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《完結》悪役聖女  作者: ヴァンドール


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1/8

1話(プロローグ)

アルファポリスさんにも投稿させて頂いています。

 この国の第一王子、デューク殿下が告げた言葉は、まるで冷たい刃のようにシンシアの胸を貫いた。


「シンシア、悪いが私は君の妹のランナと結婚する」


 思わず言葉を失ったシンシアは、震える唇で問い返した。


「……え、それはどういうことですか? 私は王妃教育にこの十年間を費やしてきたというのに」


「仕方ないだろう。君が聖女としての役割を果たせない以上、代わりは妹のランナにやってもらうしかない」


ーーーー


 シンシアとランナは二卵性の双子の姉妹だった。幼い頃より二人には聖女の加護が宿っていると教会から告げられ、長女のシンシアのことを将来の王妃候補として皆、敬ってきた。

 聖女の力は二十歳の誕生日に発動すると言われ、今年がその年であった。


 しかし、いざその時を迎えると、無情にも二人の運命は、両極端に分かれた。

 妹のランナには大地に恵みと癒やしをもたらす、本来の聖女の力が発現したのに対し、姉のシンシアには相反する《炎》の力、つまりは相手を蝕むような攻撃の力が宿ってしまったのだ。


「シンシア、お前の力では人々を癒やすことも、大地に恵みをもたらすことも出来ぬ。ましてや人を攻撃するなんて、以ての外だ。これではまるで《悪役聖女》ではないか」


 デューク殿下の言葉に、誰もが息を呑んだ。

 シンシアは唇を噛みしめ、俯いた。否定の言葉は喉まで込み上げたが、たとえ告げたとしても真実を覆すことはできなかっただろう。


 この国において、王妃に求められるのは《聖女の力》ただ一つ。十年前に亡くなった王妃以来、聖女の不在が続いていたこの国では、次の聖女の誕生を心から待ち望んでいたのだ。


「分かったら、さっさとこの場を去ってくれないか」


 冷たく言い放つデューク殿下の瞳には、もはや情の欠片もなかった。


「シンシア、お願いだから大人しく屋敷へ帰って」


「お母様まで……そんな……」


「いいから、早く帰りなさい」


「お父様も……?」


 答えはなかった。ただ沈黙がすべてを物語っていた。


「……分かりました。従います」


 そう言ってシンシアは静かに一礼し、王城を後にした。


 その背を、黙したまま見送るランナの心には、ひそやかな勝ち誇りがあった。

『これからは私が主役。今までお姉様ばかりが称えられてきたけれど、もう終わりよ』


ーーーー


 馬車に揺られながら、シンシアは窓の外を見つめていた。

 灰色の雲が垂れ込め、遠くで雨が降り出している。


「どうして、こんなことになってしまったの……?」


 誰に問うでもなく、かすかな声が零れ落ちる。

 だが答えなど、どこにもなかった。

 王妃教育に費やした年月、信じてきた未来、そのすべてが音を立てて崩れ去っていく。


『屋敷に戻っても、お父様とお母様に責められるだけ……どうせ追い出されるなら、自分から出て行ったほうがましだわ』


 唇に苦笑を浮かべ、彼女は静かに呟いた。


 屋敷に戻ると、シンシアはわずかな金貨と最低限の荷物をまとめ、夜明け前にそっと扉を出た。


『三人は暫く王宮で、お祝いのパーティー三昧ね』


 私は行くあてもないまま、未だ薄暗い道を一人歩く。


『……そうだわ。王妃教育で隣国の言葉を習っておいて良かった。あの国なら、誰も私を知らない……静かに暮らしていけるかもしれない』


 その言葉を胸に、シンシアは顔を上げ、隣国を目指し、歩き続けた。

 冷たい風が頬を撫で、遠くに朝焼けが滲む。


『そろそろ夜が明ける頃だわ』

 と呟き、彼女の新たな旅路が、今、静かに始まろうとしていた。


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