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第10章 「大蛇を征した勇士達の昼餉」

 かくして巨大ツチノコは特殊弾頭の一斉射撃で無害化された上で捕獲され、奥河内の滝畑地区には平和で穏やかな日々が戻ったんだ。

 人類防衛機構に所属する特命遊撃士は勿論、御協力頂いた堺県警機動隊や陸上自衛隊の皆様方にも、殉職者や負傷者を一切出さずに済んだのだから、本作戦は正しく完全無欠の勝ち戦だね。

 そして捕獲されたツチノコを解析する事で新型血清が作られ、昏睡状態にあった山菜採りの老人とソロキャンパーの青年は無事に救われたんだ。

 要するに、今回の滝畑ツチノコ獣害事件における民間人の被害者は全員回復出来たって事だね。

 そして残る被害者は、家族を逃がす為に捨て石になった太秦栄華准佐ただ一人だね。

 ところが彼女に関しては、少しばかり事情が違うんだよ。

 収容された防衛病院で経過観察をした際に分かった事なんだけど、何とツチノコに嚙まれた栄華ちゃんの足の患部で血清が生成されていたんだ。

 それも、捕獲したツチノコを解析して作った血清と全く同じ成分だったんだよ。

 特殊能力サイフォースや静脈投与された生体強化ナノマシンといった体内の免疫機能が、噛み傷から入ったツチノコの毒と拮抗しているように思われたのは、血清を生成するための反応だったんだね。

 栄華ちゃんの体内で血清が生成された理由については、生体強化ナノマシンを静脈投与された私達の体質と、栄華ちゃん自身のパーソナリティが大きく関わっていたんだ。

 人類防衛機構に所属する私達の静脈に投与された生体強化ナノマシンは、ある程度は本人の意志でコントロールする事が出来るんだよ。

 例えば、作戦行動中に強化したい部位へ集中させて有利に戦いを進めたり、ダメージを受けた箇所に集中させて回復を早めたりね。

 そして栄華ちゃんは無意識のうちにナノマシンを始めとする免疫機能をコントロールして、自分の生命はキチンと守りながら体内で血清を生成していたんだ。

 そもそも人類防衛機構に所属する私達の免疫機能は、特殊能力サイフォースや生体強化ナノマシンによって飛び切り優秀に出来ているからね。

 たとえ毒物が体内に入ったとしても、高性能な免疫機能が瞬時に中和してしまうんだ。

 そこで栄華ちゃんは無意識のうちに、自分の免疫機能に手加減をさせていたんだね。

 そして栄華ちゃんの潜在意識が自分の体内で血清を作ろうとした動機だけど、これは栄華ちゃんの御家族の御職業が重要になってくるね。

 栄華ちゃんには仲の良い従姉のお姉さんがいるんだけど、その人は堺市内の病院で看護士さんを務めているんだ。

 勿論だけど、人類防衛機構付属の防衛病院じゃなくて一般の人達が通う普通の病院だよ。

 そういう事情もあって、栄華ちゃんは日頃から民間人の身体の脆弱さを人一倍に意識していたんだね。

 そして栄華ちゃんの潜在意識は、体内に侵入した巨大ツチノコの毒を「通常のツチノコとは異なる毒性を帯びている」と察知し、「民間人が噛まれた時のために新しいタイプの血清を作ろう」との判断で免疫機能に手加減をさせたんだ。

 特命遊撃士が持つ人命救助の崇高な意志は、このような奇跡も起こせるんだね。

 潜在意識の持つ力の凄さを、改めて思い知らされた次第だよ。


 抗癌剤を応用した特殊弾頭を何発も撃たれて強引に標準サイズに縮小させられたツチノコに関しても、その後は何も異常が確認されなかったから、マイクロチップを埋め込んだ上で野生に返されたんだ。

 それから今回の騒動の発端となった霊的エネルギーの間欠泉も、再び要石で封印される運びとなったから一安心だね。

 私達の所属している人類防衛機構極東支部は、京洛牙城衆という京都市嵐山に拠点を構える霊能力者集団と協力体制を取っているから、こういうオカルト絡みの案件ではお世話になっているんだ。


