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【コミカライズ開始】ひねくれた私と残念な俺様  作者: 合澤知里
本編

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88/130

88.突然の宣告です

 翌日、私と大河さんは天宮会長のご自宅に伺っていた。先日の実家との一件で、情報を頂いたり、二階堂さんを同行させてくださったり、事後処理にご協力頂いたりと、会長にも色々助けて頂いたので、そのお礼をお伝えする為だ。


 「二階堂さん、先日はどうもありがとうございました。」

 私達を出迎えてくださった二階堂さんに、先日お世話になったお礼を言うと、二階堂さんは複雑そうな笑みを浮かべた。


 「いえ、私は大した事はしておりません。お礼でしたら、どうぞ会長や、他にご尽力された方々に。」

 二階堂さんは慇懃に頭を下げると、私達を客間に案内してくださった。


 「大河さん。すみませんが、少しお話が……。」

 二階堂さんと大河さんが連れ立って客間を後にすると、すぐに天宮会長が入って来られた。


 「天宮会長、先日はどうもありがとうございました。」

 天宮会長と向かい合い、私が深々と頭を下げると、会長は少しばかり顔を顰めた、何とも複雑な微笑みを見せた。


 「お礼を言われる程の事はしていないよ。今もまだ、援助金の返済期限待ちの状態で、堀下工業を倒産させた訳でも、社長宅を差し押さえた訳でもないからね。それよりも、冴香さんは大丈夫なのかね? あの一件以来、気落ちしてしまっているようだと聞いているのだが。」

 「大丈夫です。ご心配には及びません。確かに、嫌な思いはしましたが、同時に、私の事を大切に思ってくれている人達がいる事を実感しましたから。」

 微笑みながら、会長の目を見てはっきりと申し上げると、会長は安堵したように目尻を下げた。


 「そうか、それなら良かった。……ところで、凛から聞いたのだが……。」

 会長にしては珍しく言い淀む姿に、私は首を傾げた。


 「……何でも、私の一言のせいで、冴香さんを随分悩ませてしまっているとか。私が、冴香さんが選んだ相手と共に、天宮財閥を継がせたいと望んだせいで、跡継ぎの座目当てではないかと、孫達の好意を信じられなくなっているそうだね?」

 「……はあ、まあ……。」


 私は言葉を濁した。正直な所、会長の言葉があろうとなかろうと、私が大河さん達の好意に疑いを持ってしまう事は変わらなかったと思う。大河さんを筆頭に、イケメン揃いで女性に不自由しなさそうな皆さんが、私に恋愛感情を持ってくださっているなどと、未だに信じ難い。あれだけ言われているのだから、いい加減信じなけば、とは思っているのだけれど。


 「私は、妻の命の恩人であり、苦境の中でも人を思い遣る事が出来る貴女に心底惚れ込み、是非とも私の身内に、ひいては天宮財閥の後継者になってもらいたいと思っていた。だけど、私は自分の希望を貴女に押し付けるだけで、貴女の気持ちを少しも考えていなかったのだな。私が余計な事をしたばかりに、貴女を混乱させ、傷付けてしまってすまなかった。」

 「あ、いえ、私なら大丈夫ですよ!?」

 会長に頭を下げられ、私は慌てて顔を上げてもらえるように頼んだ。


 「色々と勝手な押し付けをしてしまったお詫びに、これからは冴香さんの希望を聞き、それに沿いたいと思っている。天宮財閥の後継者の座が嫌なら、先日の宣言を撤回しよう。堀下家から貴女を救い出す為に、無理矢理大河と婚約、同棲してもらったが、それも解消しよう。勿論新しい住居もこちらで用意する。冴香さんの希望は、アルバイト先から近い場所が良かったのだよね?」

 会長の言葉を聞きながら、私は愕然としていた。


 私が選んだ相手と共に、天宮財閥を継がせるという宣言は、心底困っていたから、撤回して頂けるなら凄く助かる。だけど、大河さんとの婚約と同棲が解消される事には、自分でも驚く程、酷く動揺してしまっていて、すぐには受け入れ難かった。

 大河さんとの婚約と同棲は、元々お互いの意思を無視する形で、無理矢理始められた事だ。それが解消されるのだから、本来であれば望ましい提案である筈なのだ。私だって、いずれは大河さんの家を出て行かなければならない事は分かっていた。だけど今、私の心の中では、ひたすら困惑と混乱が渦巻いている。


 大河さんとの同居が解消? 私は新しい家に引っ越すの? これからはもう大河さんと一緒に過ごせなくなってしまうの?


 私の脳裏に、大河さんと一緒に過ごした日々が蘇る。挨拶をしたり、一緒に食事を摂ったり、仕事に行く大河さんを送り出したり、出迎えたり、逆に私が送り出されたり。そんな他愛無い、だけど愛おしい、大切な日々。

 最初の印象は、お互いに決して良くはなかったと思う。下らない言い合いも沢山した。だけど何時の間にか、お互いに分かり合えるようになり、私が泣いた時には慰めてもらったり、大河さんの様子がおかしい時には心から心配したり、何度も自分で否定しながらも、次第に大河さんに惹かれていった。それなのに……。


 「丁度良い物件があるのだよ。私が持っているマンションの一つなのだが、ここならジュエルも近いし、オートロックだからセキュリティも安心だ。ここの部屋なら、今すぐにでも引っ越しが可能で……。」

 「……天宮会長、私、は……。」

 会長に反論しようとして、私は口を噤んだ。


 私は、婚約は兎も角、同棲は解消したくない。何だかんだ言っても、大河さんと一緒に過ごす日々は楽しかったし、出来ればこれからも、いずれは出て行かなければならないと分かっていても、少しでも長く、大河さんの傍に居たい、と分不相応な願いを抱いてしまっている。

 だけど、大河さんはどうなのだろうか?

 大河さんは、最初は婚約と同棲を嫌がっていた。この前、今のままご厄介になりたい、と伺った時は、構わない、とは言ってくださったけれど……、これからも、私との同棲を続けても良い、と思ってくださっているのかどうかは、定かではない。


 大河さんの気持ちが分からず、所詮は居候でしかない私は、それ以上の言葉を発する事が出来なかった。

 そして気が付いた時には、大河さんとの婚約の解消と、私の引っ越しが決まっていた。

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