第一話
何時頃からの癖なのかは定かではない。
だが、気が付くと何時も地べたに座り込んで空を眺めていた。
特に何も考えず、ただ呆けた様に空を眺めていた。
傍から見れば馬鹿みたいな仕草なのだろう。
よく、近所のガキは勿論の事、よく知らない人にも嘲笑されながら馬鹿にされた事が多々ある。
けれど、それでも気が付くと空を眺めていた。
何も考えず、何も思いを馳せず、ただ決して手の届かない位置にある空を眺めていた。
人に馬鹿にされ、必要とされなかった頃、空を眺める事だけが心休まる時だったから。
度重なる戦闘に疲れたので息抜きがてら天幕から出ると、鼻を突く臭いが漂ってくる。
何かが焼ける臭いと何かが腐った様な臭い。
つまり、嗅ぎ慣れた戦場の臭いだ。
遠くで黒い煙が天に昇っていくのをみるに、おそらく戦死者の死体を焼いているのだろう。
「……南無南無」
適当に呟きながらも歩みを止めずに適当に進み、天幕群の外れにある小さな空けた場所に腰を下ろす。
遠くから戦場とは別種の怒声や悲鳴が小さく聞こえるが、この場は静かなもので風の音がやけに大きく聞こえる程だ。
ふと、空を見上げると鳶が飛んでいた。
甲高い笛の様な鳴き声を上げながら、クルクルと空を旋回している。
その様は凄く自由そうで、何とも羨ましい気持ちになってしまう。
人は潜在的に空に憧れている、とは誰の言葉だっただろうか。
そこに太陽があるから?
……うん、何か違うな。
「……失礼。貴殿がコバルト準民士か?」
空を眺めながら、そんなどうでもいい事を考えていると、横から声を掛けられた。
反射的に視線を空から右手側、少し離れた場所に佇んでいる人物に合わせる。
そこには革と鉄の混合鎧を身に付け、背には赤い外套を纏った男が立っていた。
格好から見るに正規兵だろうが、階級章を身につけていないし、何より民兵である俺に慇懃無礼な態度ではないのを見るに、おそらく一兵卒からの叩き上げなのだろうか。
「……そうだが、俺に何か用事か?」
なぜ呼ばれたのだろうか? 少なくとも、彼の様な正規兵に呼ばれる覚えはこの身にはない。
「ッハ! ゲオルグ閣下よりコバルト準民士に召集命令が掛かっております。本幕まで同行を願えますか?」
「……閣下から?」
これは何というか予想外。
この身は戦場で幾分か出世しているが、それでも只の一介の民兵なのだ。
呼びつけられるならまだ解るが、この様に丁寧に招待されるのは、何というか、裏があるのか疑ってしまう。
私見だが、貴族は何より平民を低く見ている気がある。
そんな平民が出しゃばって手柄を稼ぎ、戦場での臨時とはいえ出世するのだ。
貴族的に面白くないと言えば、面白くないのだろう。
ゲオルグ閣下について良く知らないのでこれが当て嵌まるかは解らないが、わざわざ召集命令を掛けるのだから、何も無いという事はないだろう。
正直に言えば、凄く行きたくない。
しかし、この身は民兵で、平民なのだ。
上官の、それも貴族の命令を無視できる筈が無い。
「コバルト準民士。召集命令、了解しました!」
パパッと素早く立ち上がり、敬礼しながら兵士に返事をする。
これに何を思ったのか、兵士は何やら感心した様な表情を浮かべながら僅かに頷いている。
い、一体何なんだ。
「ん、では私について着てください」
兵士はそう言うと、踵を返して天幕群に向かって歩いていく。
このまま自分も踵を返して全力疾走したい気持ちを抑えながら、先を歩く兵士について歩いて行く。
ふと、耳にまた甲高い笛の様な鳴き声が聞こえた。
歩きながら視線を上に向けてみれば、鳶が鳴きながら空を飛んでいた。
「空、かぁ」
空の彼方に消えていく鳶を視線で追いながら、湧き上がる感情を抑えきれずについ呟いてしまう。
鳶の行き先は解らない。目的も、目標も知らない。鳶は鳶で辛い事、悲しい事があるのだろう。
ただ、それでも、この狭い大地で日々殺し合いに興じてる奴から見れば、大空を自由に飛ぶ鳶がひどく羨ましく感じたのだ。




