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【コミカライズ開始】ひねくれた私と残念な俺様  作者: 合澤知里
本編

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99.成れの果てを聞きました

 翌週末、私と大河さんは天宮会長のご自宅に伺った。折角新しい家を用意してくださった会長には申し訳ないけれど、大河さんの家に戻った事を、きちんと会長に報告したかったからだ。

 まあ、既に会長はご存知だったようで、諸手を挙げて歓迎されたのだけれども。


 「そうか。一時は諦めざるを得ないかと思ったけれど、上手く行って本当に良かった!」

 嬉しそうに、晴れ晴れとした笑顔を浮かべる会長。


 「ええ、本当に良かったわ。ですが、貴方のせいで冴香さんを無意味に傷付けてしまわれた事は、お忘れなきように。」

 穏やかな笑みを湛えながら、鋭く釘を刺す和子さんに、会長はバツが悪そうな表情をした。


 「わ……分かっている。冴香さん、その節は本当に申し訳なかった。」

 会長は丁寧に、深々と私に頭を下げた。


 「あ、いえ、私は別に……「たとえ冴香が許しても、俺は許さないからな。」

 私の隣から、剣呑な声が降ってきた。


 「何が『上手く行って本当に良かった』だよ。どうせ祖父さんの事だ。また何か碌でもない事を企んでいやがったんだろう? 今ここで洗いざらい吐いてもらおうか。」

 「ふむ。そう言えば、お前には全部話してはいなかったな。まあ良かろう。」

 不機嫌さを隠しもせずに睨み付ける大河さんに、会長は一部始終を語ってくれた。


 何でも、私の身辺調査をする中で、すっかり私に同情してくださった会長は、私を本当の身内にしたいと思われたそうだ。お孫さんの中の誰かの婚約者として堀下家を脱出させた後、あわよくばそのままくっ付いて欲しかったとか。客観的に見ても、和子さんを助けた私の知識や機転、学校の成績、奴隷扱いされても屈しない忍耐力と精神力、等を考慮すれば、天宮家に引き入れるに相応しい人材だと、周囲を説得したらしい。

 何だそれは。買い被り過ぎだ!


 女癖が悪い大河さんを矯正したいという目論みもあり、私は大河さんと婚約、同棲する流れに。だが、私達の仲が一向に進展しなさそうだと察知した会長は、ご自身が憎まれ役を買ってでも、私と大河さんの仲を取り持ちたいと考えたそうだ。それがあの後継者発言に繋がったらしい。私を後継者に指名し、ライバル役をけしかければ、私達の恋愛感情の自覚を促せるのではないか、もしそれが無理でも、私が孫達の中の誰かと纏まってくれればそれで良い、と言う考えもあっての事だったとか。だが、私が皆さんの告白を曲解したり、気持ちを信じられなかったりと、予想以上に私を苦悩させてしまった事を知り、反省して泣く泣く諦めるつもりだった、と教えてくれた。

 因みに、設定していた半年と言う期間が過ぎても、私が首を縦に振らなかった場合は、ちゃんと私の意思を尊重し、私の望み通りにするつもりだったらしい。


 「冴香さん、私の我儘で振り回してしまって、大変申し訳なかった。」

 語り終えた会長は、畳に手を突いて、改めて深々と頭を下げた。


 会長の話を改めて聞き終えて、私はすっかり脱力してしまっていた。

 最終的に私の望み通りにするつもりだったと言う事は、天宮財閥の後継者になどなりたくないと、苦慮する必要など無かった訳で。最終的に、大河さんの手を取ると決めたのは私だけれど、何だか会長の手の平の上で踊らされていた感が抜けない。


 「冴香さん、私も主人から、計画の一部は聞かされていたの。本当に上手く行くのか不安だったけれど、主人を止めなかった時点で、私も同罪だわ。命を助けて頂いたのに、無意味に貴方を傷付けてしまって、本当に申し訳ありませんでした。」


 和子さんも、会長と同様に丁寧に頭を下げた。私は溜息を零す。

 色々と振り回されてしまったけれども、実家を出られて、大河さんと本当の婚約者になる切っ掛けをくださったのは、紛れもなく天宮会長だ。その点では、感謝してもし切れない。


 「……まあ、会長には色々と助けて頂きましたし、私は別に構いませんけど……。先日も申し上げました通り、これからはきちんと、皆さんの意思を尊重して頂けるのならば、私からは特に何も。」

 苦笑交じりの私の言葉に、目を輝かせるお二人。


 「ふざけるなよ! 俺達がどれだけ祖父さんに振り回されたと思っているんだ。本当に迷惑極まりない。こういった事は金輪際止めてくれよな!」

 横から大河さんが憤慨すると、会長は顔を顰めた。


 「ほう。儂が振り回していなければ、お前は今頃冴香さんと本当の意味で婚約出来ていたと言えるのか? 女性を好きになった事など無かったお前が、自分の気持ちに気付き、ライバルの存在に焦り、冴香さんに思いを告げるまでに、本当に儂の影響がこれっぽっちも無かったと?」

