9月25日 うろな町の隠れた名店 前篇
9月25日、天候曇り。
県内最北端のスーパーがあるうろな北。そこには多くの家が一軒家だったりするのですが、その中に一軒隠れ料理店があります。
隠れ料理店とはあれです。一見するとただの民家にしか見えませんが、実は営業中のお店だったりする、情報を知らないと行けないお店です。まぁ、大抵は店主の趣味で営業しているため、メニューも1つだったりするんで、かなりギャンブル的な一面が強いです。しかし、当たりが出ると非常に良いですね。なにせ、他の人には行かれていない隠れた名店、つまり無駄な争いも無意味な待ち時間も無いのですから。
【大光寺家】。
そこは見かけはただの一軒家です。古臭い感じも、怪しい感じも無い、多分説明しないとここまで辿り着けないそんなごくごく平凡な青い屋根が特徴のお店です。このお店は当たりで、少し遠いのが難点ですが、それは置いておきましょう。このお店はまぁ、滅多な事では見つからないと言う事を覚えて貰えれば嬉しいです。ですので、このお店には私は1人で居たいと言う時に訪れます。
――――――まぁ、こうやって別の人に会うと嫌な気分になりますが。
「えっと、君は――――天塚弓枝さん、だっけ?」
と、【大光寺家】の近くにて1人の男性に出会った。【ビストロ】を経営する若い男性、葛西拓也さんである。こんな所で会うなんて奇遇である。
「葛西様、でしたっけ? どうしてここに?」
「いや、ただの散歩だけど……君は? 今は4時でしょ? 普通の学生はまだ勉強中なんじゃ……」
「もう私は既に学校の推薦を貰っているから大丈夫ですよ」
まぁ、私はほとんどそう言う受験と縁遠い場所に居るので大丈夫なんですが、それよりも……
「お腹が空いているので失礼します」
今日はお腹を満たしに来たので、この葛西拓也さんの相手は後にして早く料理を
……と思っていますと、
「え? この近くに料理屋とかあった? ちょっと案内して貰える?」
どうもこの葛西さんの気を引いてしまったようです。私は「仕方ない、怒られるのを覚悟で」と思う。
「では、行きましょうか。大光寺さんの家へ」
と、葛西さんを誘い、【大光寺家】へと向かうのでした。
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【大光寺家】を見つけた私は、そのまま中に入ろうとするけれども、葛西さんが「良いのかな?」と言う形で一緒になって入って行く。
「いらっしゃいませませー! ませませー! おや、新規のお客様だー! 嬉しいなー! 嬉しいなー!」
そう言って話しかけて来たのは、メイドさんだった。それもただのメイドさんじゃなかった。巨乳メイドさんだった。
ニコヤカで優しそうな笑顔と、はちきれんばかりの巨乳。そして全体的に白で質素な感じのメイド服を着た、どこからどう見ても巨乳メイドさんだった。
「め、メイド喫茶……?」
「違うぜ、それはそいつの趣味だ」
と、そう言って奥から現れたのは金髪の強面の男性。狼を人間にしたらこうなるかと思うばかりの凶悪そうな見た目と、190はあらんばかりの恵まれた巨体を持つ、白い割烹着を着ていなければヤクザと間違うかもしれない男性だった。
「や、ヤクザまで……!?」
「葛西さん。大光寺さんに失礼ですよ」
「お、大光寺ってこの家の……まさかここって隠れ料理店かい!?」
と、葛西さんは急にキラキラした眼をして、ヤクザと間違わんばかりの男性、大光寺物成さんを見つめる。
大光寺物成。この店、【大光寺家】の料理人にして店主。作る料理は絶品中の絶品で、この強面さえなければどの一流料理店にでも働ける、実力者。そしてさっきのメイドさんはここのウエイトレス、絵理奈さん。あの巨乳と美貌、そして優しさからリピーターが絶えないと言う出来るウエイトレスさんである。
「へぇー、うろな町にも隠れ料理店ってあったんだねぇ」
「悪かったな。おい、弓枝。とりあえず今日はどうした、何か食べに来たんだろう?」
「じゃあ……ラーメンをお願い出来ますか? 味はお任せで」
「はいよ」
そう言って、物成さんは料理を作り始める。それに対して葛西さんは慌て始める。
「え、えっとここ、メニューも無いし、どうやって注文すれば……」
「黙ってろ、新入り」
と、物成さんが凶悪そうな見た目を十分に使って葛西さんを威嚇する。葛西さんは「ひぃ……!」と小さく悲鳴を上げるのを見て、絵理奈さんが物成さんの側に近寄る。
「こら、駄目でしょ! 物成君! 折角のお客様なんだから! ただでさえ、お客さまってほとんど来ないし、最近は【ビストロ】ばかりにお客様取られて、もう私がメイドになって働かないといけないと思ったくらい、ヤバいんだからうちの店は!」
「……【ビストロ】が出来る前からお前はメイドだっただろうが」
「当たり前です! メイド=私! メイドの道、メイド道を極める事が私の真理、そして存在意義! 物成君はもっとメイドに対して夢を見るべきだよ! さぁ、私の胸に飛び込んでおいでー!」
さぁさぁ! と言っている絵理奈さんを無視して、物成さんはラーメンを仕上げていく。私が絵理奈さんが気付かない内に出してくれたお水を飲んでいると、葛西さんが質問してくる。
「え、えっと弓枝さん。この店、どう言う仕組みなの? あの2人はいったい、どんな関係……?」
「この店は兄様が連れて来てくれた店です」
私は葛西さんに語る。
この店の店主である大光寺物成さんは、あの強面のせいで折角の料理の腕を正当に評価されなかった。そして、うろな町でひっそりと自分の家で隠れ料理店を開くも、なかなか客足が伸びなかった。そんな時に絵理奈さんと出会い、今のようなお店を開く事が出来たのだとか。
「じゃあ、この店は柊人君が通ってたの?」
「兄様は知らず知らずのうちに利用してますので。まぁ、初めは慣れないでしょうが、味は本物です」
話している間に出来たらしく、絵理奈さんが「はい、どうぞー!」と私の前にラーメンを、そして葛西さんの前にオムライスを置いた。
「あれ、僕はこんなの注文してないんだけれども……」
「葛西さん、この店は新規のお客様はメニューを選べないんです。そしてオムライスが出されるんです。そのオムライスの味で、このお店にもう1度来たいか来たくないかを決めるんです」
「そんなお店って……」
そう言いながらも、渋々と言った感じでオムライスを口に含む葛西さん。そして身体が止まった。
そして思った。
――――――あぁ、これで彼もこの店の常連になるのかと。
「こ、これは! 卵は中は絶妙に溶けていて、なおかつ外はまるで女神が包んでいるかのように柔らかい! そして中のケチャップライスは市販のケチャップを使っているはずなのに、トマト本来の味と米が混ざり合った、まさに芸術的な味がする!」
そう、彼の腕は絶品なのだ。それはもう一流の料理人が涙を流すくらい絶品。とても美味しすぎて、食べた人はあまりの美味しさに顔がとろけるのを止められないほどの美味しさ。
私はラーメンを食べる。これまた、絶品! ……何度食べてもこの味は最高ですよー。
「2人とも良い笑顔! 流石、物成君! 料理の神に愛された男なだけはあるね! 私もメイドとして鼻が高いよ!」
「そこはウエイトレスと言っとけ、この馬鹿ウエイトレス」
綺羅ケンイチさんの【うろな町、六等星のビストロ】より、葛西拓也さんをお借りしました。




