に美味しいとなれば購入する方が早い。他にも、灯りの魔道具の動力源となる魔晶石──魔物を倒すと得られる魔力の結晶──や、釘などの金属製品の原料である鉱石類も購入する。今回はそういう物を普段より沢山積み込んだ行商人が来ているため、村人の注目度も高いのだろう。


 お。注目度が高いのは神霊もそうっぽいね。光のシャボン玉みたいなのが結構来てる。神霊もこういうイベントごとに興味があったりするのかな。



 そんな人だかりに、イズミおばあちゃんやキッズもやってきていた。ラスクさんは留守番をしてくれている。


「さて、今回はアキトのおかげで軍資金に余裕もあるから、色々買い込んでおこうねぇ」


「アキトさん、本当に良かったんですか?」


 サクヤ嬢が申し訳なさそうに聞いてくる理由は、俺が担ぎ持っている荷物にある。


「ああ、気にしないで。来る前も言ったけど、宿代だと思ってくれれば良いからさ」


 俺が担ぎ持っている布袋には、大きめの魔晶石や武器や道具の原材料となる魔物素材が入っている。【グラウィス】で魔物を倒して手に入れていたアイテムで、アイテムボックスにあったものだ。カネリンに聞いたところ、グラースでも売れるものが色々あるみたいだったから、一部を放出することにした。手持ちの魔晶石は大きすぎて使い道がないから、もう少し小さくて使い勝手が良いものと交換してもらうと思っている。あと、魔物素材は換金か物々交換するために用意した。武器や防具、道具が作れる魔物素材があっても、腹は膨れないのである。ミルル村では、鋭い猛禽の爪とかより、塩の方が遥かに有用だ。


「キッズもお小遣い渡した範囲なら好きなもの買って良いからなー」

「やりぃ! アキト兄ちゃん太っ腹ー!」

「ありがとうございます。……でも、本当に良いんでしょうか」

「ありがとー! 可愛いアクセサリーとか売ってるかな?」

「食べ物! 食べるもの! 美味しいもの!」


 うむ。元気ががあってよろしい。

 ちなみに、マサキ少年、リヒト少年、シズクちゃん、テンマ少年の順である。テンマ少年の頭の中はいつも食べ物だな。


「サクヤさんも、何か買いなよ?」

「……うん。ありがとう」


 申し訳なさそうに、頭を下げるサクヤ嬢。いや、本当良いんだからね。ぶっちゃけアイテムはまだまだあるし。

 しかも、アイテムが尽きそうになったとしても問題なかったりもする。その理由は、俺と一緒に転移してきたスマホにある。


 覚えているだろうか。専用のカメラアプリで撮影したものを【グラウィス】に持ち込みができるという話。そうだね、擬人化したAIの話の時に言っていたアプリだ。当然、そのアプリは俺のスマホにも入っているんだけど……、気になるじゃない? この世界でそのアプリを使ったらどうなるか。

 勿論、普通に考えれば、インターネットに──正確には【グラウィス】のサーバに──繋がっていない環境で撮影したところで通信エラーになって終わりなんだけど、ここはグラースだ。試してみるだけならタダってことで色々試したんだ。すると、やっぱり思った通り、この専用アプリもグラース用にカスタマイズされていたんだ!


『イザナギとイザナミの仕事は、抜かりが無いね』


 本当にね。

 この専用アプリ、撮影すると魔力を対価に撮影物を複製できるっぽいんだ。何でもかんでも複製できるわけじゃないし、色々制限もあるんだけど、自分の持ち物で、かつそこまで大きくないものであれば複製が可能だ。だから、今装備しているマチェット型の片手剣──ダマスカス鋼大型山刀──も複製物だ。複製とはいえ、そこは創世神のお仕事。オリジナルに大きく劣るとか、あからさまに張りぼて感があるとか、そんな手落ちは無い。性能含めてオリジナルと瓜二つだ。

 対価として必要になる魔力は、スマホの充電から持っていかれる仕様。無くなった電力、もとい、魔力はアイテムボックスにしまっておくと充填される。意味が分からないけど、そういう事になっていた。 つまり、対価がスマホの充電──充魔力の方が適当かな──の範囲であれば、複製が可能なのだ。充填時間も必要になってくるから何でもかんでも複製できるってわけじゃないけど、この機能だけで俺は小金持ち確定だ。決して大金持ちでは無いけどね。それでも、こういうイベントの場で好きなだけ買い物をするくらい、何ともないのである!


『しかし、この時のアキトは知らなかった。この機能が単なる複製機能では無いということを……』


 え、それどういう意味?!


『言ってみただけ。てへっ』


 ──可愛いから良しっ。




 そんな風に、カネリンやサクヤ嬢と話していた時だった。


「話が違うじゃない! どういうこと?!」


 広場に響く大きな声。人が集まればトラブルは付き物だよね。

 さて、妙な声が聞こえてきたけど、一体何かな? キッズが巻き込まれてなければ良いけど。



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