63.認めて頂けました
麗奈さんと麗子さんの連続攻撃で、どうやら貴大さんは完全に戦意を喪失したらしい。その場に崩れ落ち、顔面蒼白、涙目のまま、魂の抜け殻のようになっている姿に、憐憫の情さえ覚える。
まさか大河さんの奥の手が、ここまで効果があるとは思わなかった。そっと視線を移してみると、発言者である麗子さんも麗奈さんも目を丸くして、呆気に取られて貴大さんを見つめているし、他の方々も貴大さんのあまりの変わり様に唖然としている。そんな中、一人だけ平然としている大河さんが貴大さんに歩み寄り、その正面に片膝を突いた。
「貴大さん。愛する娘と妻に嫌われてしまうくらいなら、交際を認めてあげた方が良いんじゃないですか?」
一瞬間が合ったが、まるで操り人形のように、カクンと貴大さんが頷いた。俯いた貴大さんは、今にも泣き出しそうな表情をしている。
それを認めると、大河さんは立ち上がり、今度は天宮会長を見据えた。
「祖父さんも、麗奈達の交際に、文句はないよな? この前冴香と、皆の意思を尊重する、って約束したばかりだもんな。」
大河さんの言葉に、会長は一瞬顔を引き攣らせた。私は慌てて会長に頭を下げる。
「天宮会長、約束してくださいましたよね! 麗奈さんと新庄さんの事、認めてあげてください! お二人共真剣なんです!」
「お祖父ちゃん、お願いします!!」
「どうかお願い致します!!」
そのまま頭を下げ続けていると、聞き慣れない声が沈黙を破った。
「これだけお願いしているんだから、認めてあげても良いんじゃない? お父さん。」
思わず私は顔を上げて、声がした方を見た。声の主は理奈さんだった。
「私は特に好きな人とかいなかったから、お父さんの勧める通り、勇夫さんとお見合い結婚して、今はそれなりに幸せだと思っているけれど、やっぱり好きな人がいるのなら、その人と結ばれる方が、麗奈ちゃんにとって幸せだと思うわよ?」
「……僕も賛成。彼、僕達と同じ大学で、割と有名人だから、多少の噂は聞くけれど、どれも良い話ばかりで、悪い話は聞いた事がないしね。」
「俺も、だな。」
雄大さんと広大さんも援護してくれた。お二人共私と目が合うと、笑い掛けてくださった。
「新庄さんは随分と人望が厚いようですね。大河の言う通り、私も麗奈には勿体ない程の方だと思いますが、どうです? 貴方。」
和子さんの後押しに、会長が溜息をついた気配がした。
「……仕方ないな。認めざるを得ないだろう。」
会長のお言葉に、私の表情筋がちゃんと動いたのが自分でも分かった。
「やったあ!! ありがとうお祖父ちゃん!」
「ありがとうございます!! 良かったな、麗奈!」
麗奈さんと新庄さんは、顔を見合わせて弾けるような笑顔を見せた。
「良かったですね、お二人共! 天宮会長、ありがとうございます!」
会長にお礼を言うと、会長は内心では不本意そうに見えたが、笑顔を作って口角を上げていた。
「父さん、良かったんですか? 二人の交際を認めてしまっても。」
「皆の前でした冴香さんとの約束を、反故にする訳にはいかんだろう。それに、認めなかったら、今度は儂が貴大の二の舞になっていただろうしな。面子を失う上に、麗奈に嫌われるくらいなら、認めるしかあるまいて。」
将大さんと会長のひそひそ話が耳に入った。
会長、良くお分かりで。大河さんの計画では、会長が認めてくださらなかった場合、もれなく麗奈さんからの、大っ嫌い&口も利かない発言が、今度は会長に繰り出される予定だった。
何でも大河さんによると、貴大さんは厳格で亭主関白に見えて、その実、妻と娘を溺愛しているんだとか。そして天宮会長は、末の孫で唯一の女の子である麗奈さんを、実は一番可愛がっていて、一見孫達に平等に接しているようでいて、いつも麗奈さんだけ少しばかり優遇されていたそうだ。当の本人である麗奈さんは、大河さんに指摘されても、今一つ実感が湧かないようだったが。
理詰めでも打ち負かし、更に麗奈さんと麗子さんが奥の手を使えば、そのショックで貴大さんは陥落する。そして奥の手をちらつかせつつ、私との約束を持ち出せば、天宮会長の説得も可能、という大河さんの目論見は、見事に当たった。やっぱり大河さんは凄い。そして、援護してくださった、理奈さんや雄大さん達にも感謝しなくては。
……まだ頽れたままの貴大さんには、少しだけ罪悪感を覚えるけど。自業自得だと思って諦めてもらおう。
新庄さんも同席して食事が始まった。麗奈さんと並んで座っている新庄さんは、隣の麗子さんにあれこれ訊かれ、緊張した様子ながらもはきはきと答えている。和子さんと恵美さんと理奈さんも、お二人の話に興味津々のようだ。会長を始めとする他の方々も、ぽつりぽつりと会話に参加されている辺り、もう心配は要らないだろう。未だ抜け殻のように、項垂れてお箸を持ったまま動かない貴大さんの方が心配だ。
「貴大さん、大丈夫でしょうか? 大河さんの奥の手が、まさかあんなに効果があるなんて思いませんでした。」
ちらりと隣の大河さんを見上げると、大河さんは苦笑した。
「ちょっとやり過ぎたかな。麗奈だけでも十分だったかもな。後で麗奈と麗子さんに、フォローを頼んでおくとするか。」
「是非そうしてあげてください。貴大さんの自業自得な面もあるとは思いますが、流石にちょっと気の毒です。」
貴大さんには悪いけれど、麗奈さんと新庄さんが本当に幸せそうに見えて、私は心から安堵した。
「でも、認めて頂けて本当に良かったですね。これも大河さんのお蔭です。本当にありがとうございました。」
大河さんに視線を向けると、大河さんは目を丸くして、照れたように少し頬を赤らめて、片手で押さえた口の中で何か呟いた。
「何か言いましたか?」
「何でもない。ったく。」
何故か髪を思いっ切りわしゃわしゃとかき混ぜられた。大河さんの手が離れてから、ボサボサになってしまったであろう髪を慌てて手櫛で整える。
むむ、何故私がこんな仕打ちを受けるのだ。納得が行かない。何なんだ、一体。