 会長の発言に、顔を引き攣らせる大河さん。


 あーあ、相変わらず分かりやすいな。会長の仰る通りだって、顔に書いてありますよ。


 「お前が本当に天宮財閥の跡取りに相応しい、非の打ち所がない男であれば、儂も余計な小細工などしなくて済むのだがな。」

 「冴香という婚約者が出来た今、俺はもう女にだらしない生活に戻るつもりは毛頭ない。唯一の短所を改善したのだから、非の打ち所はなくなったと思うが。」

 「ふむ。お前が本当に冴香さんを幸せに出来るのなら、儂も異を唱えるつもりはないが。」


 無言でお互いを睨み合う、会長と大河さん。うわ、間に火花が見える気がするよ。誰か止めてくれないかな。

 そう思っていたら、大河さんがニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


 「祖父さん、あまり反省していないようだな。そんな態度じゃ、これから先も同じ事を繰り返すかも知れねえよな。そんな祖父さんには、今後冴香を会わせるなんて事は出来ねえ! 冴香も、祖父さんの事は絶対に信用するなよ。」

 真顔になった大河さんの言葉に、会長は青褪めた。


 「わ、悪かったと言っているだろう!? これでもきちんと反省はしている!! だからそれだけは……!!」

 「どうだかな。口だけでは何とでも言える。冴香は優しいから許したようだけど、内心では腸が煮えくり返る程、祖父さんに腹を立てているかもな。」

 「さ、冴香さん、本当に申し訳なかった!!」

 涙目で慌てて私に頭を下げる会長。


 「祖父さんの我儘に巻き込まれて、冴香が一番大変だったもんなー。一生祖父さんに心を許さなくなっても、仕方ないよなー。もしかしたら、もう既に物凄く嫌われちまっているかも知れねえなー。」

 「そ、そんな……!!」


 顔面蒼白になって慌てふためく会長で、完全に遊んでいる大河さん。私は呆れながらもその様子を見守っていたが、いつぞやの貴大さんを彷彿とさせる会長の姿に、そろそろ可哀想になってきた。


 「私は別にそこまで根に持ちませんよ。後、先程から会長は私にばかり謝ってくださっていますが、巻き込まれて大変な思いをしたのは大河さんも同じですので、大河さんにも謝って頂きたいです。それで私は水に流しますから。」

 「……大河、色々とすまなかった。」


 私がお願いすると、すっかりしょげかえってしまった会長は、素直に大河さんに頭を下げた。大河さんはまだ不満げではあったのだけれども。


 「まあまあ、二人共、それくらいにしておきなさいな。それに貴方、冴香さんに言うべき事があったのでは?」

 「あ、ああ。そうだったな。」

 和子さんが窘めてくださり、漸く張り詰めた空気が和らぐ。


 「冴香さん、大河からも聞いているだろうが、先日、堀下工業が倒産した。元従業員の方々には、それぞれの希望と適性を元に、天宮財閥ゆかりの会社での職を紹介している。既に承諾した者あり、自力で再就職先を探す者ありと言った所だが、おそらくほぼ全員が、無事に再就職出来るだろうよ。」

 「そうですか。ありがとうございます。お手数をお掛けしております。」

 一番気になっていた事が無事解決されそうで、私は胸を撫で下ろした。


 「因みに、堀下元社長は離婚されたそうだ。元妻が、借金の片棒を担がされるのは御免だと、娘共々出て行ったそうだよ。もっとも、その出て行った二人も、今まで碌に働いた事が無かったようだから、日々困窮しており、八つ当たりし合いの罵り合いと言った、醜い争いを繰り返しているようだがね。」

 「そうですか。」


 自分でも思ったよりも冷たい声が出た。元々血の繋がりも無く、書面上でも繋がりの無くなった赤の他人の成れの果てなど、もう何の興味も無い。


 「堀下元社長は、会社も家も家族も、何もかも失った。現在は数少ない友人の家を転々としつつ、借金返済と自身の生計の為に、必死で再就職先を探しているそうだよ。まあ、上手く行くかどうか分からんがね。」

 会長の言葉に、私は俯いた。


 父は何もかも失った……確かにそうだ。会社は倒産して職は無く、自宅は差し押さえられ、家族も皆出て行った。あるものと言えば借金だけ、か。

 私を引き取ってはくれたものの、終始無関心な父だった。それに傷付いた事もある。だからと言って、ここまでの仕打ちをする必要はあっただろうか。半分は父の自業自得だが、止めを刺したのは間違いなく私だ。

 少し悩んでから、顔を上げて会長の目を見る。


 「あの……、厚かましいお願いで恐縮ですが、父にも、再就職先を紹介してやってもらえないでしょうか?」

 「え……!?」

 私の言葉が予想外だったのか、その場にいた全員が目を丸くした。


 「それは構わないが……、冴香さんは、本当にそれで良いのかい?」

 「はい。どんな思惑があったのかは知りませんが、母が亡くなって私が困り果てていた時に、助けてくれたのは父でしたから……。ですが、これで最後にします。今後、私の方から父に干渉する事はありません。後は父がどうなっていようと、私は関知しませんので。」


 目を伏せて吐き捨て、会長に深く頭を下げる。他でもない私の頼みなら、と、会長は一も二も無く了承してくれた。

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