表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
《完結》悪役聖女  作者: ヴァンドール


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/8

4話

 王都へ向かう馬車の窓から見える景色は、黄金色の穂が風に揺れ、まるで大地そのものが祝福しているようだった。


 隣にはウィリアム殿下が静かに座っている。彼は王族らしい気品を保ちながらも、どこか優しげな眼差しでシンシアを見守っていた。


「……不安ですか?」


 殿下が穏やかに問いかける。

 シンシアは小さく息を吸い、うつむいた。


「ええ、少しだけ。でも……覚悟は決めました。今度こそ、この力を誰かのために使いたいのです」


「そう、君の《力》は魔物をも排除できる」


 その《力》という一言に、シンシアは胸の奥がきゅっと締めつけられるのを感じた。

 逃げてはいけない、そう思い静かに口を開いた。


「……私は、この国の人間ではありません。隣国から来ました。

 けれど、祖国では……聖女と呼ばれる存在に選ばれたのは、私ではなく妹でした」


 馬車の中に、一瞬の静寂が落ちた。


「妹……?」


「ええ。私たちは双子でした。幼いころから、聖女になると言われて育ちましたが、私が長女ということもあり、王妃になるため、その教育を十年間、続けました。

 二十歳の誕生日にその《力》が発動すると言われ、その時、妹ランナには癒やしと恵みの《力》が発現しました。

 でも私には炎によって人を傷つける、攻撃の《力》が宿ってしまいました」


 そして、少しの沈黙の後


「私の国では王妃になる絶対条件が聖女の力です。だからそれが無い私はその資格も失いました」


 その声は震えていた。


「双子なのだから本当は長女も次女もありませんよね。なのに大人たちが勝手に決めて……」


 シンシアの指先が膝の上でぎゅっと結ばれる。


「人を癒やせぬ聖女など必要ないと……王子に言われました。

 そして《悪役聖女》と呼ばれ、家族にも……屋敷から追い出されたんです」


 殿下は何も言わず、ただ真っ直ぐに彼女を見ていた。

 シンシアは微笑もうとしたが、その笑みは儚く震えた。


「でも、今はこの《力》を恨んではいません。

 だって、この力があったからこそ、あのご夫婦を、そして殿下たちを守れたのですから」


 ウィリアムはゆっくりと頷いた。

 そして静かな声で言った。


「あなたは《悪役》などではありません。

 炎の力で攻撃する力も、時に誰かを救うために必要なものです。

 それを知っているあなたこそ、真に聖女と呼ぶにふさわしい」


 その言葉に、シンシアの胸が熱くなった。

 涙がこぼれそうになるのを、必死に堪える。


「……ありがとうございます、殿下」


 馬車は王都の門をくぐり、朝陽に染まる白亜の城が遠くに見え始めた。

 

ーーーー


 王都での日々は、静かに、けれど確実に変わり始めていた。


 《炎の聖女》と呼ばれたシンシアは、ウィリアム殿下の導きによって王家の庇護を受けることとなり、城の一角に設けられた小さな礼拝堂で、祈りと学びの日々を送っていた。


 彼女の力は《癒やし》ではなく《炎》

 けれど、殿下はその力を恐れず、むしろ彼女と共に、その性質を理解しようと努めていた。


「炎は破壊だけでなく、寒さを追い払い、闇を照らすものでもある。

 君の力は《傷つける》ためではなく、守るためにあるのだろう」


 その言葉が、どれほど救いだっただろう。

 シンシアは初めて、自分の存在を否定しない場所を見つけた気がした。


 だが、穏やかな日々は長くは続かなかった。

 ある朝、王城に一通の封書が届けられる。


 それは、かつてシンシアが追放された祖国からのものであった。


 封を切ったウィリアム殿下の表情が変わる。

 そして、深く息を吸い込み、彼女のもとへ歩み寄った。


「……シンシア。君に見せねばならないものがある」


 手渡された手紙には、王印が押されていた。

 震える指で開くと、そこには見慣れた名があった。


『我が国の聖女ランナ殿の力が、突如として失われました。

癒やしの祈りは届かず、大地の恵みも枯れ始めております。

医師も神官も原因を掴めず、今や王国は危機に瀕しております。

もし、貴国にもう一人の聖女が存在するという噂が真実ならば

どうか、その御方の力をお貸しいただけないでしょうか。

国王レオンハルト』


 シンシアは息を呑み、手紙を握り締めた。

 もう一人の聖女、それが自分を指していることは明らかだった。


「……妹が、力を失った……?」


 声が震えた。

 あれほど羨み、あれほど憎み、そして心の底で愛していた妹。

 あの聖女ランナが。


 殿下は静かに言った。


「君に決めてほしい。

 戻るのか、それとも……このままここに残るのか」


 シンシアは長く瞳を閉じた。

 過去の痛みが蘇る。あの冷たい視線、罵倒、涙。

 それでも、今は逃げる理由がなかった。


「……私、行きます。

 妹を……助けに」


 その言葉を聞いたウィリアムの瞳に、一瞬の驚きと、それを隠すような静かな微笑みが浮かんだ。


「君は本当に強い人だ、シンシア。

 ならば、私も共に行こう。王の名のもとに、正式な使節として」


 シンシアの胸が熱くなった。

 もう一人ではない。

 かつて孤独だった《悪役聖女》、今はウィリアム殿下が隣にいてくれる。


 馬車の車輪が、再び運命の地へ向けて回り始めた。


 そして、誰も知らぬうちに、空の向こうでは、

 本物の聖女と呼ばれた妹ランナの祈りが、確かに届かなくなっていた。


 世界の均衡が、静かに崩れ始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