狩人
佐藤は二人のなれ初めから、時系列を追って新井から話を聞きだしていく。新井は、話し始めると意外に饒舌だった。隠れるようにひっそりと生きていたので、会話に飢えていたということもあるだろう。それに、佐藤が聞き上手だということもある。
佐藤は口を挟まない。どんなにつまらない事でも「つまらない」という顔をしない。矛盾があっても指摘しない。しゃべりたいだけしゃべらせて、相手が主張したいと思っていることに会話を巧みに誘導する。
大東さんの『華嶽希夷門心意六合八法拳』の捌き技を見ているかのようだった。
新井は自分の話に酔い、うっすらと涙さえ浮かべながら、愚にもつかない純愛話を続けている。だが、これは、DV男とそれに依存する女のありふれた話に過ぎない。
佐藤は、メモをとる振りをしながら、時に話の続きを促し、時に励まし、辛抱強く新井の話を聞いている。さすがとしか言いようがない。今の俺には、多分無理だ。
話つかれた頃を見計らって、佐藤がケーキを注文する。
「お疲れでしょう。すこし休憩しましょうか?」
そんな事を言っている。
『自分を気遣ってもらっている』
そう考えて、新井は悪い気はしないはずだ。
また、雑談に入る。今度は佐藤が、今までの取材旅行でのエピソードを話している。どこまでが本当で、どこまでが作り話なのかわからないが、ジャーナリストという未知の職業の話は、新井にとって耳新しいものだろう。
「この、仕事はウラをとるのが重要なのです。情報ソースの裏付けのことですが、これがないと、記事にならないのですよ」
新井が、ケーキを食べ終わるのを見計らうようにして、再度、佐藤が斬りこんでゆく。
「ぜひ、木村氏のお話も伺いたいものです。きっと、物語に奥行きを与えてくれることでしょう」
新井が考え込む素振りを見せる。余計なことをして木村に怒られるのが怖いのだ。佐藤は、新井の一瞬の躊躇を見て、素早く引いた。
「無理にとは申しません。初めから予定になかったことですから。残念ですが、仕方ありませんね。今日は、本当にありがとうございました」
そう言って、片づけを始める素振りを見せた。新井の心理としては、佐藤のために何かしてあげたいと思うところまで来ている。だが、木村への恐怖がそれを凌駕してしまっているのだ。
佐藤は、そこで期限を切った。決断しないと、この楽しい会談はここで終わりだよということを突きつけたのだ。これは、詐欺師がカモを追い詰める典型的な方法である。バッド・カンパニーの古い常連に元・詐欺師がいて、俺は、そういった類の話はよく聞かされていたので、佐藤の手の内がすぐに分かった。
新井は、軽いパニックになっているだろう。もともと、動揺すると冷静な判断が出来なくなるタイプの女が木村のようなゲス男の犠牲になる。
「わかりました。木村と話してみます。木村は私としか会いませんから、私が直接彼に合って話します」
木村に会うための道筋が開けた。
面談初回でここまで持っていければ、充分すぎる程の戦果だ。
「助かります。本当にありがとうございます。貴女は、私の恩人です」
佐藤が、例の蕩けるような笑顔を浮かべて、新井に感謝の念を伝える。念だけはなく、封筒に包んだ金も、そっとテーブルに置く。新井の顔は、喜びと誇りに輝いていた。
新井は、駅まで見送りに来て、丁度到着した電車に俺たちが乗り込むまで見送っていた。佐藤は手を振り、頭を下げる。俺は、ちょっと頭を下げただけで、すぐにどっかと座席に座った。これは、佐藤がいい人であることを際立たせるための演出の一環だ。つまり『悪い警官』。
「ジャーナリストって、何だ? って、聞いたことがあったな。あんたは、情報を銭に変える仕事って答えたよな。もう一つわかったぜ」
さすがに疲れたか、ぐったりとシートに座った佐藤に言う。
「詐欺師と紙一重ってことさ」
けくけくと、佐藤が笑った。
「情報が全てさ。それを得るためなら、ジャーナリストは何でもするものだよ。詐欺でもなんでも。それこそ、ハイエナみたいに貪欲にね」
死肉をあさるという印象があるアフリカにいる犬に似た動物、ハイエナ。 実は彼らは優秀なハンターでもある。ライオンなどよりよっぽど上手に獲物を狩るそうだ。
それと、犬のように見えて、学術上はジャコウネコの仲間というつかみどころの無さもある、不思議な動物だ。
なんとなく、佐藤に似ているような気がする。俺は今、佐藤が「情報」という獲物をハンティングするところを見た。
彼もまた優秀なハンターなのだ。




