脅迫
方位磁石を手に木村のメモにあった目印を探す。シャベルでイラついた金田が殴った、首が取れた地蔵のような形の岩。それを、俺は時計回り。佐藤はその逆回りで、渦をまくようにGPSが示した場所を捜索する。
六年あれば、灌木程度だったものも若木程度には成長する。景色も変わる。倒木もあるかもしれない。だから、まさかこんな所に……というような場所も、丹念に探す。
「あった! これだ!」
佐藤が叫ぶ。不自然な切りこみのある凸文字のような岩が、枯葉に半ば埋もれていた。佐藤は、その岩にタコ糸を結び付け、方位磁石を見ながら真北に歩いてゆく。
五メートルほどの距離で、適当に折った木の枝に結び付け、地面に差す。
そして、第二の目印を捜す。木の幹に星本がナイフで落書きをしたブナの木。ブナの木の見分け方は平が教えてくれた。
葉が落ちてしまった今の時期はは幹で判別するのがいいそうだ。灰白色か暗灰色の幹で割れ目がなく、地衣類をまとわりつかせて斑模様になっている幹を探せばいいらしい。なるほど、落書きしやすそうな幹だ。だから星本は退屈凌ぎにナイフで刻んだのだろう。
地衣類を擦り落としながら、落書きを探す。シャベルカーの準備を終えた平が捜索に加わり、やっと見つける。
佐藤がその幹にタコ糸を結び、今度は北北東に歩いてゆく。さっきの真北に伸ばしたタコ糸と交差する地点があった。
「多分、このあたりだ」
佐藤はそうつぶやいて、その周辺を竹箒で掃きはじめる。
俺も、それに加わった。
平はシャベルカーを起動させる。
腐葉土と、新しい落ち葉をどかしてゆく。黒土の地面が見える。直径五メートルほどの面積の落ち葉をどかした。
そこは、長方形に地面が窪んでいた。俺の背中に冷たい物が走る。
その窪みは、丁度人が一人、横たわるくらいの大きさだった。
佐藤の話では、死体が埋められると、腐敗が進み白骨化するに従い地面が窪むらしい。
俺たちは、今それを目撃しているのかもしれない。
平が、シャベルカーを前進させる。
その窪みの周囲を掘りはじめる。佐藤は無表情でそれを見ていた。機械は淡々と操作された通りに動き、地面を掘り進んでゆく。
「ストップ!」
佐藤が叫ぶ。
平はシャベルカーを後退させた。いつの間に持ってきたのか、トラックに積んであったスコップを片手に、佐藤が掘られた穴の中に入る。
穴は丁度一メートルほどの深さになっていた。
スコップを使って、土砂をどかしてゆく。
やがて、スコップが穴の外に放り出された。佐藤の頭が穴の中に消える。
跪いて、手で土をどかしているようだ。そして、佐藤の動きが止まった。
佐藤が、穴の外に這い出してくる。その姿はまるで妄執に憑かれ、墓場から蘇る幽鬼のようだった。
「あった。メモは事実だったよ」
見れば口をあけた頭蓋骨が、穴の底にあった。俺は思わず手を合わせていた。平も手をあわせて念仏を唱えている。佐藤は険しい顔で、その頭蓋骨を見ていた。その目には、あの昏い炎が揺らめいているようだった。
俺たちは、また死体を埋め戻し、この場の痕跡をすべて消して、現場を後にした。足跡は特に念入りに消した。トラックのタイヤ痕も、消しながら後退する徹底ぶりだった。
レンタルしたトラックやシャベルカーは、平の会社の駐車場できれいに洗浄し、返還した。仕事柄、トラックもシャベルカーもレンタルすることがあるので、誰も気に留めない。
俺は、死体を初めて見た。衝撃は大きかったと思う。誰にも看取られることなく、あんな寂しい山中に埋められた無念はいかほどのものだろう。
佐藤は、ノートパソコンに向って、黙々と記事を書いている。
どこにも掲載されない記事。この記事をどこかに持ち込むぞと脅しをかけるのが、佐藤のシノギなのだから。
今、書いている記事は、徳山に見せるための記事だ。どんな決着がつくにしろ、俺はこれで佐藤と袂を分かつことにする。
俺には佐藤の闇を受け止めることが出来ないと分かったから。
従って、大東さんの抱える闇も俺には直視できなかっただろう。それが分かっていたから、大東さんは俺に何も言わずに消えてしまったのだ。
俺の限界を一番わかっていたのは国分ということになる。俺は現実から逃げてばかりの甘ちゃんで、戦場で「自分には弾が当たらない」と自己暗示をかけながら、真っ先に死んじまう馬鹿な新兵と同じだった。
