11.村社会
たった数日だけど、ミルル村で生活していて分かったことがある。
それは、イズミおばあちゃん家のキッズを快く思っていない村人、キッズに当たりが強い村人が一定数いることだ。
ミルル村というくらいだから、それなりの人数がいる。実際、人口は200人弱いるようだ。
街道があるとはいえ、庶民の基本的な移動手段が徒歩という文明レベルでは、どうしても村社会というコミュニティは現代地球に比べて狭く、閉鎖的になりがちだ。そんな中では、より多くの土地を所有している者や、より多くの親類縁者のいる者がどうしても強くなる。逆に弱者となる者たちはというと、その逆だ。あまり多くの土地を所有しておらず、親類縁者の少ない者──。そう、孤児なんかがどうしても立場的に弱くなる訳だ。
そして、ミルル村に限った話では無いが、農村地域はそう裕福な暮らしをしているわけではない。
小麦も獲れ、野菜を育てることもでき、豊富とは言わないまでも水だってある。近くには動植物が多く生息する森もある。確かにミルル村は比較的恵まれた環境にあると言えるだろうけれど、それでも決して生活は豊かではない。不作になればそれだけで生活が苦しくなるし、魔物に襲われ働き手がやられてしまえば農耕自体ができなくなる。それらに対する国の保証は、必ずしも十分とは言えない。そして悲しいかな、ミルル村が属しているリンバート子爵領の税率はそこそこ高い。残念ながら、リンバート子爵は領民に容赦がないタイプの貴族らしい。この時代に労働組合的な組織は無いだろうから、上の言いなりだろうしなぁ。
そんな世の中だから……という訳でもないけれど、不平不満はどこにでも溢れていて、負の感情は弱者へと向けられる。
その弱者が悪いわけでは無いけれど、溜まったストレスのはけ口として、どうしても弱者が選ばれてしまう事が多い。キッズは、イズミおばあちゃんが拾った孤児だ。はけ口としては最適なんだろうな、きっと。
イズミおばあちゃんはミルル村で生まれたらしいけど、両親は昔に亡くなっている。そして、イズミおばあちゃんの祖父にあたる人が別の土地から流れてきたらしく、今のミルル村には親戚がいない。そんなわけで、イズミおばあちゃん家への当たりは、結構厳しいのだ。少なくとも水面下ではね。
で、俺がなんでこんな話をしているかというと、その弊害が今、目の前で繰り広げられようとしているからだ。
大きなイノシシを担いで帰ってきたサクヤ嬢と俺。村で出迎えたのは、腹をすかせたイズミおばあちゃん家キッズと、なかなかのイケメン君とその取り巻きっぽい方々。イケメン君とその取り巻きは、多分サクヤ嬢と同い年くらいだと思う。男女比は半々って感じかな。
ちなみにこのイケメン君の名前はヒロキ。そう、俺の知ってる数少ない村人の一人だ。ミルル村の村長さんところの一人息子。二日目の朝に、イズミおばあちゃんに連れられて村長さん家に挨拶に行った時に自己紹介しあったからね。なお、その取り巻き連中の名前は知らない。
「随分と仲がよさそうだな」
イケメン君こと、ヒロキ君が俺を一瞥しながら、面白くなさそうに表情を歪めて言い放った。ほら、ボクって6歳の孤児だから同じようにキツく当たられるんだよ! ……違うか。
「何ですか、急に」
面白くなさそうな表情はサクヤ嬢も負けていなかった。その様子にヒロキ君の表情が歪む。
キッズは、俺とサクヤ嬢の後ろに避難してきた。
「い、いや、その旅人と随分打ち解けたように見えたからな」
「なっ……。別に良いじゃないですか」
「……否定はしないんだな」
最後の言葉はボソッと呟く程度の小さなものだったけど、聞き取れてしまった。
おやおや、これはそういう事でしょうか? 表情には出さないように気を付けつつも、ちょっと興味が出てきました。サクヤ嬢、美少女だもんね!
