第5章 「山に潜む大蛇は、八塩折之酒で招け」
急遽装備する事になったアサルトライフルや特殊弾頭を再確認したり、そうかと思えばツチノコ捕獲作戦の概要や現在に至るまでの事件の経緯を振り返ったり。
さっきから随分と落ち着きがないよね、私ったら。
我ながら情けない限りだけど、どうにも気になっちゃう事があるんだよ。
こんな挙動不審な真似はいけないと、自覚しているのにさ。
だけど私は、本当の意味では気付いてなかったのかも知れない。
自分でも薄々気付いているって事は、周囲の人間にはバレバレだって事に…
「どうしちゃったの、千里ちゃん?待機任務を仰せつかってから今に至るまで、ず〜っとソワソワしちゃってさ。」
「えっ…ああ、京花ちゃん!?」
一緒に待機任務に就いている戦友に呼び掛けられて我に返った私だけど、時既に遅しだったよ。
こんな素っ頓狂な声を出しちゃって、カッコ悪いやら情けないやら…
だけど落ち着きのない私を見た英里奈ちゃんが、深刻に受け取っちゃったのは厄介だったね。
「如何なさいましたか、千里さん?やはりアサルトライフルよりも、普段のレーザーライフルの方が宜しかったのでは…」
「それとも、巨大ツチノコを射殺出来ない事にフラストレーションが溜まっていたとか?」
「えっ?ああ、その…」
親身になって問い掛けてくる不安そうな英里奈ちゃんにも、半ば茶化すような悪友モード全開の京花ちゃんにも、私はモガモガと口籠るばかりだった。
何しろ先刻から私が気になっていたのは、現状ではちょっと言いにくい案件だったんだからさ。
面倒な事になっちゃったよ…
そんな私達三人の遣り取りを見ているのがもどかしくなったのか、マリナちゃんが割って入ってきたんだ。
この助け舟は、正直言って有り難かったよ。
「まあまあ…そんなに詰め寄ってやるなよ、二人とも。ちさが何に気を取られているのかなんて、そんなの良いじゃないか。」
とはいえ、この長い前髪で左目を隠した少女士官とて、個人兵装の大型拳銃で首筋をコチコチ叩いていた訳だから、私と同様に手持ち無沙汰だったのかも知れないね。
まあ、私が言えた義理じゃないけど。
「ちさが今の今まで何に気を取られていたのか、私には大体の見当が付いてんだよ。大方、あの風上から漂ってくる純米酒の芳香が気になって仕方無いんだろ?」
「あっ、分かっちゃう?返す言葉もないよ、マリナちゃん…」
こうも的確に図星を突かれちゃった以上、観念して認めるしかないよね。
ピンと立てた親指でマリナちゃんが肩越しに指し示す酒樽の山をチラ見しながら、私は軽く頭を掻きながら苦笑したんだ。
この日本酒で満たされた酒樽の山こそ、今回の巨大ツチノコ捕獲作戦における重要な切り札なんだよ。
ツチノコにはアルコール類を好む性質があるんだけど、中でも純米大吟醸の日本酒には目が無いんだって。
そこで堺県内の酒蔵や酒販店に片っ端から発注をかけて、純米酒を酒樽で用意して貰ったんだ。
山中の何処にいるか分からない巨大ツチノコを探すのは効率が悪いし、木々の鬱蒼と生い茂る山奥ではツチノコの方に地の利があるからね。
太閤秀吉曰く、「鳴かぬなら、鳴かせてみせようホトトギス」。
山狩りで無駄に時間と手間をかけるより、巨大ツチノコを好物で誘き寄せて捕獲する方が、安全性も確実性も段違いだよ。
この誘導作戦の確実性を更に高めるべく、御酒以外にも色々な物が準備されたんだよ。
酒好きと知られるツチノコには、他にも味噌やイカといった好物があるから、この特性をフル活用する運びとなったんだ。
とは言え本作戦の捕獲対象は、全長二メートル半の巨大ツチノコだからね。
誘き寄せる為の餌だって、並大抵の量じゃ済まないんだ。
味噌に関しては御酒と同様に樽で用意すれば何とかなったんだけど、普通サイズのスルメイカじゃ数を集めても厳しいじゃない。
そこで漁協に要請して、大振りのイカを色々と回して貰ったんだ。
アオリイカやソデイカといった寿司ネタとしてもポピュラーな品種の大振りな個体は勿論、食用としてはあんまり用いられないダイオウイカまで用意したんだから、もう壮観だよ。
とはいえ普通のツチノコまで集まってきたら収拾がつかなくなっちゃうから、周囲に予め蛇除けスプレーを散布しておく準備も忘れちゃいけないよ。
これで普通サイズのツチノコは篩にかけたから、後は巨大ツチノコを待ち受けるだけだね。
「ああ、そういう事ねぇ…千里ちゃんが気になっちゃうのも無理はないよ。私だってワサビ醤油の効いたイカソーメンを肴に、あの純米酒を熱燗でキュッとやりたいもん。」
「仕様がないな、お京の奴は…とはいえ私も、その気持ちはよく分かるけどね。あのダイオウイカも、酒蒸しにすればビールの肴に合うかも知れん…」
キッカケになった私が言うのもアレだけど、マリナちゃんも京花ちゃんも純米酒には目の色を変えちゃったね。
まあ、これも人類防衛機構の防人乙女ならではの習性と考えれば仕方無いかな。
何しろ人類防衛機構に所属する私達には部分的成人擬制が適用されるから、たとえ未成年であってもお酒が飲めるんだよ。
その秘訣というのが私達の体内に静脈投与された生体強化ナノマシンで、コイツはアルコールによって活性化する面白い性質を持っているんだ。
私だって、初めてお酒を飲んだのは特命遊撃士養成コースに編入した小六の頃だったからね。
英里奈ちゃんがお酒を覚えたのも大体それ位の時期だし、小五で養成コース入りした京花ちゃんやマリナちゃんなら、もっと早いんじゃないかな。
そうして人類防衛機構の掲げる正義の御旗の下で軍務に勤しむようになってから、毎日のようにお酒を飲んでいるんだもの。
馥郁たる純米酒の芳香に惹かれるのは、無理もない話だよね。
「あの純米酒に惹かれていたのは私だけじゃなかったみたいだね、英里奈ちゃん。巨大ツチノコと掛けた駄洒落じゃないけど、『蛇の道は蛇』とはよく言ったもんだよ。」
「まあ、千里さんったら…然しながら、こうして大量の酒樽を用意してツチノコを待ち受けるのは、さながら大和神話における八岐大蛇退治のようで御座いますね。」
私の軽口に応じた英里奈ちゃんの一言は、見事に正鵠を射た物だったの。
確かに今回の作戦で捕獲対象になっている巨大ツチノコも、八岐大蛇とまではいかないにしても大蛇である事には変わりないからね。
こうした何気無い所にも教養が出てくるんだから、流石は華族の御嬢様だよ。
然らば私も、八岐大蛇を迎え討った須佐之男命のように、ビシッと気を引き締めていかないとね。




