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光へ

「まぁ、座れや」

 事務所の革張りのソファにどっかと腰かけて、偉そうな口調で佐藤が言う。

 ここは自分のオフィスなのに、徳山がおずおずと向かいに座った。

 俺は、わざと座らず、徳山を見下ろすようにした。

 そうやって、心理的な圧迫を強めてゆく。徳山は既に佐藤のペースにはまっていて、動揺している。

 佐藤は、書かれた記事を、徳山の前に放り投げた。

「五分やる。読め」

 と、言葉短かに命令する。徳山はその記事を読み始めた。読みながらだんだんと顔色を失ってゆく。

 空白の部分は想像で補完したが、地主の老人とその弟殺害の経緯がそれには実名付きで書いてあるのだった。

「これを、どこで…… 」

 徳山が口ごもる。おおよそ、見てきたように事件の全貌を書かれているのだ。

「情報元が何処だなんて、言えるわけがないだろうが」

 事件の詳細を知る人物は限られている。徳山は今疑心暗鬼に悩まされているはずだ。

「死体を埋めた座標まで知っているぜ。警察に売ってもいいんだぜ? さぁ、どうするんだ? あ?」

 佐藤が畳み掛ける。徳山がうなだれた。

「ニ億。それだけ出せば、この記事は世にださねぇし、サツにもタレこまねぇ。ニ億なんて、すぐ挽回できるだろ? あんたにとっちゃ、ほんのポケットマネーじゃねぇかよ」

 二億円とはふっかけたものだが、徳山がこの八年間で貯めた金額はかなりのものだろう。ざっと計算しても純益で十億円以上は稼いでいる計算だ。

「そんな大金、すぐに動かせない」

 慌てて徳山が言う。徳山の禿げ上がった額には、びっしりと汗の粒が浮かんでいた。

 もちろん佐藤は、そんな泣き言には取り合わなかった。

「9時半までに、ここに振り込め。あと二十分」

 そう言って、口座番号が書かれたメモ帳を徳山に渡す。

 佐藤は、振込まで金田が来る前に決着させる気だ。

「口座確認して、入ってなければ、警察に届けるぞ。いいな?」

 そう言い捨てて、俺たちは徳山のオフィスを出る。ガシャンと何かが割れる音が響いたが、花瓶にでも八つ当たりしたのだろうか。

 いずれにせよ、早々に退散した方がよさそうだ。首尾は上々だったのだから。

 終点の3つ手前の、いつもの駅で口座を確認すると、見たことがない金額が佐藤の通帳に記載されていた。佐藤は、

「出来ないとか言って、やれば出来るじゃないか。嘘吐きめ」

 と言ってけくけくと笑う。しかし、大金を得たことによる喜びみたいなものは佐藤からは感じられなかった。

 高額の振り込みは、本人確認と取引目的が出来れば、比較的簡単に出来る。徳山はあわてて振り込んだのだろう。

 もしも金田がいれば、徳山は強気になっていたかもしれない。だから、金田が来る前に決着をつけてしまうのは戦略上正解だったのだ。

「約束の四割を払うよ。八千万円を君は稼いだのだよ。これで、新しい事業も始められるよ」

 佐藤が言う。俺は首を振った。

「そんな大金、受け取れない。そっちこそ、これを引退金にして、まっとうな職についたらどうだ?」

 佐藤はほろ苦い笑みを浮かべた。

「皆が言う『まっとう』ってなんだろうね? しょせん人は騙し合いをして喰い合う獣だよ」

 俺は、金を受け取らせようとする佐藤を断固拒否して家に帰った。これで、佐藤との契約は終わった。すっきりしない結末だが、それは仕方がないと諦めた。

 金を受け取らなかったことについて、俺は惜しいとは思わなかった。こんな形で得た金は尊くない。『死』にまみれた金なのだ。

 佐藤なら、「金に区別はないよ」とでも言うだろうが。


 茨城県警は捜査をはじめたらしい。報道はされていないが、どうやら、佐藤の匿名の電話のおかげで、白骨死体を発見できたらしい。

 佐藤が言った、「警察に売らない」というのは全くの嘘で、佐藤は須加田を経由して、自分が得た情報を警視庁に提出した。

 須加田は、元・警視庁捜査二課の刑事だったらしい。それで、警察関係のコネがあるのだった。

 公私混同を嫌う須加田だが、徳山を野放しに出来ないという判断があったのだろう。おかげで、警視庁は、茨城県警との合同捜査に踏み切り、極秘裏に徳山には内偵が進められているという噂だ。

 モトネタの氏家の手柄になるのは、少し癪に障るところではあるが。

 水戸郊外の山中で発見された白骨死体は、異例の速さで身元が判明する。その影に、佐藤から提出された資料があることなど、世間は知らないのだろう。

 金の受け取りを拒否し、佐藤と別れてから、俺は彼と会っていないし、佐藤から連絡もない。

 短い期間だったが、佐藤と過ごした日々が俺の心の中にどんな化学変化を起したのか、俺は再び東南アジアの言語を学び始め、民芸雑貨を輸入販売する店を立ち上げるべく、努力をはじめた。

 俺には闇を見つめる覚悟も素質もないのがわかったので、それが収穫と言えば収穫なのかも知れない。

 全てが平凡な日常へ。それが、俺にはお似合いだ。


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