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《完結》悪役聖女  作者: ヴァンドール


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3/8

3話

 その日、空は朝から重く曇っていた。

 風の匂いがいつもと違う。

 畑の端で鍬を振るっていたシンシアは、ふと胸騒ぎを覚えて顔を上げた。


 遠くで鳥たちが一斉に飛び立っていく。

 その直後、森の奥から響く不気味な喚き声、

 木々を揺らすような音とともに、巨大な影がゆっくりと姿を現した。


「ま、魔物だ!」


 貴族たちの叫びがこだまする。

 黒い毛並みに覆われた異形の獣が、牙をむき、狩りの一団へと突進してきた。

 馬が怯え、騎士たちが慌てて剣を構えるも、その巨体の勢いに押されて後退する。


「殿下、お下がりください!」


 誰かの叫びとともに、若い騎士がウィリアム殿下を庇った。

 だが、次の瞬間にはその騎士が吹き飛ばされ、殿下の目前まで魔物の影が迫っていた。


 その光景を見た瞬間、シンシアの体が勝手に動いた。

 畑の籠を放り出し、両手を高く掲げる。

 祈るように心の奥で呟いた『どうか、守らせてください』と。


 眩い光が再び掌から溢れ出し、紅蓮の火群が轟音を立てて魔物を包み込む。

 空気が震え、地面が焦げ、炎が一瞬のうちに消え去ったとき

 そこには、動かなくなった魔物の姿があった。


 静寂。

 誰もが言葉を失っていた。


「い、今のは……」


 騎士の一人が呟く。

 ウィリアム殿下はゆっくりと立ち上がり、焦げた地面に佇む少女、シンシアを見つめた。


 風に舞う金の髪、真剣な眼差し。

 その姿に、殿下は一瞬、息を呑んだ。


「……助けてくれたのか、君が?」


 殿下が静かに歩み寄り、声をかける。

 シンシアは慌てて首を振った。


「いえ、そんな……ただ、手が勝手に動いただけで……」


 老夫婦が駆け寄り、殿下に向かって頭を下げた。


「殿下、この娘が魔物を倒してくださったんです。わしらも命を救われました」


 殿下は深く頷き、シンシアに向かって言った。


「君の力は、人を救った。その事実だけで十分だ。……ありがとう」


 その言葉に、シンシアは目を見開いた。

 私の力が人を傷つけるものとしか思えなかった自分に、初めて救いという意味が与えられた気がした。


 殿下は少し間を置いてから、真摯な眼差しで続けた。


「私はウィリアム・アルフォード。この国の第二王子だ。……もしよければ、王都へ来てはもらえないか?

 君のような力を持つ者を、我々はずっと探していた。癒やしだけではなく、守るための力を持つ聖女を」


「わ、私を……聖女と?」


 シンシアは思わず息を呑む。


「君の炎は、誰かを救うために生まれたものだ。どうか、その力をこの国のために貸してほしい」


 ウィリアムの声は真っ直ぐで、どこまでも優しかった。

 シンシアの胸の奥に、熱いものが込み上げる。

 祖国では、誰からも認められなかった力が、今、誰かの役に立てると言われている。


 彼女は小さく微笑み、深く一礼した。


「……分かりました。私でよければ、お役に立てるよう、尽力いたします」


 老夫婦はその背を見送りながら、そっと涙を拭った。


「良かったねえ……きっと、この子はこの国に光をもたらすわ」


 こうして、シンシアの新たな運命の扉が静かに開かれた。

 彼女の《炎の力》が、やがて真の聖女の光へと変わることを、この時はまだ誰も知らなかった。

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