だが、けじめだけはつけるつもりだ。徳山との対決で佐藤を守る。それが、俺に残された最後の仕事だ。
夕闇の上野についた。スーパーひたちに乗っていた1時間のうちに、佐藤は記事を書き上げたようだ。これは、警察の調書ではないので、俺たちの知らない部分は想像力で補完することが出来る。記事の中の出来事にリアリティがあれば、それでいいのだ。
上野の駅前の公衆電話に佐藤が入っていった。どこかに電話を入れているようだ。携帯電話をもっているのに、わざわざ公衆電話を使うという事は、匿名の電話ということ。
監視カメラに顔が映らない様、顔の下半分はマスクで隠し、蓬髪を垂らして目も耳も隠していた。
電話を終えると、監視カメラの多いJRには乗らず、タクシーをわざわざ2回も乗り継いで廃工場の隠れ家に戻った。
「どこに電話していたんだ?」
佐藤は、顔を隠すためにざんばらにした蓬髪をまた一つにまとめながら、
「ん? 死体を発見したのだぜ。茨城県警に電話したに決まっているでしょう。警察に協力するのは市民の義務だよ」
と、平然と言ったのだった。
翌日、俺と佐藤は徳山のビルの前にいた。須加田の調査のおかげで、徳山の行動パターンは分かっている。朝の八時きっかりに徳山は出社するのだ。それを『朝駆け』しようというのが、佐藤の作戦だった。
厄介なのは金田と安東の二人だが、朝は弱いらしく、十時時をすぎないと出社してこない。この日も、徳山一人の出社だった。
徳山が出社したのを見計らって、佐藤が電話を入れる。なかなか出ないが、ずっと鳴らしっぱなしにすると、不機嫌な声で徳山本人が出た。
基本的に徳山はケチなので、雑用をする社員を雇わないのだ。普通の会社ではないから、事務員は必要ないのだが。
「もしもし? あんた、徳山さん? あんたに買ってほしいモンがあるんだけどね」
佐藤が、軽い調子で切り出す。徳山は大物ぶりたいという願望があるらしいので、このような言われ方をすると、逆上するらしい。事実、逆上した。
「うるせぇなぁ、喚かなくても聞こえるよ。言っとくがあんた、俺と取引しないと後悔するぜ」
佐藤が、こんな伝法な口調を駆使出来るとは知らなかった。
徳山は恫喝が効かなかったので、少し不安になったようだ。取引内容を聞いてきたのが、奴の不安な内面を暴き出している。
「ある可哀想なじじいの兄弟のお話さ。あんたが買わないなら、どっかに売っちまうぜ」
徳山が沈黙する。頭の中で色々と計算をしているだろう。
電話の主はどこまで知っているのか?
ただのハッタリか?
などだ。
「だめだ、あと10秒で決断しろ。もう2秒経過したぜ」
話の内容からいって、金田が出てくるまで、時間を引き延ばそうと徳山が試みたのだろう。
そうさせまいと佐藤が畳み込んでいる。タイムリミットを作って相手を追い詰めるのは、佐藤の常套手段だった。
「あと5秒。そしたら、電話切って、雑誌社に売りに行くぜ」
佐藤が、時間をカウントダウンする。徳山は携帯電話などで、必死に金田に連絡をとっているだろう。
だが、無駄だ。金田は今、あるキャバクラ勤めの女に入れ込んでいて、遅くまでその店で豪遊しているのだ。倒れるように家に帰り、何があってもこの時間は起きないのが、須加田の調査で分かっている。
それを分かったうえでの『朝駆け』だ。
徳山は実は小心者だ。だから、暴力の権化のような金田を傍に侍らす。金田が居るのと居ないのとでは、徳山は全く違う。金田が居ないうちに交渉を進めるのが最良なのだ。
「わかった。初めからそうしときゃいいんだ。今から行く。もう目の前にいるぜ」
そう言って、返事を待たずに佐藤が携帯電話を切る。そして、ビルの階段を駆け上った。俺はその後に続いた。
佐藤が事務所のドアをノックする。中で徳山が悪態をついているのが聞こえた。
今度は拳で扉を叩く。それでも開けないので、今度は扉を思い切り蹴った。
「開けろ、この野郎! そこにいるのはわかっているんだぞ!」
蹴りながら佐藤が怒鳴る。
徳山が慌ててドアを開けた。自分が脅されている姿をビルのテナントに見せたくなかったのだ。