「で、何の用ですか?」
相変わらずぶっきらぼうな言い方のサクヤ嬢。ヒロキ君の表情は曇ったままだ。
「森の恵みは村人全員のもの。サクヤが森に入ったと聞いたから、狩りの成果を確認しに来た」
「そういう事よ。勝手に食べられたりしたら困るでしょう?」
「食い意地の張った連中が多いから、解体前にちゃんと確認しておかないとな」
ヒロキ君に代わって取り巻き達が口を開く。
『ミルル村では、森で得た獲物は村のみんなで分け合うことになってるみたいだよ。そうすることで、子供やお年寄りにも山菜やお肉がいきわたるようにしているみたい』
カネリンの補足説明に、心中で頷く俺。
でもこれはやりすぎだよねぇ。そもそも、取り巻き連中の言葉には棘があるし。それに、それが村の規則だとしても、狩ってきた人がちょこっと良い思いするくらいは許されても良さそうな気がするけどなぁ。狩るっていう労力を提供してるメリットが無いのはいただけない。
『そだね。だから、良識の範囲内であれば狩った本人や家族が良い思いをするのは黙認されてるみたいだよ。イズミおばあちゃん家の場合を除いてだけど』
へー。それは素敵な待遇だね。素敵すぎてイラっとしちゃうね。
「そんなことしませんよ!」
思わず声を荒げるサクヤ嬢。美少女の厳しい声に取り巻きたちが少し怯んだ。
これくらいで怯むんなら最初から言うなよ。
「別に不正を疑っている訳じゃない。いつもちゃんとしてくれてるのは知ってるから」
「俺たちが見てる時はな」
「ヒロキの手を煩わせずに提供してくれるようになると嬉しいんだけどね」
「そりゃ無理な相談だ。卑しいんだから」
おう。折角ヒロキ君がちょっとフォローしたのに、それを無かったことにするどころかマイナスにする勢いの取り巻き勢の口撃。悪意マシマシですね。ヒロキ君の困ったような表情が何とも。
ヒロキ君自身はそこまで言う気が無いのかな? でもさ、取り巻きに言いたいように言わせちゃってる時点で同罪なんだぜ。
「そうだ、解体はこっちでやろうか? サクヤさん一人じゃ大変だろ」
「ヒロキがやるなら私も手伝う!」
「俺もやるぜ!」
「名案だな。おい、そのイノシシこっちに寄越せ」
おうおうおう。素敵な連係プレーだなぁ。善意に見せかけた悪意というか何というか。ヒロキ君のは善意かも知れないけど。
取り巻きの一人がサクヤ嬢に近づく。俺もイノシシを持ってはいるけど、可食部分が多いのはサクヤ嬢が持ってる方だもんな。笑いながら近寄ってくる取り巻きのぽっちゃりくんの方が、キッズより食いしん坊なんじゃないのか?
サクヤ嬢、言い返す言葉はいくらでもあるんだろうけど、そうしない。我慢してるみたいだ。その我慢も、本当は良くないような気がするんだけどね。ま、村っていうコミュニティを考えたら、言えることと言えないことはあるんだろう。大人な対応である。
──でも、流石にそろそろ、俺が我慢の限界なんだよねぇ。ごめんね、サクヤ嬢。
「良いよ、サクヤさん。渡してやりなよ」
「え?」
俺の言葉に吃驚したような表情のサクヤ嬢。まぁ、打ち合わせも何もしてないからそうなっちゃうよね。
「俺が、村に泊めてもらってるお礼に狩ってきたイノシシだから、今の話の流れじゃ渡しづらかったのかな? でも良いよ。村長さんとこに持っていく予定だったんだし、手間が省けて良かったじゃん」
一気にそこまで言い切ってしまい、サクヤ嬢の反応を待たず彼女が持っていたイノシシも受け取る。おぉ、両方持ってもまだまだ余裕があるな。てことは、俺はイノシシくらいなら一人で持ち上げられるってことか? いや、筋力30って案外凄いんだね。
って、喜んでる場合じゃない。打合せしてないから勢いが肝心だ。サクヤ嬢に口を挟ませないのがポイント。だから有無を言わさず、自分が持っていた分も含めて取り巻きのぽっちゃりくんにお渡しする。
「どうぞ。是非村のみんなで食べてくれ」
