6話
ある夜、王城の塔の鐘が不吉に鳴った。
城下の森に、魔物の群れが現れたという報せが届いたのだ。
この何年もの間、この国には魔物なんて現れなかった。何故なら先代の王妃が亡くなる前に結界を張り、封印をしてくれたおかげだ。
しかし皆それを当たり前のように忘れ、ついにその力が限界を迎えてしまった。
シンシアは、それを王妃教育の際に知った。
だから追い出される時に何度も告げようとしたが、あの時の自分が何を言ったとしても信じてはくれなかっただろう。
今回の魔物は、隣国に出た魔物より遥かに凶暴で、その上、数も多く、王都に迫る勢いだった。
国王とウィリアム殿下は緊急会議を開き、二人の聖女を呼び出した。
「どうか、共に祈りを。あなた方の力があれば、この国は救われる」
だが、そのとき、教会の大司祭が進み出て言った。
「陛下、私は異を唱えます。
炎の聖女を祈りに加えるのは危険です。
その力は神聖ではなく、破壊と混沌の象徴。
災厄を呼ぶ恐れがあります」
王が戸惑う中、ウィリアム殿下が立ち上がった。
「その言葉を撤回せよ、大司祭。
彼女こそ、我らを救った真の聖女だ!」
殿下の声は堂内に響き渡り、神官たちの顔には動揺が広がる。
ランナは震える声で言った。
「お姉様の力は、炎でも……温かいの。
あの光があったから、私は救われたのです!」
それでも司祭たちは聞き入れなかった。
「では、証明してみせよ。
その力が《祝福》であると、神の御前で」
そう言って差し出されたのは、神殿の最奥
かつて王妃である前聖女が祈りを捧げていた試練の祭壇だった。
その場で祈りを行い、神の御印が降りなければ、
シンシアの力は偽物とみなされ、再び追放されることになるという。
ウィリアム殿下が立ち上がる。
「そんな理不尽なこと! 大体、今はそんなことをしている場合じゃ無い!」
だが、シンシアは静かに首を振った。
「いいのです、殿下。……私、自分の力を信じてみたい」
翌日、王城の聖堂は満員の信徒で埋め尽くされた。
中央に立つシンシアの手が、微かに震える。
心の奥で、何度も祈った。
どうか、私の炎が、誰かの痛みを溶かせますように。
そしてその瞬間、天井を突き抜けるような光が降り注いだ。
炎のようでいて、やがて黄金に輝く柔らかな光へと変わる。
その中でシンシアの頬を伝う涙が、空気に溶けて消えた。
観衆は息を呑み、やがて誰かが叫んだ。
『……奇跡だ!』
神殿の天蓋に、金の花が咲いていた。
それは、炎と癒やし、破壊と再生、すべてを包む調和の象徴。
司祭たちは膝をつき、国王は涙を流した。
ウィリアム殿下が静かに近づき、囁く。
「見ただろう。君の力は、神に等しいほど美しい」
シンシアはそっと微笑んだ。
「いいえ、殿下……私はただ、人を守りたかっただけです」
そしてその背後で
誰も気づかぬまま、一人の神官が密かに姿を消した。
彼の手には、黒い封書が握られていた。
そこには、震える筆跡でこう記されていた。
『もう一人の聖女を神はお許しにならぬ。
近く、真の裁きが下るだろう』
そんなことは知らずに、シンシアはその後、直ちに魔物退治に向かった。
そして凶暴な沢山の魔物たちを、たった一人で燃やし尽くした。
その光景はまるで《炎の天使》が舞い降りたようだと民衆に広がった。