 こんな具合に各種の事後処理も順調にすすんでいるから、何よりだよ。

 私達だって、「巨大ツチノコ捕獲作戦」の事後処理への協力は惜しまないつもりでいるんだ。

 支局の地下食堂でお昼御飯を頂いている、今この瞬間もね。

「う〜ん、堪えられないなぁ…流石は純米大吟醸、果物を思わせる爽やかで上品な匂いが格別だよ。」

 地下食堂のテーブル席へ腰を下ろした私は、お猪口へ注いだ純米酒の馥郁たる芳香にすっかり上機嫌になっちゃったんだ。

 しかも単なる純米酒じゃなくて、堺市内の蔵元で醸造された地酒だからね。

 都市開発による水質の悪化で堺市内の蔵元が軒並み店仕舞いをしちゃったのも、今では遠い昔の話。

 官民一体で取り組んだ水質の改善や有志達の頑張りで蔵元が幾つも再建され、堺は再び酒どころとして蘇ったんだよ。

 そんな酒どころ堺の誇る地酒は、生粋の堺っ子である私には見逃せない美酒と言えたね。

 しかも普段はなかなか手が出ない純米大吟醸の特級酒を飲めるんだから、このチャンスは是非とも活かしたい所存だよ。

「なかなか良い飲みっぷりだな、ちさ。せっかくの純米大吟醸、もう少し味わって飲んでも罰は当たらないと思うけどな。」

「固い事は言いっこなしだよ、マリナちゃん。これが私の味わい方なの。それにせっかくイカ料理と日本酒のフェアが地下食堂でやってるんだから、存分に満喫しなきゃ。」

 半ば呆れ顔でイカフライをつまむマリナちゃんを軽くいなしながら、私は味噌煮込み風イカ大根を肴に堺の地酒を啜ったんだ。

 香り豊かな日本酒に、山海の珍味を用いた肴。

 これぞ正しく、四方を海に囲まれた豊葦原瑞穂国の恵みだね。

 日本人に生まれた喜びを改めて実感させられるよ。

「千里さんの何時にない酒豪振りには驚かされますが、その御気持ちはよく分かりますよ。昔から『初物七十五日』と申しまして、旬の食べ物を召し上がるのは縁起の良い事とされていますからね。この堺県第二支局の地下食堂に於きましては、堺の地酒とイカ料理が旬なのでしょうね。」

 イカの地中海風トマトソースにシチリア白ワインを合わせた西欧式の献立を上品に進めながら、英里奈ちゃんが私の肩を持ってくれたんだ。

 助け舟を出してくれて感謝するよ、英里奈ちゃん。

「この日本酒もイカ料理も全てツチノコ捕獲作戦の払い下げ。そう考えますと、何とも感慨深いですね。」

「然りだよ、英里奈ちゃん。巨大ツチノコを誘き寄せるために、日本酒やイカを沢山集めたからね。こうしてキチンと消費してあげないと、イカと日本酒に祟られちゃうよ。」

 そうして軽口を叩きながらイカ大根を口に含むと、また大吟醸をやりたくなってきちゃうよ。

 味噌がシッカリと効いた濃い味の料理だから、どうしてもお酒が進んじゃうんだよね。

「そうは言うけど、今回のイカ料理フェアって濃い味の料理がメインなんだよね。確かにお酒は進むけど…」

 どうやら京花ちゃんは、今回のイカ料理フェアに物足りなさを感じているようだね。

 その割にはイカと長ネギのガーリック炒めなんて精のつきそうな料理を、レモンサワーと一緒にやっちゃってるけど。

「私としては、イカ飯やイカソーメンで冷酒をやりたかったんだよなぁ…」

「無理を言うなよ、お京。ダイオウイカの生食はイマイチだし、あの馬鹿デカい図体でイカ飯なんて出来るもんか。それでなくても、癖のある後味と匂いを消す為に濃い口で味付けしてるんだからさ。」

 タルタルソースを纏わせたイカフライを生ビールで流し込むと、マリナちゃんは理路整然と京花ちゃんを(たしな)めたんだ。

 アオリイカやソデイカといった寿司ネタとしてもポピュラーなイカは、ツチノコ捕獲作戦に御協力頂いた関係各所にプレゼントされる運びになったんだよね。

 陸上自衛隊に堺県警、それに特殊弾頭開発に御協力頂いた女医さんの研究チームとか。

 それで人類防衛機構に所属する私達にはダイオウイカが割り振られたんだけど、このダイオウイカが曲者なんだよね。

 何しろアンモニア臭がして塩辛いから、なかなか使い所が難しいんだよ。

 結局の所は、濃い味の料理にして塩気とアンモニア臭をマスキングするのが無難な感じかな。

 具体的には、私がこうして食べている味噌煮風イカ大根とか、英里奈ちゃんが注文した地中海風トマトソースみたいな感じだね。

 とはいえダイオウイカはまだまだあるみたいだから、当面はイカ料理フェアも続きそうだね。

 そしてダイオウイカを完食するまでは、巨大ツチノコ捕獲作戦の事後処理も終わらないって事か。

 うーん、先はまだまだ長いなぁ…

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― 新着の感想 ―
[一言] そうよなぁ、使い終わったエサの問題があるよなぁ。 こりゃあ食い切らなきゃ飲み切らなきゃお話終わんないねぇ(;゜Д゜) 帰るまでが遠足みたいな感覚よな。 ……そう考えると、平成ガメラ三部作第…
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