ぐい、と、両腕に一つずつ持ったイノシシを包んだ風呂敷みたいな布を押し付ける。反射的に手に取ったぽっちゃりくんだけど、重すぎてすぐに落としてしまった。おいおい、ありがたい森の恵みだぞ。しっかり持とうぜ。
「大丈夫かい?」
「いきなり渡すな。心の準備があるだろうが!」
それだけ元気なら大丈夫か。
てか、彼もそこそこ力持ちなんだね。厳しそうな顔してプルプルはしてるけど、何とか一人で持ててるよ。ステータスの力なのかな? 「くそ、普段なら何てことない重さなのに」とか言ってるけど、無理はいけないよ。
「あぁ、でも泊めてもらってるイズミばあちゃんに手土産無しは流石にマズいか。ロース……で分かるかな? 背中のあたりの肉を少しだけ頂きたいけど、良いよね? ヒロキ君」
「え? あ……」
「ちょっとだよ、ちょっと。一食分もあれば十分だから。やぁ、反対しないなんて、優しいねヒロキ君は。」
腹ペコキッズ含めた家族の一食分くらいは取っちゃっても良いでしょ、と、こちらもある程度強引に押し切る。反対されてないけど、良いとも言われてないんだけどね。それは気にしない。
何となく、ヒロキ君は押しに弱そうな気がしたからね。言葉を挟ませない感じで言っちゃえば、なし崩し的に行けそうな気がするんだ。てなわけで、ぽっちゃりくんの持つ荷物に強引に手を突っ込み、大きめのブロック肉を取る。流石にこれは大きすぎるので、それを適当な大きさに手持ちのナイフで切り分け、過剰に取ってしまっている部分は元に戻した。
「ちょ、ちょっと」
取り巻きの女の子が何か言いたげだ。
「何?」
向けるのは笑顔。変に張り合うより、こういう時は普通に社交的な感じに振る舞うくらいが丁度いいのだ。多分。俺の経験上。
「何を勝手に取っていこうとしてるのよ」
「別に勝手には取ってないよ。ちゃんと取るよって言ってから取ってるじゃん。それに、村の住人じゃない俺が落とし穴の罠に嵌めた獲物だから、村の共有財産ってわけでも無いでしょ?」
そう。落とし穴の罠に嵌めただけで、俺が仕留めたわけじゃないんだけどね。嘘は言っていない。完全な真実でもないけど。
「そ、それは……」
「あぁ、今のやり取りに問題があるんだったら後で俺に言いに来てくれたら良いからさ。暫くはイズミおばあちゃんのところに逗留させてもらつもりだから、持ち逃げってことにもならないと思うし。 じゃ、そういうことで」
話は終わりと、ヒロキ君たちから視線を切ってサクヤ嬢たちを見やった。
「今日はぼたん鍋にしよう。俺がみんなに振る舞うよ」
「ぼたんなべって何?」
腹ペコキッズ筆頭、食いしん坊テンマ少年が反応した。
『イノシシ肉をぼたんって言うのは、この世界じゃ浸透してない言い方だからね』
あ、そうなんだ。そりゃ伝わらないよね。ありがとうカネリン。
「このイノシシ肉を使った鍋料理だ。分かるかな、鍋料理。お出汁を取って、その中に野菜とか色々ぶちこんで煮込むんだ。美味いぞ~」
「おぉ……」
テンマ少年の目が輝いた。
「〆は何にしようかな」
「しめ、とは?」
テンマ少年が食い気味に聞いてくる。
「鍋の最後に入れる具の事だよ。鍋のつゆは、野菜や肉の出汁がしっかり出てるから、コメとかうどんとか入れると美味いんだけど、ミルル村だと何が用意できるんだろう」
「良く分かりませんけど、料理なら手伝いますよ」
「お、サクヤさんの手伝いがあるなら安心だ。じゃぁ、今夜は鍋パだ、鍋パ!」
「やりぃっ!!」
テンマ君、鍋パ知らんでしょ。なのにそのテンションは何なの。
ま、喜んでくれてるんなら良いけどさ。
「てなわけで、さっさと帰って準備するぞー」
先導して歩き始める俺。
ヒロキ君たちの横を通るとき、悔し気な取り巻きの視線と、面白くなさそうなヒロキ君の顔が見えた。
「……ありがとうございます」
サクヤ嬢が、俺にだけ聞こえるような声で囁いた声に、笑顔を返した。




