表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/38

残照

 俺と須加田は、廃工場を使った佐藤の隠れ家にいた。

 誰も引取り人の居ない佐藤は葬儀もやらず、火葬だけをしたのだった。役所への各種届け出は、須加田が行った。

 火葬場には、俺と須加田と俺は初対面の松戸だけが立ち会った。火葬場の職員だけの読経もない質素な火葬で、それがかえって佐藤らしい。

『神はいない。死んだらそこで終わり。天国なんかない。地獄もない』

 それが、奴の信条だった。

 火葬場の煙突から、うっすらと煙がたなびき、突き抜けたように青い空に消えてゆく。冬の晴れた日、佐藤は骨になってしまった。


 その足で、俺と須加田は廃工場に来た。この場所は、佐藤との付き合いの長い須加田も知らない隠れ家で、佐藤の心臓部とも呼べるものだ。

 なぜ、佐藤が俺をここに導いたのか、資料を整理していてわかった。

 震災孤児となった佐藤を引き取った岩手の家庭には、佐藤より年下の男児がいて、その男児が俺とよく似ていたのだった。

 佐藤の弟は、あの震災で亡くなっていて、佐藤からしてみれば、弟が生き返ったかのように思えていたのだろう。

 公園でチンピラに殴られていた佐藤を思い出す。

 佐藤は俺を見て驚いた顔をした。そして、すぐに自嘲の笑みを浮かべたのだった。弟が生き返ったかと思ったのだろう。そして、すぐにそんなことは有り得ないと思い直したのだ。

 だが、やり直すチャンスを得た。佐藤はそう考えたのかもしれない。だから、俺に金を渡して、俺が俺の夢をかなえる足しにしたいと思ったのだろう。俺は佐藤にとって、失った家族の代替品だったのかもしれない。

 これらは、皆、俺の想像にすぎない。佐藤は居なくなってしまった。真相はどうだったのか、永久に聞くことはかなわなくなってしまった。

 キャビネットに隠してある資料は膨大なものだった。ほとんどが強請に使った資料だが、一番古い資料だけは違った。

 丹念な取材を重ねた違法建築に関するルポルタージュだった。

 耐震基準の偽装を扱っていて、2度の震災で2度も家族を亡くした佐藤の怒りが詰まったものだ。それは、須加田が引きつぐことになった。

 佐藤は強請った相手から「ハイエナ」と蔑まれていたが、そのルポルタージュはハイエナと呼ばれた彼のジャーナリストとしての誇りの残滓だ。

 闇を覗き続ける覚悟がなかった俺より、佐藤に惚れていて、もしも佐藤が闇に沈むなら、躊躇いなくそこに飛び込むであろう須加田こそが、それを持つのにふさわしい。

 最後は、隠されていた金だ。通帳を調べると、定期的に寄付が行われていて、法人口座だったことから、須加田が調べたところ、震災孤児を預かる孤児院だということが、分かった。


 俺は、残された全ての金を持って岩手に飛び、その施設の責任者と会った。海が見える丘の上にあるカトリック教会の付属施設がそれだった。

 残照に赤く冬の海が染まり、キラキラと光っていた。佐藤は、岩手の家族に引き取られるまでの短期間、この孤児院にいたことがあったらしい。

 少年だった佐藤は、何を思いながらこの夕焼けの海をみていたのだろう。

 あの昏い炎は、もう佐藤の目に宿っていたのだろうか?

 孤児院の経営者と会った。ボランティアでここの経営を担う、教会の信者さんだった。

 俺は、彼にもう寄付が出来ないことを話し、最後の寄付となる現金の詰まったバッグを渡した。

「あの、これは、いったいどなたからのご寄付だったのでしょうか」

 孤児院の経営者が、俺に問いかける。

 佐藤は匿名で寄付を続けていた。今更、名乗るのは彼の希望するところではないだろう。

 だから、俺はこう答えた。


「誇り高きハイエナです」


   (了)


『ハイエナの誇り』これにて終劇であります。


挫折しかけた時、絶妙のタイミングでお声をかけてくださった飛狼様は、この作品の大恩人であります。この場をお借りして、改めて感謝申仕上げます。


また、読んで下さった方やブックマークをして下さった方にも感謝申し上げます。


毎日投稿&完走させるという目的が果たせて良かったなぁ。


感想などお聞かせ下さると喜びます。

腕試しだったので、手厳しいご意見でも泣きません(多分)。糧にします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