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悪鬼

 旋盤機械や工具などは既に売り払われ、工場は空っぽの空間になっており、佐藤はそこに棚を置いて、機材置き場にしているらしい。

 外階段を使って事務所に入り、中の階段で工場内に入るという生活導線は不便だが、トイレも湯沸かし器もシャワーブースもあるので暮らすには問題ないという。

 なにより、周囲に民家がないのがいいと佐藤は言う。

 「焼き討ちされても、ここが燃えるだけだからねぇ」

 佐藤にとっては、ここも仮初の場所なのだろう。だから、住居兼事務所は実用一点張りの何もない部屋で、ボロボロのソファと、傷だらけのテーブルという古い応接セットがあり、これだけが唯一の家具だった。

 ソファには、寝袋が丸めておいてあり、そこが佐藤の寝床でもあるらしい。かつての社員用のロッカーが壁際に5つ並んでいるが、これは家具とは言えない。

 「ウジ虫野郎の資料を見てみよう」

 佐藤がソファに座って、封筒を破る。俺はそこにマル秘の文字と、警視庁の文字を見た。これは、警察の資料をそのままコピーしたものだった。

 「おい、これ……」

 佐藤は、そう言いかけた俺を制して、

 「その通りさ。ウジ虫は刑事だよ。新宿署の組織犯罪対策課。いわゆる『マル暴』さ」

 暴力団を取り締まるのが、組織犯罪対策課の仕事だ。その性質上、違法捜査ギリギリの灰色の部分も多いと聞く。そして、グレーどころか、真っ黒に染まってしまう誘惑も多い部署らしい。

 小説や映画の中なら、悪徳警官というのは見たことがある。しかし、本物を見たのは初めてだった。

 「あのウジ虫も、最初は内部告白だったのだろうね。不自然な圧力で、捜査が妨害されたりして、義憤を感じたことだってあるだろう。それで、私の様なフリーランサーの『ジャーナリスト』にリークしたのだと思うよ。最初はね」

 そう言ってけくけくと笑う佐藤は、昏い目をしていた。大東さんや国分と同じ目。

 「そのうち、それがゼニになることを覚えてしまったのだね。あとは、麻薬患者と同じさ。やめるにやめられない。『ジャーナリスト』の片棒を担ぎながら、その上前を撥ねる。なんとまぁ義憤に燃えていたおまわりさんが、典型的な悪党警官に華麗なる変身というわけさ」

 いくつかの資料が同封されている。佐藤はその中の人材派遣業者の資料を熱心に読み始めた。その他に、内偵捜査の資料らしき物が2つある。そのうちの1つを拾い上げて読んでみた。マンションの一室を使って無許可で風俗営業を行っている業者の資料だった。

 「そいつは、ダメだ。報告書の決裁欄を見てみたまえ。組織犯罪対策課と生活安全課の課長の押印欄があるだろ?共同捜査の場合は、課同士が相互監視するから色々と面倒臭いのだよ」

 極端なセクショナリティは、警察の専売特許みたいなもの。同じ所轄署でも課が違えば互いに噛みあうのが猟犬どもの習性。

 「ああ……こいつはガチの危ない奴だ。下手すりゃ本物の殺人鬼だよ」

 資料から目を上げて、佐藤が言う。「危ない」というわりに、佐藤から脅えの色は見えない。それどころか、面白い玩具を見つけた猫の様な顔だ。そして、相変わらず目には昏い炎が灯っている。

 熱心に読んでいた資料だけを残して、佐藤は残りの資料を無造作にシュレッダーにかけてしまった。

 佐藤は、問わず語りに

 「これ以外の資料は、ウジ虫の野郎が使えないのを承知で添付してきたものだから読むだけ時間の無駄。『ほらボクこんなに一生懸命資料を集めてきたよ!』っていう一種のパフォーマンスなのだからね」

 と言う。新しい分野の仕事なので、俺にとっては得る情報の全てが新鮮な驚きがある。やはり、酒場の用心棒より面白い。

 「ちょっと、下見に出かけようか?」

 キャンバス地のバッグを肩に掛けながら佐藤が言う。

 俺に否やはなかった。

 佐藤が、JRの場外馬券売り場があるターミナル駅行の都営バスに乗る。逆方向のバスは、会社帰りのサラリーマンやOLで混んでいるが、上りのバスはガラ空きだった。

 最後部の座席に陣取り、佐藤が俺に今回の相手の概略を教えてくれた。佐藤が資料を読んで思わず呟いたとおり、胸糞がわるくなるような男の話だ。


 不景気の折、住宅ローンを抱えたままリストラされたりして、多額の借金を抱える者も少なくない。そういった者はまずキャッシュカードに頼る。それが限度額に達すると、窮してサラ金に手を出す。更に落ちると、ヤバ筋の闇金にも手を出してしまう。

 闇金には当然バックに非合法な組織がついていている。こうして、坂道を転げ落ちるように借金を重ねる者がいて、その業界では名簿が出来ているらしい。

 その名簿の情報をヤクザと共有し、金に換えている人物がいるという情報が、氏家という刑事が持ってきた資料の内容だ。

 その人物は、人材派遣業を営んでいて

 「借金を清算してやる」

 と言って、名簿から目ぼしい人物を選び出し、接近するところから始まる。

 そして、自分の息のかかった仕事場を紹介し、親身な振りをして不動産を処分する方法などをアドバイスし、借金を実際に清算してやるのだ。その際、ちゃっかり手数料を取る。

 そのうえで生命保険や傷害保険を掛ける。

 そして、保険をかけられた人物は、高い確率で、手指の欠損といった障害が残る大怪我をしたり、失踪したり、事故死したり、病死したり、自殺したりするのだ。

 死肉に群がって骨までしゃぶり尽くす所業だが、闇金まで落ちている人物はたいてい親戚や友人との交流を断っており、誰も気にかけない。

 この人材派遣業者を叩けばいくらでも余罪が出てきそうだが、警察が掴んでいる疑わしい事案だけでも、実に8人もの不審死がある。ほじればもっとあるかもしれない。

 組織犯罪対策課の氏家は、その人材派遣業者とつながりがあるヤクザを別件で現行犯逮捕した際、このネタを仕入れたらしい。

 「俺が知っているヤバめの事案をウタうから、今回は見逃してくれ」

 とか、そんな感じで氏家はこいつを入手したのだ。本格的に捜査の手が入るには、証拠が少ないので、捜査の優先順位は下だが、金の匂いがするので当たりをつけておきたい。そんな思惑が氏家にはあるのだろう。

 保険金詐欺は金額がでかい。分母が大きければ、得る銭も多くなるのは理屈だった。

 「まずは、この業者の顔だな。それから交友関係。進行中の事案があれば、そいつも押さえたいところだね」

 佐藤は、淡々とそんなことを言っていた。


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