5話
長い道のりを経て、シンシアとウィリアム殿下を乗せた馬車は、ようやく祖国の都へと辿り着いた。
広場には枯れかけた花々が並んでいる。
かつて恵みの光に包まれていた王都は、今や沈黙と不安に覆われていた。
「……本当に、変わってしまったのね」
呟くシンシアの声に、殿下がそっと視線を向けた。
「この国が再び息を吹き返すためにも、君の力が必要だ」
王宮に到着すると、彼らを出迎えたのは年老いた宰相だった。
その目はどこか怯えながらも、期待を滲ませている。
「おお……まさか、本当にもう一人の聖女が……。どうか、殿下をお守りください」
その言葉に一瞬シンシアの足が止まった。
「殿下?」
そう呟いてまた、何も無かったように歩みを進めた。
その様子をウィリアム殿下は複雑そうに見守った。
宰相の案内で、二人は王宮の奥へと進む。
重厚な扉の先、静まり返った部屋の中央にランナがいた。
純白の衣をまとい、長い金の髪を垂らしたその姿は、かつて聖女と称えられた面影を残していた。
だが、その顔色は蒼白で、目の光はどこか虚ろだった。
「……お姉様……?」
かすかな声が響いた。
シンシアの胸に、込み上げるものがあった。
何も言えず、一歩だけ踏み出す。
「ランナ……」
次の瞬間、ランナはふらりと立ち上がり、そして苦しげに胸を押さえた。
神官たちが駆け寄るが、ランナは手で制した。
「待って……お姉様に、聞きたいの」
その瞳には、かすかに涙が宿っていた。
「どうして……どうして、私の力が消えたの?
癒やしの祈りを捧げても、何も起こらないの……。
ねぇ……お姉様、あなたは知っているの?」
シンシアは唇を噛みしめた。
かつての屈辱も、孤独も、今この瞬間には意味を失っていく。
「……多分、私たちの力は分けられてはいけなかったのだと思うわ」
「え……?」
「私は《攻撃の炎》を、あなたは《癒やしの光》を授かった。
けれど本当は、どちらも聖女の力の一部。
攻撃と癒やし、炎と光、どちらかが欠ければ、世界の均衡は崩れてしまう」
ランナの頬に、一筋の涙が流れた。
その手が震えながら、姉の手を求めるように伸びる。
「……ごめんなさい。
ずっと、お姉様を妬んでいたの。
皆がお姉様を褒めて、私のことなんて誰も見てくれなかったから……。
でも、あの日、お姉様の力を見たとき本当は、怖かったの。
私が奪ってしまったのかもしれないって……」
シンシアは静かに微笑んだ。
その微笑みは、悲しみを溶かすように柔らかかった。
「もういいの、ランナ。
あなたは何も悪くない。
私も、自分のの力を受け入れることができなかっただけ」
「お姉様……」
「ねえランナ、貴女がこんなにも苦しんでいるのにデューク殿下は何をしているの? 先程から一度も姿が見えないけれど」
するとランナは俯き、悲しみに耐える表情で
「私に《力》が無くなったら『聖女の《力》がない女なんて興味が無い』と言われ公爵令嬢のところへ行ってしまわれたわ」
私は握っていた拳を更に強く握りしめながら
「ランナ、そんな男は捨て置きなさい。所詮は国王の器ではないのだから」
と口走っていた。
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その後、私たちは《力》を発動するため、二人の手を合わせた。次の瞬間、眩い光が室内を包んだ。
炎の赤と癒やしの緑が溶け合い、柔らかな金の光となって広がっていく。
神官たちは驚き、王は跪き、ウィリアム殿下はその光景を静かに見守った。
やがて光が収まると、ランナの顔には血色が戻り、シンシアの手には温もりが残っていた。
「……これが、二人で一つの聖女の力……」
ウィリアム殿下が深く頷いた。
「やはり、真の聖女は《対》として生まれたのだな。
破壊があるからこそ、癒やしは成り立つ。
闇があるから、光は輝くのだ」
シンシアとランナは互いに見つめ合い、静かに微笑んだ。
その瞬間、遠く王都の外で枯れた大地が再び芽吹き、
湖には青い光が差し込み、世界は息を吹き返した。
大地は蘇り、湖は澄み、王都には再び光が戻っていた。
人々は「『二人の聖女の奇跡』と呼び、街の広場では毎夜、感謝の祈りが捧げられた。
けれど、その光が強くなるほど、影もまた濃くなっていく。
シンシアとランナが共に祈りを捧げる姿を見て、人々は称賛を送った。
だが、教会の高位司祭たちは、微笑みの裏で冷たい視線を交わしていた。
「二人の聖女など聞いたことがない。聖女は唯一にして絶対の存在、それが神の摂理であろう」
「そうだ。あの者は《悪役聖女》として追放された女。今さら聖女と呼ぶなど、神への冒涜に等しい」
そんな噂が、やがて街にも流れ始めた。
癒やしの聖女ランナこそ本物、炎を操る女は偽物と。
ランナはその噂に心を痛め、何度も姉のもとを訪ねた。
「お姉様、私が皆に話します。お姉様こそ本物の聖女だって」
「やめて、ランナ。争いになるだけよ」
シンシアは穏やかに笑った。
「私にとって大切なのは聖女と呼ばれることじゃない。
誰かを守れるなら、それでいいの」
だが、そんな彼女の静かな決意も、やがて試される時が訪れる。




